2007年6月22日金曜日

6月17日 キリスト者と呼ばれて

アンテオケは、ローマ、アレキサンドリアに次ぐ当時第3の都市でした。この異教の空気に満ちたアンテオケが伝道の拠点となり、この場所で弟子たちは「キリスト者」と呼ばれ始めます。(使徒11:26)このキリスト者という呼び方は、弟子たちが自らそのように名乗ったのではなく、周辺の人たちが軽蔑をこめてつけてあだ名であったと言われています。そして、これ以降、アンテオケが教会の働きの拠点となり、エルサレムは姿を消します。兄弟たちの群れは、ナザレ派というユダヤ教の小さな異端グループから、「キリスト者」という全く新しい性質の群れとして認知されたのです。今日は、このアンテオケにおいてキリスト者と呼ばれ始めた兄弟たちの信仰の本質に迫ります。
エルサレムに上ったペテロは、ユダヤ人の兄弟たちから批判されました。批判を受けた理由は、異邦人と交わったということです。先週もお話しましたが、当時は異邦人がユダヤ人と等しい扱いを受けるという発想自体がなかったのです。異邦人が救われてキリストにあって兄弟姉妹となるなど思いもよらないことだったのです。そこでペテロは、異邦人が神のみことばを受け入れることになった経緯を説明します。「そこで、ペテロは口を開いて、事の次第を順序正しく説明して言った。」(使徒11:4)と書かれています。10章に書かれていたヨッパで見た夢の中身が、11章でも同じように丁寧に繰り返されています。これは非常に重要な証です。パウロが自分の救いの証にこだわって何度もそれを語ったことはお話しました。「主が私をどう導かれたか」というのが、本来証のベースなのです。キリスト者はキリストの復活の証人であって、私の証人ではありません。「私が祝福された」とか、「悩みが解決した」とかは、「私の証」であって「イエスの証」ではありません。ペテロのような証をすれば、神学論争に巻き込まれることはありません。「異邦人も救われるべきだろうか」などというトピックについて論じても始まらないのです。神学の論争は、自らの主張を正当とし、そうではないものを異端として排斥します。こうして「~派」が誕生するわけです。神のみこころを人間の知恵で体系化しようとする試みは、ことごとく失敗します。「神はこれこれこうだから、かくあるべし」という主張は、常に、神の権威を借りて、人が人を支配する口実を生む危険性を孕んでいます。理屈は不毛です。イエスさまに論争をしかけたパリサイ派やサドカイ派は、結局真理に触れても悔い改めはしません。神学がもたらすものは「敵意」です。教えを守ることは律法です。いのちを生きるのが福音です。キリスト教は教えですが、キリストはいのちなのです。愛することには方法なんてありません。たとえば、「子どもを1日3回抱きしめましょう」なんて決まりに従って、親が子どもを抱きしめるなんて不自然でしょう。勿論「抱きしめることで愛情を表現することが無意味だ」と言っているのではありません。私たちはプロミスキーパーズになる必要なんてないのです。主は常に生きておられ、私たちを個別に導かれます。キリスト者とは、キリスト教の教えに従って歩む者ではなく、キリストのいのちを生きる者です。 日本史で習う踏み絵などのイメージが強烈に刷り込まれてしまっているかも知れませんが、キリストにあって生まれたものは、決していのちを失うことなどないのです。キリスト教徒は教えを捨てるかも知れませんが、キリスト者となった者はキリスト者でなくなることはないのです。子どもはいくら親不孝をしたって子どもでなくなるということはありません。子どもでいられるための条件を守ることによって、子どもとしての身分が保障されるわけではありません。
「主はこのように導かれました。以上、終わり」です。ペテロの証は単純ですが、教えではなく、体験した事実を語っているので非常に説得力があります。さらに、ペテロは自分が見聞きしたことともに、「ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは、聖霊によってバプテスマを授けられる」という主のみことばを思い出ことを語ります。そして、「神がなさることなら、自分は妨げるわけにはいかない」と証を締めくくります。ペテロの証は、彼を批判していた兄弟たちを沈黙させました。彼らはこの証を受け入れ、神のみこころを理解し、神をほめたたえたのです。(使徒11:18)みことばの裏付けがあることが、説得力の鍵です。たとえ3度にわたって同じような夢を見て、その夢の内容が何らかの事実と当てはまったとしても、単なる偶然かも知れません。みことばの裏付けがあることが、批判していた兄弟たちを黙らせることにつながったのです。現代における主の導きも全く同じです。聖霊がみことばと矛盾するような導きを与えることは絶対ありません。みことばと矛盾した聖霊の働きを強調する人たちは、それが人間わざではないことにその証拠を求めようとしますが、間違いです。確かにそれは人間わざではなく、サタンのわざでしょう。超自然的な出来事はどんな宗教にでもあります。そういう摩訶不思議が、陳腐な教理でも飲み込ませるオブラートになるわけです。真の神が、みことばと矛盾するような現象をおこされることは100パーセントあり得ません。神さまが私たちを導かれるときには、必ずみことばを思い起こさせます。具体的な出来事にみことばをどのように適応するかは、非常にデリケートな問題です。「汚れた動物を食してはならない」というのもみことばなら、「神がきよめたものをきよくないといってはならない」というのもみことばです。このふたつのみことばの間の関係性を正しくとらえることが必要です。後のみことばに従うなら、表面上は「汚れたものを食べる」という先のみことばに明らかに反する行為に導かれるからです。汚れた動物は確かに汚れています。しかし、神がきよめられたのできよいのです。後から語られたみことばは、先のみことばと矛盾しているのではなく、後のことばが先のことばを包み込むような関係になっているのがわかります。みことばの断片を自分の願いや現状と結びつけて、都合よく解釈する人もいますが、みことばは複数のみことばの関係性や文脈の中でしか正しく理解できません。そして最大のポイントは、イエスさまはどのような御方であるかという主のご人格です。聖霊はみことばの中にイエスさまを浮き上がらせます。みことばから道徳しか受け取らない人がいますが、その人は自己中心の傲慢さで聖霊の働きを封じているのです。
エルサレムにおける迫害が、異邦人世界への宣教を導きました。また、大ききんによって、兄弟たちが不足を補って支え合い、それぞれの地方におこり始めた教会を結びつけます。これらはすべて主が導かれたことです。迫害もききんもそれ自体は決してありがたいものではありません。しかしなから、この世で起こるさまざまなマイナスの出来事さえ、主は大きなプラスに転じてくださるのです。主が地上のマイナスをプラスに転じるためには、主に委ねられた人をお用いになります。ここでは、バルナバという人物がまずアンテオケに導かれ、そこで異邦人の兄弟たちに会います。そして、パウロを捜すためにタルソへ行き、アンテオケにパウロを連れて来ます。そこで1年間ともに教会を指導し、ユダヤききんがあったときには救援物資を送ります。このバルナバという兄弟の働きについてともに分かち合いましょう。バルナバは、「りっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。」(使徒11:24)と書かれています。聖霊と信仰に満ちているというのは、抽象的な評価ではありません。それは必ず具体的な行動となって現れるものです。まず、バルナバというのは、「慰めの子」という意味で使徒たちが彼の個性をとらえてそのように呼んでいたのです。彼の本名はヨセフです。彼は、自分のすべてをキリストと教会のために捧げた人でした。畑を売り払って、その代金を使徒たちの足もとに置いたという記述もあります。(使徒4:36~37)また、多くの弟子たちが回心したパウロを受け入れられないでいるときに、間に入ってとりなしたのも、バルナバでした。(使徒9:26~28)パウロがエルサレムに自由に出入りし、大胆に証することが出来た背景には、バルナバの助けがあったのです。 バルナバは、パウロの信仰やこだわりを最もよく理解していた兄弟です。彼はパウロとともに自分の生活費や行動の費用は自分で働いてまかなっていました。(Ⅰコリント9:6)バルナバは、「人間的な報酬をもとめず、主にゆだねてくださった仕事を淡々とこなすこと自体が報酬なのだ」(Ⅰコリント9:17~18)というパウロの信仰の誇りを指示するだけでなく、自分も同じように働いたのです。 バルナバは、他の使徒たちにとってもそうでしたが、とりわけパウロにとって、その名前のとおり「慰めの子」だったと思われます。
今日は「キリスト者と呼ばれて」という主題でお話しました。今日の私たちの姿や証はどうでしょうか。私たちの周囲の人たちは、私たちをキリスト者として見ているでしょうか。また、私たち自身は、自分をどのようなものとして評価しているでしょうか。私たちは、キリストの焼き印をおびたキリストの使節です。すべての信者はそれ以上でもそれ以下でもありません。私は、まずクリスチャン自身の自己評価、いわゆるセルフエスティームが低すぎると感じています。だから、人の評価や慰めが絶えず必要なのです。私たち自身がみことばが規定するところの自分を、信仰によって正しく評価できないのに、この世が私たちを本来の意味での「キリスト者」として、世の光、地の塩として見なすことなどあり得ません。
主につくがゆえに、信仰を選ぶが故に、嫌われてもかまいせん。しかし、何を大事にしているのかも、わからない妥協を繰り返して、この世からなめられるのはキリストの恥、教会の恥です。この世と意味無く敵対する必要はありませんが、調子を合わせてはいけません。人の歓心を買おうとする人は、教会でも用いられず、この世でも相手にされません。
私は、パウロやバルナバの信仰のゆえの誇りを大事にしたいと思っています。

2007年6月13日水曜日

6月10日 神がきよめたものをきよくないと言ってはいけない

ペテロはコルネリオに遣わされる前に、夢の中で単純な幻を3回も見ました。その幻が伝えたメッセージは「汚れた動物を殺して食べなさい」ということでした。何でも食べる日本人にとっては、それほど大したことのように思わないかもしれませんが、ユダヤ人にとっては、この食生活におけるタブーを破ることは、律法を軽んじることであり、神を侮る行為でした。さらに、食生活においての律法を守ることは、ユダヤ人と異邦人を区別する具体的なしるしでした。このように同じ日常生活の規範を守ることで、ユダヤ人どうしの連帯は強まります。そして、自分たちが気をつけて避けているものを平気で口にする異邦人は、ユダヤ人にとっては「軽蔑の対象」となるのです。イエスさまの時代のユダヤ人たちは、異邦人であるローマの支配を受けていたので、ユダヤ人の屈折したプライドは、ますます形式的な律法重視や歪んだ愛国心につながっていきます。サマリヤ人に対する嫌悪も同じ根から生まれる感情です。使徒たちは、全世界に福音を宣べ伝えるべきことを聞かされてはいましたが、異邦人がユダヤ人と同じように救われるなどとは、全く考えていなかったのです。
後に異邦人世界がキリスト教社会となってからは、ユダヤ人たちは、キリストを十字架につけた民として迫害されるようになります。面白いと思いませんか。人間の宗教というのは、全く唯我独尊で排他的なのです。ユダヤ教からキリスト教を見ても、キリスト教からユダヤ教を見ても、人間中心の考え方から出てくるものは全く同じなのです。この「何を食べるか、何を飲むか」という問題は、異邦人が教会に加えられてからも、偶像に捧げられた肉をどう扱うかという問題へと発展していきます。偶像に捧げられた肉なんて言うと、現代の私たちとは直接関係のない話題だと思うかもしれませんが、この問題はクリスチャンがこの世にあふれる文化と関わっていく上で大事な鍵なのです。この点については、また機会を改めて詳しくお話することにしましょう。
ペテロは、汚れた動物を食べることを拒みました。しかし、声がしました。「神がきよめた物を、きよくないと言ってはいけない。」(使徒10:15)このことばが、コルネリオという人物との出会いと響き合って、ペテロは神さまの計画を理解します。汚れた動物とは、異邦人を指しています。要するに、「異邦人も神さまがきよいとされたら、きよいんだから受け入れなさい。ほら、たとえばこのローマ人を見なさい。」というわけで、非常に敬虔なコルネリオという人物と出会うのです。このような例を見ても明らかなように、神さまのみこころは、人間の考えとはかけ離れています。そして、すべての必要を私たちの願いや思いを超えて満たされるということです。神がきよめ、神がきよいとみなすのです。私たちは自分をきよくすることは出来ません。そして、私たちの感覚や評価は関係ありません。
私たちは、救われる人を捜しまわらなくても、出会うべきたちに出会うように主がコーディネートしてくださるのです。これは、無気力・無責任な予定調和の発想ではありません。そのような大きく委ねる心を持って主に自分の計画を託すことです。人間はイベントやキャンペーンが大好きです。自分ががんばって手柄を上げ、達成感や成就感を味わいたいのです。聖書研究や祈りや牧会や伝道そのものが生き甲斐なんておかしいと何か思いませんか。
私たちはイエスさまのいのちの一部であって、皆が家族なんです。それで終わりです。いのちは放っておいても成長します。楽しい家族は別に遊園地に行かなくても日常が楽しいんです。
主はすべての人にとって主なのです。すべての人をお造りになった神は、ほとんどの人に忘れ去られ、無視されていたとしても、圧倒的な影響力と支配権をお持ちなのです。「すべてのものは、この方によって造られた。この方によらずに出来たものはひとつもない。」(ヨハネ1:3)「この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった」(ヨハネ1:11)主はすべての人をご覧になって、あらゆること知っておられます。コルネリオの祈りや施しはちゃんと主が覚えておられたのです。
教会が人為的に世に対して影響力を持とうと張り切ると、おかしなパン種を持ち込むことになるのです。だから、イエスさまは「パン種に気をつけなさい」とおっしゃったのでしょう。イエスさまは、私たちがたった2匹の魚と5つのパンしか持っていないのは、初めからご存じです。私たちは何も仕込まなくてもいいのです。このボロボロの現状で、ただイエスさまだけ見つめて平安な心で感謝して待ってればいいのです。「えーっそんなことでいいの?」と思うかも知れませんが、それが出来なくて、いつも自分でやりくりしてジタバタするから、惨めさや欠乏を味わうことになるのです。私たちは、あらゆることに貧しいものです。しかし、主はあらゆることに圧倒的に富んでおられるのです。私たちは、自分の信仰によって、家族や友人がこうなってああなってといろいろ考えてしまいます。そして、私たちの教会は、もっとああなってこうなってと、これも思いめぐらします。イエスさまはきっとこの問題については、こんなふうに、あの問題についてはあんなふうに導いてくださるだろうと、祈りを重ねながらも青写真を描いたりもします。それは必ず人間が考えることです。
しかし、そんな前向きな信仰のビジョンやイエスさま像さえ、偶像となり、サタンにつけ込む余地を与えます。ペテロはイエスさまがやがて受けられる苦しみについて示されたとき、そんなことは起こり得ないと考えました。そして、イエスさまを引き寄せていさめ始めました。ペテロは、正しい信仰告白をした次の瞬間、自分中心の信仰の大風呂敷を広げ始めたのです。これは、人間が必ず陥る過ちです。
ペテロは、あらゆる点で使徒たちの魁(さきがけ)でした。一番初めに信仰告白をしたのもペテロでした。「あなたは、生ける神の子キリストです。」(マタイ16:16)この告白がすべてであり、この信仰が岩、すなわちペテロなのです。イエスさまは言われました。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」(マタイ16:17)つまり、ペテロが信仰告白できたのは、彼が誰よりも早く鋭く、イエスの神性を見抜いたからではありません。父が示し、気づきを与えてくださったからです。もう一度確認しましょう。イエスさまは何とおっしゃっていますか。ペテロに真実を明らかにしたのは誰ですか。父です。教会を建てると言っている主語は誰ですか。イエスさまです。「父が与えた信仰の上にイエスさまが建てるのでなければ教会は建たない」のです。だから、人間が勝手に作った教団はくだらないことでもめたり、宣教師が勢いで建てていった教会の建物はからっぽになるんでしょう。次の瞬間、ペテロのキリスト像は、彼の偶像となりました。彼の伝道プラン、イエスさまの栄光への道の青写真は十字架ぬきのおめでたいものでした。十字架を通らないものは全部偽物です。イエスさまは、「下がれ、サタン。」と一喝されました。イエスさまはペテロが憎くて叱ったわけではありません。しかしながら、ペテロなりの主への思いは、サタンのものだったのです。勿論、人間は神さまのロボットでも操り人形でもありません。全部が全部「自動的」「受動的」というわけではありません。ペテロは何もかも捨ててイエスさまに従った結果として、この地点まで導かれてきているわけです。私たちの側からは何をすべきなのでしょうか。「心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、クリスチャンとして働きなさい」と言われていますか。「心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」です。ペテロはイエスさまを愛しましたが、それは最後まで自己中心の愛でした。人は神の愛には応えられないことを学びます。しかし、あえて主はペテロに三度お聞きになりました。「あなたはわたしを愛しますか。」(ヨハネ21:15,16,17)
私たちは完全な神の愛に包まれ、イエスさまのよみがえりにいのちを生きながら、この世を生きていくのです。不完全な人間は、完全なみことばを通して主のみこころを知り、それに自由意思で応答しながら道を定めていきます。どんなに慎重に歩んでも、私たちは時に失敗し、罪を犯し、人や神を傷つけるでしょう。でも、それでも常にいつも神の愛によりかかりたいと思うその思いを主は大切にしてくださるのです。かつて、ペテロはガリラヤ湖で大漁の奇跡を見せられたとき、言いました。「主よ。私のような者から離れてください。罪深い人間ですから。」(ルカ5:8)しかし、もうそんなことは言いません。ペテロは、罪深い自分から主が離れて行かれてはどうにもならないことを学びました。もはや、自分の信仰でも、忠実さでもなく、ただ主の完全な愛のゆえに自分が生かされていることを知ったのです。ペテロは、こう答えています。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」(ヨハネ21:17)と。
最後に、この時代背景における聖霊の働きについて整理しておきます。使徒の時代は、新約聖書が書かれていない時代です。ですから、そのような過渡期には、ペテロが見たような幻があったり、確かに聖霊が下られたとわかるような目に見える現象をともなったりということがあります。しかし、今日使徒を自称する誰かが、聖書の記述を否定するような新しい幻を見たりすることはありません。また、聖霊が下るときには、聞いていた人全員が異言を話すなどのしるしをともなわなければならないと考えたりするのは間違いです。使徒2章、8章、10章のしるしを伴う聖霊の記述は、ペンテコステ、サマリヤ、異邦人へという福音の流れと主のみこころを共通理解するためのしるしなのです。

6月3日 目からうろこ

 急にものごとの真相や本質がわかるようになることを、「目からうろこ」と言います。この表現は、よくご承知のように今日ともに学ぶ使徒9章が出典です。「目からうろこ」には3つ重要なポイントがあります。ひとつめは、徐々にではなく急にわかるということ。ふたつめは、その明らかになる真相や本質は常に変わらず自分の外側にあったといこと。みっつめは、遮られていたものが取り除かれることが解決の糸口だということです。「目からうろこ」が落ちたことによって、迫害者サウロが、兄弟パウロとなります。これ程劇的に人生の転換が描かれている例は他にないでしょう。「目からうろこ」ということばが、パウロから離れて一般的に世界中で使われる慣用句となったのもうなずけます。
パウロはなぜ激しくイエスさまを信じる人々をこれほどまで激しく憎んだのでしょうか。パウロにとってみれば、神が人になることなど、断じてあり得ないことでした。たとえ万にひとつ神が人の姿をとったとしても、人となった神が抵抗することもなく人の手によって惨めに殺されるということなどあり得ないと信じていたのです。ですから、イエスさまを神として信じている人々は神を侮り冒涜する者であり、そのような人たちを罰することこそ神のみこころにかなうことであると考えていたわけです。勿論、ご自分を神だと宣言されたイエスさまは、大嘘つきのとんでもない男で、激しい憎しみの対象だったのです。アナニヤのことばにもあるように、パウロの名前は情け容赦のない迫害者として、クリスチャンたちの間に知れ渡っていました。(使徒9:13)そんなパウロですが、ステパノの死後、ますます迫害の度合いに拍車がかかったようです。(使徒8:3,9:1~2)ステパノの殺害に賛成の票を投じ、その死に様を見たときに、パウロは何か特別なものを感じ取っていたはずです。ルカはステパノの殉教の場面で、証人たちの着物がパウロの足元におかれたことを唐突に記録しています。(使徒7:58)パウロはステパノを殺すことに賛成していたとも書いています。(使徒8:1)これらは、文学的な伏線といような技巧として記されたのではなく、パウロの霊的な葛藤のポイントを明確にしているのだと思います。
パウロの回心については、使徒の働きに3回出てきます。この9章の部分がルカの客観的記録だとしたら、後の2回はパウロ自身の主観的な回想だと言えます。26章におけるアグリッパの前の証言では、パウロは、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。」(使徒26:14)というイエスさまの声を聞いたと言っています。しかし、9章には、後半の「とげについた棒」に関することばはありません。私は実際にパウロが聞いたことばは前半の部分ではないかと思います。後半は、そのパウロ自身が耳に聞こえたことばの裏に感じたメッセージだったのだと思うのです。「なぜ私を迫害するのか」ということばの裏側に、パウロの複雑な心のうちを察しつつ、とりなしておられるイエスさまの姿が、ステパノをはじめ、パウロが縛り上げ引きずり出して牢に入れた人々のいくつかの表情と重なったのだと思うのです。だから、クリスチャンを迫害することが正しいと信じながらも、その信念に基づいて行動すればするほど、苦しくなるという矛盾の中で葛藤していたのです。パウロはたずねます。「主よ。あなたはどなたですか。」それは疑いようもなく、自分が仕えてきた主であるとわかっていました。しかし、それはイエスのようでした。そんなわけがないという強い否定の気持ちが働いていました。
神は光です。いくら視力がよくても光がなければ人はものを見ることができません。しかし、強すぎる光は眩しすぎて見ることを妨げます。そこで光なる神は、闇の中にご自分を示され、その光を見るようにと十字架の上で輝かれました。しかし、パウロはその光についてのあかしを拒みました。その結果、パウロは目が見えなくなりました。パウロが見えなくなったのは、光が眩しすぎたからではなく、自分の視力で神を見極めようとしたからです。パウロの目にはイエスは大嘘つきか、精神異常者でした。パウロの知識、経験、彼の積み上げてきたすべてのものが、「イエスは神の御子ではない」と判断していました。しかし、自分が憎み嫌うイエスが自分が真実に仕えてきた神の声で語られるのを聞いたのです。パウロは混乱しました。それは一瞬の混乱ではなく、3日間続きました。そして飲み食いもできませんでした。まさに3日間死んだようになり、そして、アナニヤに手を置いて祈ってもらって初めて見えるようになりました。そのとき、目からうろこのようなものが落ちたのです。「うろこのような」というのは、落ちた物質に関わる比喩ですが、「目からうろこのようなものが落ちた」というのは、目が見えるようになったことの比喩ではなく、本当に物質が落ちたのです。これ以降、別に目から何も落ちなくても、思いもかけない新しい知識を得たり、考え方が少し変わっただけで、「目からうろこ」という表現を使いますが、パウロの場合は、本当に目から何かが落ちたのです。3日間、目が見えず、飲み食いも出来ず死んだようになりました。本来キリストを信じるということは、それぐらい決定的な出来事です。キリストを信じる前と後のビフォー・アフターがはっきりしていることは、当然のことなのです。人は自分が育ってきた延長線上に信仰をプラス・アルファすることは出来ません。キリストを信じることは、自ずと生活のすべてを変えるのです。それはパウロの意思や正義感の強さによってもたらされる変化ではありません。それはキリストの光がもたらす変化です。暗闇の中でいくらあがいても私たちは変わることはありません。大事なことは、恐れずに光の方に来ることです。「立ち上がって町に入りなさい。そうすればあなたのしなければならないことが告げられるはずです。」(使徒9:6)パウロには当面なすべきことだけが簡単に伝えられました。パウロは自分の予定を捨てて単純にそれに応じたのです。その結果、パウロはアナニヤと出会い、本来縛り上げて引きずり出そうと思っていた相手から祝福を受け、目が開かれたのでした。こうして、主にあって最も大きな働きをすることになる人物が誕生します。
「目からうろこの回心」はパウロ特有のものではありません。すべての信者にとって、パウロが経験したターニングポイントがあったはずです。しかし、サタンはこの事実を曖昧にしようと必死に働くのです。私たちはいつどんな風に主と出会い、どんなみことばに従った結果、何が変わったのでしょう。パウロはここぞという場面で、自分が救われた証を単純に繰り返し語りました。それはこの世の知恵者や権力者の前には、あまりにも特異な馬鹿馬鹿しい体験であると映りました。パウロはステパノよりも詳細に民族の歴史を語ることも出来、アポロよりも雄弁に論理的なメッセージを伝えることも出来たでしょうが、あえてそれをしませんでした。パウロがそこにこだわったのは、すべてのことを主がしてくださったということです。パウロは目からうろこをとってくださったのが主であることを知り、他の人たちの目からうろこをとってくださるのも主であると知っていたからです。パウロは自分で自分になったのではないと知っていたのです。勿論、説得力のある話し方や、わかりやすい解き明かしは大切です。しかし、人を変えることができるのは人の何かではなくただ主によります。主の語りかけに聞く者が応じるかどうかです。みことばを聞いた者が示された光の中へ一歩踏み出してくるかどうかにかかっているわけです。私たちは、この世での知識や経験を増せば増すほどに、両目に硬く張り付いたうろこを厚くしています。それは真実を見極めることを妨げるに十分なものです。人の目には人の子イエスの中に秘められた神の本質が見えません。人の目には神の子のイエスの中に秘められた完全な人間性が見えません。クリスチャンを自称する多くの人々は、聖霊の光なしに、当てずっぽうで嘘を言っているのです。ターニング・ポイントのはっきりしない人のことばは信用ならぬものです。その人は、聖霊のはたらきを魔術の延長線上に考えたサマリヤの魔術師シモンのように、信じてはいても信じてはいないのです。ペテロも悔い改めを命じています。「御子を信じる者はさばかれなない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったのですでにさばかれている。そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみ出されることを恐れて、光のほうに来ない。しかし。真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかになるためである。」(ヨハネ3:18~21)
教会の交わりの光の中で、メッセージや賛美の光の中で、自分を晒すならばどんどん変えられていきます。しかし、どんなみことばを聞いても、闇の中で心を閉ざしていては何も変わりません。私たちの目のうろこは本当に落ちたでしょうか。そのうろこは、信仰を働かせていなければ、いつもで私たちの目に張り付いているものです。私たちがみことばによらず、自分の見たところにより、知恵と経験とに基づいた過去の行動パターンで、漫然と日々を過ごしているなら、それは闇の中の歩みです。目に厚いうろこをつけているので、私たちの行く先々でともにいてくださる主が見えません。闇の中でもがいている人は、その手探りの苦労を語り、その闇の中での感情の変化に振り回されます。話の座標軸は「楽かしんどいか」「嬉しいか悲しいか」自分の状態に関することです。一方、光の中を歩む人には、常に喜びと感謝があります。もちろん、状態の良し悪しや感情の起伏はあっても、決してそれには振り回されないのです。
最後に、もう一度パウロのビフォー・アフターの違いの大きさに考えてみましょう。本当にイエスさまに出会えば、人は180度変わります。あの激しい迫害者が、最も福音の奥義を理解し、いのちがけで誰よりも広く深く福音を伝える人となるからです。 私たちは、善良でまじめに生きている人こそ福音に近い人だと思いがちです。信仰に関して取り立てて強く反対せず、一定の理解を示してくれる人たちを何となく認めてしまったりもします。しかし、人間の資質に関することや、過去の経歴などは、何の関係もないのです。イエスさまとの出会いは全てを一変させます。神のはたらきが、牧師や宣教師の子どもたちに世襲で受け継がれていくことや、自動車学校や三流大学よりもレベルの低い学校によって保障されることがいかに馬鹿馬鹿しいことであるかは、聖書をまともに読めば誰でもわかることです。
神さまはサウロを「選びの器」として選びつつ、彼の無茶な活動をある程度放っておかれる方です。(使徒9:15)さらに、アナニヤやバルナバといった優秀なしもべに、直接指示して導かれるのです。神さまの導きは大胆にして繊細です。私たちはこの偉大な御方の御手に自分を委ねれば良いのです。

2007年6月2日土曜日

5月27日 サマリヤそしてエチオピアへ

 ステパノが死んだ後、主は新たな器としてピリポを用いられます。彼もまたステパノ同様に食卓の奉仕ために選ばれた御霊と知恵とに満ちた評判の良い7人のうちの1人でした。初めユダヤ人に伝えられた福音は、これからサマリヤ人や異邦人へと広がっていきます。サマリヤは長期間にわたり、イスラエル10部族の首都でした。エリヤの時代のイスラエルの王アハブの父であるオムリが建設した町です。(Ⅰ列王16:23~24)同時にサマリヤという名称は北王国全体を指す名称として定着します。アッシリアの王の政策によって、サマリヤに異邦人が送りこまれ、さらに捕囚されたイスラエル人の中から祭司が送りこまれます。その結果長期に渡って、サマリヤでは偶像礼拝と主を礼拝することが入り混じってしまいます。(Ⅱ列王17:24~41) 従って、ユダヤ人が「サマリヤ人」と言うとき、そこには「堕落した民」という一種の侮蔑を含んだニュアンスがあったわけです。 こうした旧約聖書の記述をふまえた上で新約聖書を見ていく必要があります。新約聖書を見ても、イエスさまは、12弟子を任命された当初、サマリヤに入ることを禁じておられました。(マタイ10:5)ヤコブとヨハネに至っては、サマリヤの町そのものを焼き滅ぼしたいと願ったほどでした。(ルカ9:54) しかし、それだけではありません。イエスさまはたとえ話の中で傷ついた隣人に対して、サマリヤ人がユダヤの祭司やレビ人にまさる愛を示したことを語らえました。(ルカ10:33) また、10人のらい病人が癒されたとき、感謝するために戻って来たのはサマリヤ人だけだったという事実も書かれています。(ルカ17:16)さらに、イエスさまは、サマリヤに住む、男にふしだらなひとりの女性に出会うためにあえてサマリヤを通られた記事もあります。(ヨハネ4:4)
主の大きな働きの全体を見ることは難しいことですが、自己中心な動機で、偏って見ていたのでは、真実を大きく見誤る可能性が高いことはおわかりいただけると思います。サマリヤの人たちに対する主のお取り扱いを出来るだけ主に近い視点で見ていけば、聖霊の働きに関する誤解もほどけます。ここの箇所は神学的にもめるところなのです。なぜかと言うと、信じてバプテスマを受けていながら、聖霊を受けていない人たちが登場するからです。「彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がだれにも下っておられなかったからである。」(使徒8:16)これは、ペテコステ以前の信者たちも同じでした。まず信じた者たちに、約束としての聖霊がくだったことを信者たち自身がはっきり共通理解する必要がありました。だから、目に見えるしるしが伴ったわけで、勿論その後のすべての信者が聖霊を受けるごとに、激しい風が吹いてくるような響きが聞こえたり、炎のような分かれた舌が見えたりするわけではありません。そして、このサマリヤの人たちの場合、サマリヤ人がユダヤ人である自分たちと同様に救われ、同じ主の霊を受けるということは、簡単には理解しがたい、受け入れにくいことだったのです。主の恵みや憐れみの深さ、広さのサイズを、人間はことばだけで容易に受け入れることが出来ません。ですから、ペンテコステの場合も、サマリヤの場合も、使徒たちが主のみこころについて共通理解できるように、このように体験的に教えてくださっているのです。もともと、サマリヤをはじめ、エルサレム以外の周辺地域にみことばが広がっていったのは、計画的に伝道地域の拡大を図ったからではありません。迫害によって各地に散らされた結果でした。福音は人間を介して伝えられます。それが主の方法ですが、その広がりやつながりは、人間の意図することや願いを遙かに超えています。福音はそれを伝える人間よりも偉大なのです。これから、福音はさらに異邦人世界に広がっていきますが、サマリヤ人は、ユダヤ人と異邦人の中間的存在として位置づけることができるでしょう。異邦人が受け入れるにあたっても、ペテロが主のみこころを理解するには、「汚れた動物をほふって食べなさい」というあの幻を見て、コルネリオというひとりの敬虔なユダヤ人に会うことが必要でした。使徒の働きは、長く律法と死の力が支配していた時代から、いのちの福音による恵みの時代がはじまる過渡期です。その節目に起こった意図的な例外を一般化して曲解するのは、大変愚かな間違いです。例えば、ここではバプテスマを受けてから、権威ある者の按手によって聖霊は与えられています。だから、聖霊を受けていない人に、つまり信仰がはっきりしない人にも洗礼を授けてもかまわないのだとか、権威ある者の按手によらなければ聖霊は与えられないのだとか言い出すのは、間違いです。このように例外から、そのはずれた部分を許容したり、必要条件であるかのように絶対化したりしてはいけないのです。
 聖書全体を見れば、信じた瞬間に聖霊が与えられることは原則です。それは、新しい誕生を意味します。これはいのちの問題であって、意識の問題ではありません。赤ちゃんが生まれた瞬間に自分の誕生や存在を意識することはありませんが、赤ちゃんはその時確かに生まれたのと同じです。いのちが誕生することは、神のわざです。そこに人間は介在しますが、神の力は人間の意思や計画を超えたところで働いています。まして、産み出される当人のはかりしれないところで産み出される準備や環境が整っているのです。 このような後の信者の誤解を予測して、ルカは魔術師シモンのことを例にあげています。サマリヤに住むあらゆる人は、このシモンに関心を持ち、彼が行う不思議なわざに驚かされていました。(使徒8:11)シモンは確かに不思議を行っていたようですが、それは当然聖霊の力ではありません。 シモンはピリポが語ることばとしるしに驚き、その中に自分が行ってきた魔術以上のものを見ました。その評価は間違ってはいませんでしたが、正しくはありませんでした。シモンはピリポの力を自分の力の延長線上のものであると考えたからです。そこでシモンはピリポの権威を金で買おうとします。(使徒8:18~24) なぜ、ルカはシモンの記事をここに挿入したのでしょうか。それはこの聖霊の働きに関して、誤解する人が後を絶たないことを知っていたからです。悲しいことに、みことばを聞く者の中にも、シモンのように自分が権威を得るために、人々を驚かせて注目集めるための魔術の延長として理解する人がいるからです。また、権威ある人に按手してもらおうと目に見える人に頼るすがる人がいるからです。このような動機で主に近づく人が、聖霊にあずかることは絶対ありません。(使徒8:20)
 「このようにして、使徒たちはおごそかにあかしをし」(使徒8:25)と書いてあります。今日の教会の中に、このようなおごそかさがあるでしょうか。
 この後、主の使いがピリポに現れ、エルサレムからガザに行く道へと導かれ、そこでエチオピア人の宦官に出会います。彼は礼拝のためにエルサレムに上り帰る途中、馬車に乗ってイザヤ書を読んでいるところでした。まさに、主によって整えられた人でした。 このような人が、まだまだ私たちの周辺にもおられるはずです。そして、私たちが計画したり探したりしなくても、そのような方々との出会いが与えられるのです。イザヤ53章は、まさにイエスさまの苦難について書かれた箇所ですが、導いてくれる人がいなければ、その意味はとけませんでした。そして、この聖句からはじめて、ピリポが伝えたのはまさに「イエスのこと」(使徒8:35)でした。聖霊を魔術のような力として求めたシモンと、預言者のことばを丁寧に読み、そこからイエスのことを聞かされたエチオピアの宦官は、対照的に描かれています。最後に、使徒の働き全体を貫く重要なポイントを確認しておきたいと思います。今日見た箇所はピリポの活躍が目立っています。先週はステパノでした。  このような賜物にあふれる個人を見るのではなく、その背後にある大きな主の計画、みこころの全体をとらえて部分を見ていくことが大切です。
「さて、エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところへ遣わした。」(使徒8:14)と書かれています。ペテロやヨハネが自分勝手に行ったのではなく、「使徒たちが遣わした」のです。この記述からも、ペテロやヨハネがすべてを自分たちで決めていたのではないことがわかります。使徒たちは、新約聖書もない、教会のスタイルも固定されていない、サマリヤ人や異邦人へと福音が広がっていく過渡期にあって、主のみこころをしっかり受け止めていこうと、聖霊のみちびき敏感でかつ慎重であったはずです。みながみことばを重んじ、イエスさまを中心に仰ぎながら一致して重要なことを決めていったのだと考えられます。
ペンテコステのときも、その天変地異をともなう大きなしるしを正確に受け止められたのは、使徒たちがみなみことばの中で一致していたからです。ペンテコステの箇所にはこう書かれています。「そこで、ペテロは11人とともに立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った」(使徒2:14)
ペテロとともに同じ心で立っていた人たち、その証が使徒時代の教会の力でした。使徒の働きは、聖霊の働きであり、教会の働きであり、イエスの働きなのです。今日教会の活動が、「人間の人間による人間のための働き」であることが何と多いことでしょうか。そうであってはいけません。教会は主のからだです。かしらであるイエスさまにつながって、その思いを具現化するいのちの
器官なのです。

2007年5月23日水曜日

5月20日 ステパノのメッセージ

使徒7章はステパノのメッセージです。みなさんは、このメッセージをどのようにお読みになったでしょうか。ステパノは、ユダヤの歴史をアブラハムから今日に至るまで振り返りながら、ダイジェストで語りました。そのアウトラインはユダヤ人なら誰もが知っている先祖の歴史です。しかしながら、その解釈は誰も聞いたことのない独特のものでした。選民としての強い民族意識に燃えるユダヤ人の宗教指導者たちにとって、「あなたがたは、その父祖アブラハムから今日に至るまで、一貫して神に逆らい続けて来たではないか」という辛辣な内容は、絶対に受け入れることができないものでした。ステパノのことばは、誤解する余地がないほど明確でした。「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち。あなたがたは先祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が誰かあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もってのべた人たちを殺したが、今は、あなたがたが、このあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」(使徒7:51~52)ステパノは、ユダヤ人の全ての歴史と誇りを完全に否定しました。人々は、これを聞いて心を刺され、悔い改めはしませんでした。逆にはらわたが煮えかえるほど怒り、全員でステパノに石を投げつけて殺しました。果たして、ステパノのメッセージは失敗だったのでしょうか。もっと別のことを違った方法やことばで伝えるべきだったのでしょうか。どう思われますか。私たちはステパノの死から約2000年のときを経た今日、この問いに誠実に答えるべきです。
ステパノのメッセージの結果は、大喝采や賞賛ではなく、怒号と暴力でした。語ったがために殺されたのです。私は、このステパノのメッセージを読みながら、深く反省させられました。語ったがゆえに殺されるほどのメッセージは、まさに力あるものです。
このメッセージのもたらした悲惨な結末と同時に、その力強さの秘密を、ルカは殺されてゆくステパノの表情の中にとらえています。ステパノは御使いのような顔で、聖霊に満たされながら語り、そして喜びの中で死んでいったのです。ステパノに死に様は、まさに十字架のイエスさまと重なります。(使徒7:54~60)彼は主に霊をゆだね、自分に石を投げた人々をとりなす祈りをします。語る相手を伺い、顔色を気にしていては、このようなメッセージは絶対出来ません。ステパノの死は、「教会の歴史の中で初の殉教者の記述である」と言われます。しかし、私はこの種の言い回しも「殉教」という表現も好きにはなれません。日本語では、エクレシアは教える会の「教会」であり、それに合わせて教えに殉ずる「殉教」なのでしょうが、ステパノは信念のために自ら死を選んだわけではありません。みことばを語ったがゆえに怒り狂った人たちが彼を石で打っただけの話なのです。ステパノが見つめていたのは、メッセージを伝えているユダヤ人ではなくイエスさまでした。ステパノの心を支配していたのは、イエスさまであって、決して「教え」ではありませんでした。殉教者の内面が小説の題材になることは多いですが、これは極めて人間的で、実に非聖書的です。教会の中にも「殉教」を頂点として、信仰を徳目としてとらえる弱さが常に働いています。「御使いのような顔をした人になろう」という発想は全く逆さまの発想であって、ステパノ自身は「自分の表情がどのようであったか」ということになど、何の関心もなかったでしょう。ステパノの顔がそのように輝いて見えたのは、彼の全存在がイエスさまの栄光を真正面から受け止めた結果なのです。
このステパノのメッセージを受けた私たちは、今この時代に対していったい何を語るべきなのでしょう。ステパノのメッセージのポイントを整理してみます。まず第1に、ステパノのメッセージは、どの文章もすべて神が中心です。「神が現れた」「神が言われた」「神が約束された」「神がお与えになった」「神がともにおられた」と、神を主語として語られている内容が、大半を占めています。それに対して人間がどのように応え行動したかというまとめ方になっています。今日の証やメッセージは、ほとんどが「私」を主語とした問題や祝福の話です。ステパノのメッセージと比べてみれば違いは明確です。ステパノが神を主語にして語るとき、神は常に変わらず、憐れみ深く働きかけ、恵みを注ぎ続けておられます。しかし、人はそれを拒み続け、逆らい続けるという内容です。
そして第2に、そんなどうしようもないユダヤ人の歴史のポイント、ポイントに、神が選ばれた憐れみの器をお立てなったことを語っています。アブラハムに始まり、イサク、ヤコブ、12人の族長の中からヨセフ、そして、モーセ、ヨシュア、ダビデ、ソロモンです。彼らは預言者として神のことばを預かり、民に語りましたが、彼らは必ずしも受け入れられず、常に孤独でした。迫害や苦しみの中でみことばの約束に握って歩み、それぞれの時代に神に従った結果、彼らの人生そのものが来たるべきキリストの雛型となりました。例えば、ヨセフが兄弟たちにねたまれエジプトに売られるが、その後エジプトに大臣となって、ききんで苦しむ兄弟達を救って再会を果たすことは、イエスさまを十字架につけて殺したユダヤ人がやがて、その罪に気づくときに和解することの雛型です。いくら年寄り子のヨセフが可愛いからといっても、ひとりだけ特別扱いして上等な服を着せたりしたヤコブの愛情表現はどう考えても偏っており、賢い子育てではありません。その結果、兄弟がヨセフをねたんでエジプトに売るわけですが、神の手によれば、そのような愚かさも許容されています。また、モーセが同胞を救うために立ち上がるが、民から理解を得られず、逃れたミデアンの地で異邦人の女性と結婚して子どもを設けることは、ユダヤ人の手によって十字架につけられたイエスさまの福音が異邦人に受け入れられ花嫁としての教会が異邦人から迎えられることの雛型です。また、ダビデは羊飼いから王になるに至るそのドラマチックな人生そのものが、ソロモンはその類を見ないほどの知恵と繁栄ぶりが、イエスさまの苦難と栄光を映しています。そして、彼らの信仰のあゆみがひとつにつながって、イエスさまを生み出す系図を作り出しているのです。神の主権と選び、そして人の失敗と信仰による選択が、見事に織りなされてキリストの救いの計画を実現に至らせ、教会を誕生させるのです。
ステパノは、アブラハムからイエスさまの時代までのユダヤ人の歴史について語りましたが、選ばれた器たちの歩みは、さらに先の教会時代をも含む歴史を先取りしたかたちで予表しています。それらを今日に当てはめて、ペンテコステから再臨に至るまでの教会の歴史について語るなら、その反抗や不信仰ぶりも、同じかもっとひどいものになるはずです。教会もまた主に逆らいどおしで、同じ愚かさをさらに拡大して繰り返しているのです。 神の偉大さも、人の愚かさも、変わることはありません。
 第3番目に、ステパノは神の臨在の本質について語りました。移動可能だった荒野での「あかしの幕屋」から、約束の地で王国を確立した後の固定した「神殿」に至る歴史を振り返りながら、初めから手で造った家になど住まないのだという根本的なことを思い出させます。(使徒7:48~50)このあたりが、「聖なるところを壊し、慣例を変えてしまう」といった批判につながるのでしょう。(使徒6:14) しかし、これはもともと、神殿を造ることを計画したダビデに伝えるために、主が預言者ナタンに語られたことばにあるとおりです。(Ⅱサムエル7:7)ダビデは、神の家を造りたいと願ったのですが、逆に神がダビデに「あなたの家を造る」と繰り返し言っておられるのです。(Ⅱサムエル7,11~13)勿論、「あなたのために造られる一つの家」とは、「あなたの身から出る世継ぎの子の王国」とは教会のことです。先に引用されていたイザヤのことばでも、主のいこいの場所は、特別に人が造った場所ではなく、「へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者」であることが語られています。(イザヤ66:2)主は、常にそのような者とともにおられ、今日では、私たちの内側にその霊とともに住んでくださるのです。
最後に、ステパノがあげた選びの器のことばから、その信仰の態度を検証したいと思います。逆らい続けた民と、名を上げられた人物にはどのような違いがあるのでしょう。ヨセフの場合を例に見てみます。
「今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。」(創世記45:5)「だから、今、私をここに遣わしたのは神なのです。」(創世記45:8) これは、兄弟と再会したヨセフが語ったことばですが、自分の歩んできた道のりを恐れと感謝をもって、神の摂理の中できちんととらえています。 ヨセフはのその生涯の大半をエジプトで過ごしました。そこで大臣になりました。一方カナンには飢えた兄弟たちがいたのです。 しかし、ヨセフの心はエジプトの富や地位にはなく、約束の地にありました。その彼の信仰の証として、骨についての指図をしたのです。(使徒7:16)(ヘブル11:22)(創世記50:24~25) このように、いつの時代にも、心砕かれへりだって神のことばにおののく人たちを通してもたらされる恵みと、神に逆らい続ける人たちの抵抗する力がせめぎ合っているのです。 

5月13日 御霊と知恵とに満ちた評判の良い人

 新約聖書の中には、教会の本質について語られているところは数多くあっても、実は教会の組織についての教えは全くありません。教会には、これこれこういう役職を置いてその役割は何だとか、どのような会議を持ち重要なことを決定するときにはこういう条件を満たすべきとか、会計についてどうとか、そういうどんな組織にでも最低決まっていそうな具体的なことが何一つ書かれていません。ですから、いわゆる現存するキリスト教会がとっているあらゆるスタイルが聖書の記述どおりであるかどうかというのは、明確な基準がないため非常に曖昧なのです。 教会はひとつの霊的ないのちの共同体であって、はじめから人間の組織ではないし、人間の組織的統制や関与を受けるべきものではありません。ですから、人間が自らの知恵や権威によってコントロールした結果、今日見られるような混沌とした状況を生み出すのは当然なのです。 そのような意味においても、使徒6章は非常に興味深い箇所です。教会の組織についての教えはありませんが、当時の教会運営のひとつのあり方の例を示しています。 人数が増えてくると、当然そこにはいろんな背景を持った人たちが集まって来るでしょう。いろんな背景を持った人たちが集まると当然トラブルも起こります。ヘブル語を使うユダヤ人がギリシャ語を使うユダヤ人を毎日の配給においてなおざりにしたのです。これは、それほど簡単な問題ではありませんでした。このような記述を見ると、初代教会は完璧であったということが幻想であることがわかります。
 この異なる背景を持った2つのタイプのユダヤ人について、少し説明します。旧約聖書の一番新しい部分と新約聖書の一番古い部分の間には約400年間の隔たりがあります。その間に有名なアンティオコス・エピファネスというシリアの暴君が登場します。この男は、ユダヤ人に神殿で礼拝することを禁じ、聖なる場所に偶像を持ち込みます。民族意識に目覚めたユダヤ人は独立のために戦います。これがマカベヤの乱です。パリサイ派やサドカイ派などもこの時期に生まれたと言われています。そのような時代に、ギリシャ語を使うユダヤ人の群れがありました。彼らはヘレニストと呼ばれ、ギリシャ的な価値観を持ち、ギリシャ的な生活をしていました。当然ユダヤ的ユダヤ人から見れば、ヘレニストは軟弱に見え、ヘレニストたちからすれば、ユダヤ的ユダヤ人は頭の固い融通の利かない連中とうつるわけです。そういうわけですから、たとえイエスさまを信じたとしても、ヘレニストとガチガチのユダヤ人との間には、簡単に埋めがたい溝があるわけです。放蕩息子の兄が弟を受け入れられないような感覚があったわけです。こうした類のことは、いつの時代にもどんな教会にもあったことです。
 問題が起こったとき、使徒たちが決定したスタイルではなく、彼らが何を重要だと考えたのかを見るべきです。 使徒たちは何と言っているでしょうか。「私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、あなた方の中から御霊と知恵とに満ちた評判の良い人たち7人を選びなさい。私たちはその人たちをその仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」(使徒6:5) 使徒たちの苦情処理の方法は、とても変わっています。具体的な問題の解決を示したのではなく、別の人たちに丸投げしたからです。一番問題にしている事柄について、その問題を解決もせず、それは二の次だ宣言したのです。 では、何が大事だと言ったのでしょう。「神のことば」です。さまざまな背景を持ったさまざまな生き方をしてきた人たちが集まったときに、一致できるのは「みことばの中」だけです。お互いの言い分を聞いて、なだめたりすかしたり条件をすりあわせたりするのは、決して良い方法ではありません。それは全く無駄なのです。専門家でもないのに、出来損ないのカウンセリングをして、共依存の末に信者と共倒れする牧師がいますが、そんなことは少し知恵があれば容易に想像できる未来です。勿論困っている人の痛みに共感することは大事です。しかし、一緒にその問題を見つめ続けて何が解決するでしょうか。解決などしないのです。たったひとつの大事なことは、「みことばに聞くこと」です。 食卓のことも大切です。しかし、神のことばはもっと大切です。使徒たちはそのことを知っていました。イエスさまは2匹の魚と5つのパンで男だけで5千人もの人を養われる力をお持ちです。弟子たちはそれを経験しました。ほしいだけ分けた末、なお余ったパン切れで12のかこがいっぱいになったのです。(ヨハネ6:11~13) それは、食料がないという事実を確認した結果ではありません。イエスさまが天を見つめ、感謝して祈られた結果でした。食料がないという事実をどれだけつきつめても、いつまでたっても食料がないだけです。
 使徒たちは、自分たちは祈りとみことばの奉仕に専念すると宣言しました。そして、食卓のことに当たらせる人の選抜の基準について語りました。それには、3つの評価ポイントがありました。1つめは御霊に満ちていること、2つめは知恵に満ちていること、3つめは評判が良いということです。食卓のことなのだから、誰かを教えたり導いたりするわけではないので、その方面の能力や忠実さがあれば十分だと思われるかもしれませんが、そうではなかったのです。食卓のことであっても、これは教会の仕事です。すべてはキリストの奉仕なのです。「御霊に満たされた人」でなければ教会の奉仕は出来ないのです。教会の中で問題がおこるのは、本来は奉仕をさせるべきではない人に奉仕をさせるからです。2つ目は知恵に満ちていることです。「鳩のような素直さと同時に蛇のようにさとくあることが必要だ」とイエスさまは言われました。この世にも通用する知恵が必要です。状況を適切に判断し、臨機応変に対応できる知恵が必要です。これは純粋な主に対する信頼とは別に、この世の様々な場面に具体的にみことばを適用する力と言ってもいいでしょう。教会の中での奉仕には、そのようなスキルが求められるのです。食卓のことと言っても、食事の準備や配給といった台所仕事だけではなく、みことばのご用に当たる以外の全般的な実務を指しているのでしょう。いくらみことばを文字通りたくさん記憶していたところで、使えなければ、宝の持ち腐れです。こういう状況をさして「豚に真珠」と言います。豚では駄目なのです。3つめは評判がよいことでした。これは、その人物に対する一定以上の社会的評価です。それは地位や職業と言うより、人格に対する信頼感です。教会の中でも外でも、確かに間違いのない評価を得ているということです。世の中での居場所を失ったり、野心を砕かれた人たちが、キリスト教の世界で自己実現しようと思っている場合があります。こういう人たちは○○派に多いのです。逆に世の中で一定以上の地位や評価を得ている人たちが、さらに、謙遜であったり清らかであったりすることで、プラスアルファの評価を得ることによって自己実現をはかりたい。こういう人たちは××派に多いのです。しかし、周囲の評価など求めてはいないのに、結果として評判が良いということは必須条件です。ここは大事です。この世の仕事さえ満足に出来ない者には教会の奉仕など出来ないし、させてはいけないのです。教会の奉仕で家庭や仕事がおろそかになることなどあってはならないことです。 この世で役に立たなかった者も、いったん主の御手にかかれば役に立つ者に代えられます。ピレモンへの手紙に出てくるオネシモなどはその良い例です。(ピレモン11)オネシモはピレモンの奴隷であって、もともと法律上は彼の財産でした。その奴隷であったオネシモが主人であるピレモンの財産を盗んだのですが、ピレモンはオネシモを兄弟として迎えることができるように、パウロがこの手紙を書いたのです。オネシモというのは、「役に立つ者」という意味です。 過去がどうであっても、イエスさまに救われ、健全な信仰を持つ者が、「役に立たない者」とか、「実を結ばない者」になることはないということです。(Ⅰペテロ1:5~11) つまり、救われる前に世の中で役に立っていたかどうかではなく、「救われてからの世との関わり方がどうかということ」がポイントになります。教会の中でだけ役に立つ人などいません。教会の中で堅実に奉仕が出来る人は、この世でも影響力を持っています。そのことは、6章の後半に登場するステパノという人物を見ても明らかです。 使徒たちの方法が間違っていなかったことは、結果として表れました。「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。」(使徒6:7)
 6章の前半は当時の教会の様子をスケッチしたような内容ですが、後半はひとりの人ステパノにスポットが当たります。ステパノは食卓に奉仕する7人のうちの1人でしたが、彼の賜物はさらに豊かに現れ始めました。 ステパノの特徴は「恵みと力」に満ちていることでした。そのすばらしい不思議なわざとしるしがどのようなものであったかはわかりませんが、いろいろな人たちがステパノと議論しても勝つことが出来なかったことが記されています。(使徒6:8~10) まともに戦って勝てないとみると、敵はさまざまな言いがかりや悪巧みによってステパノを陥れようとします。これがこの世の手法です。周辺がどす黒くよどめばよどむほど、主のしもべは輝きを増すのです。 「ステパノの顔は御使いの顔のように見えた」(使徒6:15)と書いてあります。御使いがどんな顔だか見たこともないのでよくわかりませんが、それは顔立ちではなく、その顔が放つ輝きのようなものでしょう。それは主の栄光を反映した光であり熱なのです。私たちもまた主を見つめながら、この世に対して微笑みかける者でありたいものです。 教会は完全分業制でもなく、役割や賜物もいのちの成長やそのときの必要などさまざまな条件によって、移り変わるのです。ステパノの役割や奉仕の広がりを見れば、それは明らかです。 みこころをとらえ、賜物の必要を感じれば、積極的に祈りましょう。ヤコブは知恵について次のように勧めています。 「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげもなく、とがめることもなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」(ヤコブ1:5)

2007年5月10日木曜日

5月6日 人に従うより神に従うべきです

「信じた者の群れは、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていた。」(使徒4:32)ルカは、初代教会の麗しい様子を、このように記録しました。しかしそれは、当時の教会が特別善良な人々の集まりだったわけではありません。また、ルカがクリスチャンのあり方を示すために事実を誇張して書いたのでもありません。聖霊の働きが顕著であった使徒たちの時代の教会にも、今日と同様に、すばらしい交わりの中に、とんでもない過ちが混じっていました・アナニヤとサッピラのエピソードは、そんな初代教会の様子をリアルに伝えてくれているばかりでなく、教会の中に常に起こりうる問題の可能性について豊かな示唆を与えています。アナニヤとサッピラは夫婦で信仰を持っていました。彼らは間違いなく救われた人たちでした。夫婦や家族でそろって教会に集えることは素晴らしい恵みです。これは、家族の誰かを家に残してひとりで交わりに加わっているのとは全然違います。しかしながら、この夫婦は聖霊をあざむいたがゆえに地上でのいのちを失ってしまいました。この記事の前にはバルナバが畑を売ってその代金を使徒たちの足もとに置いたという記録があり、「自分の持ち物を捧げて教会の入り用に用いるのが当然」という空気が支配していたのかも知れません。しかし、それは誰かに強いられてではなく、一人ひとりが喜んで自ら捧げた結果が積み重なったものでした。決してとなりの兄弟姉妹や使徒たちの顔色を伺いながら捧げたものではなかったのです。ところが、アナニヤとサッピラは、決して「喜んで捧げた」のではなく、肉によって計算して捧げたのです。そこにごまかしや偽りが入り込みました。
当たり前のことですが、同じように畑や土地などを売ったとしても、その場所や面積によって不動産としての価値は違います。また、親や子どもを養わなければならないという家庭的事情を抱えている人たちは、自由になるお金を持っている人たちと同じようにはいかないでしょう。アナニヤとサッピラの売った土地にどれほどの価値があり、彼らの生活の入り用が具体的にどうようなもので、どれほど深刻であったかは書かれていません。彼らにどんな事情があったのかはわかりませんが、何かの必要を考えてお金を残しておくのは何も間違ったことではないはずです。彼らは捧げることを拒んだわけではありません。一部を残しておいたことが悪いわけでもないのです。交わりに加わる条件として、不動産を売り払って全額差し出さないといけないという掟があったわけではないのです。では、彼らの罪はどこにあったのでしょうか。教会に捧げたお金が地所の代金の一部であるにも関わらず、それが全部であると偽ったことにあるのです。なぜ、愛する兄弟姉妹にそのように偽る必要があったのでしょうか。ペテロが言っているように、「それはもともと自分たちのものだったし、売ってからでも自由になった」はずなのです。 ここに、人間の宗教の偽りがあります。「聖霊が支配するいのちの群れ」と、「人間性が支配する宗教の群れ」との根本的相違があります。そして、それはどこの教団、教派であろうと、いかなる群れであろうと、人間が集まるところには絶えず混在しうるものだということをこの箇所は教えています。使徒たちが生きており、しるしや不思議があり、集まった場所が震い動くほどの聖霊の満たしがあろうと、クリスチャンの群れには、常に偽りが入り込む予知があるのです。鍵はその交わりに自由があり、喜びがあるかどうかです。
当時、多くの兄弟姉妹が惜しみなく捧げたのはなぜでしょうか。それは、当時のたくさんの兄弟姉妹の中に、「私たちは父と御子を持っている」という感覚がリアルにあったからです。「神に所有され、神を所有する民」それがクリスチャンです。そのような事実を日々経験している者は、自分がこの地上で一時的に持つことを許されたものをいつまでもかたくなに握りしめていることのほうが、むしろ困難なのです。彼らが、持ち物をはじめ、すべてを共有できたのは、それらのいっさいのものの前に、まず御子イエスを共有していたからです。この共有感覚のない者に、「何かを捧げるべき」などと教えても無駄だし、無理なのです。兄弟たちには喜びがあり、捧げたいから捧げたのです。自分たちが既に得ている者の価値がわかれば、お金にしろ、時間にしろ、能力にせよ、すべて主のために使いたいと思って当然なのです。そういういのちの喜びにあふれた群れで自然に行われていた行為を、理想化し、約束ごとや集団の規律に代えていくところにわながあります。新約聖書には勧めはあっても規定はありません。使徒たちが、捧げもののあり方について、一定のルールや何かの約束を設けたわけでもないのに、アナニヤとサッピラは、勝手に自分で自分の心をしばって窮屈にしたのです。
 このように人が勝手に作り出した宗教は、不自由で窮屈です。それは、自己を中心にした引き替え条件の中で成り立っているのです。「捧げれば何倍もの祝福がある」という考え方は、本来の価値を逆転させています。「捧げれば何倍の祝福がある」とは言わなくても、高価な香油を注いだベタニヤのマリヤを例にとって、「見返りがなくとも高価なものをたくさん捧げることが立派な行為だ」となります。 マリヤが香油を捧げたとき、弟子たちにはその価値が理解できませんでした。マリヤは自分の行為も捧げる香油の価値も計算しませんでした。マリヤが一番リアルに感じられたのは、主が与えようとしておられるもの価値と主の限りない愛であって、自分が注ぐ香油でも、注ぐという行為でもありませんでした。 同様に、すべてのものを共有していた兄弟たちが意識していたものは、主御自身であって、自分たちの捧げものではありませんでした。しかし、アナニヤとサッピラが見ていたものは、自分たちの捧げものであり、多くのものを捧げていた周りの兄弟姉妹の姿でした。 もうお気づきでしょうか。「ベタニヤのマリヤは高価な香油を捧げた。これは素晴らしいことだ。さあ、みなさんもこのようにすべてを捧げることです」というような勧めは、良いことを勧めているようで、根本的に違うのです。マリヤが見たものをはっきり見なければ、マリヤの聞いたみことばを深く味わうことがなければ、主に対する感動もありません。主の愛に突き動かされることなしに、マリヤの行為をまねることは不可能です。何かのムードに扇動されたり、薄っぺらな義務感で強いられるような礼拝や奉仕や献金は、主の前には受け入れられることはないのです。アナニヤとサッピラは多分そろばんづくで祝福を求めたのではないと思います。他の兄弟姉妹達の手前、とりあえずそうしたのでしょう。しかし、それは彼らが考えた以上に大きな罪でした。彼らがあざむいたのは兄弟姉妹ではなく、主御自身だったのです。
 私たちが神に何かを捧げるとしたら、そのたびに是非思い出したいのは、このダビデのことばです。(Ⅰ歴代誌29:10~19)「まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んで捧げる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたに捧げたにすぎません。」(Ⅰ歴代誌29:14) ダビデが人間的には失敗だらけの人でしたが、彼がどれほど主の前にへりくだって歩み、主に喜ばれていたかは明らかです。まずどれだけを受けたか知らない者が捧げることは出来ないのです。自分の犠牲と引き替えに神さまと取引しようなどいう考えは、悪魔を契約を結ぶときの方法です。
 大事なことは、人ではなく神を見ることであり、人にではなく神に従うことです。人を恐れる者は神を恐れません。反対に神を恐れる者は、人を恐れることはありません。実際、神を恐れつつ証を続ける使徒たちの大胆さは目を見張るばかりです。 その大胆さと力強い証の根底には、主に対する深い恐れがありました。「教会全体とこれを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた」(使徒5:11)と書いてあります。実は、この箇所は、「教会」という表現が使徒の働きの中で初めて出てくるところです。この「恐れ」の感覚というのはとても大切です。教会に「非常な恐れが生じた」ことは、アナニヤの死の箇所にも、サッピラの死の箇所にも書いてあります。(使徒5:5)その恐れには、「突然人が超自然的な死に方をした」という恐怖の恐れも含まれてはいますが、本質は「神のきよさと権威に対する恐れ」です。そのことはこの恐れに関して、誰も人が死んでいない場面に書いてあることからもわかります。「そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって、多くの不思議なわざとあかしの奇跡が行われた。信者になった者はみないっしょにいて、いっさいの者を共有にしていた。」(使徒2:43) このような神が臨在される厳粛さがもたらす「恐れ」だけが、人を執着や欲望から解放し、本当の自由をもたらすのです。 ペテロは手紙の中で次のように言っています。 「ただし、優しく、慎み恐れて、また、正しい良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの正しい生き方をののしる人たちが。あなたがたをそしったことで恥じ入るでしょう。」(Ⅰペテロ3:16) 証において大切なのは、人に対する優しさと、神に対する恐れです。
 「人に従うのではなく、神に従うべきだ」という使徒たちの証のスタンスは、今日の私たちにとっても一番大事なものです。4章のサンヘドリンでの証の場面でも、ペテロとヨハネは同じようなことを言っていました。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは自分の見たこと、また聞いたことを話さないわけにはいきません。」(使徒4:19~20) そして、聖霊は神に従う者たちに与えられるのです。(使徒5:32)人に従うことと神に従うことは相反することとして書かれています。つまり、人に従いつつ神に従うということは出来ないということです。さらに言えば、神に従っていないのなら、人に従っているということです。誰かの間違った意見に誘導されているわけではなくても、みことばから離れ、自分の考えや判断だけで選択し、行動することは、「神ではなく人に従っているのだ」とも言えます。
 主の命令とは、「宮の中に立ち、人々にいのちのことばをことごとく語る」ことです。(使徒5:20)そして、いのちのことばとは、「イエスがキリストであること」を宣べ伝えることに他なりません。(使徒5:42)それを拒もうとする力は常に働いています。心と思いを一つに出来るのは、主が中心におられるからです。健全な交わりは、イエスを中心にした同心円状にしかありません。中心が少しでもずれれば一致は不可能です。パウロもペテロも、どのような力ある人も交わりの中心ではあり得ません。人間を中心にして教えや約束などで引っ張ろうとすると、異なる中心、異なる半径の円や楕円がいくつも出来るわけです。しかし、最も美しい円は主だけが知っておられ、この世での繁栄や栄光はないものと考えてよいでしょう。御名の中に保たれることは、やがてイエスが勝ちとられた栄光を相続することを意味します。同時に、この世にあっては、その御名のゆえにはずかしめを受けることも覚悟しなければなりません。(使徒5:41)
 最後に当時の教会の様子をもう一度確認しましょう。「ほかの人々は、ひとりもこの交わりに加わろうとはしなかったが、その人々は彼らを尊敬していた。」(使徒5:13)本当の交わりには、喜びや楽しさ同時に、この描写に見られるような清浄で凛とした空気が漂っているものなのです。