バプテスマについて(特別メッセージ Live in 北見)
今回は3人の姉妹たちの洗礼式のために私がわざわざやって来たかと言うと、私はそこに大きな意義を感じているからです。
私も3人の姉妹たちのことを第三者に詳しく紹介できるほど知っているわけではありません。しかし、前回お会いした印象や証の内容からはっきりわかることは、「イエスに対する信仰があるということ」、そして「洗礼を受けたいと願っておられるということ」です。
「現地のどこかの教会に任せておく」という方法もあるでしょうし、一番良さそうな集まりとつながりを作ることの方が大事ではないかとお考えの方もきっとおられると思いますが、私は全くそうは思いませんでした。
今後3人の方にどのようなかたちの導きがあるにせよ、そこに私が干渉する気は全くありません。しかし、現時点において、既存のキリスト教会に通う人たちが度肝を抜かれるような救いやいのちの成長があるのだということを発信することに大きな意義を感じています。
まさに、使徒の働きの時代のように、通りがかりのクリスチャンが「イエスについて」解き明かし、水のあるところで、信仰をもった人の希望に従って洗礼を施すというこのシンプルで原初的な救いの事実を作るようにと導かれていると私は感じています。そのためにやって来ました。
明日の洗礼に先立って、聖書の中から洗礼、即ち、バプテスマについてともに学びましょう。
まず使徒時代のバプテスマの記事を見てみましょう。
約2000年前、ピリポはエチオピヤ人の宦官に洗礼を授けるために、主の命を受けました。彼は「立って南へ行け」と言われたのですが、私の場合は「北へ行け」という感じです。(使徒8:26~40)
このエチオピヤ人の宦官とピリポとのやりとりからバプテスマに関する非常に大事な教訓をいくつも読み取ることが出来ます。導かれる側と導く側の作法を学びたいと思います。まず、宦官はみことばを知りたいと願っていました。しかも、その霊的なポイントは非常に良かった。見事に的を射た興味と疑問を持っています。(使徒8:32~33)そして、ピリポにはみことばに基づいてイエスのことを正確に解き明かす力があるということです。(使徒8:35)
宦官はピリポにみことばの解き明かしと洗礼を求めています。それは、「道を進んでいくうちに」ということですから、短時間での即断即決です。その間、ピリポが勧めたり押しつけたりした形跡はいっさいありません。勿論、このバプテスマは、何かの制度や形式に則ったわけではなく、ただ双方の信仰による確信に基づいて、一切のこの世の権威や組織と関係なく行われています。
「ピリポも宦官も水の中へ降りて行き」(使徒8:38)と書いてあるので、ここで行われたバプテスマは、その意味から考えても水を頭にかける「滴礼」ではなく、体全体を水に沈める「浸礼」だったと考えられます。洗礼を意味するギリシャ語は、「浸す」という意味だし、バプテスマ後から見る雛型としての霊的意味から考えても、水の中に完全に没することには意味があります。
このような劇的な主のお取り扱いを経験するふたりですが、ふたりの間に人間的な強い依存関係は見受けられません、宦官がそれ以降もピリポに頼ることも、ピリポが自分の影響力を行使することもありません。もちろん、愛着や信頼はあったはずです。しかし、べったり粘着した湿った人間関係はありません。(使徒8:39~40)互いにみことばを仲立ちとし主を見つめて、相互の信頼以上に主への強い信頼の中でことを行っているのが伺えます。
さらに、重要なポイントについて確認します。ここでのピリポのメッセージの中心は何でしょうか。「イエスのこと」です、(使徒8:35)
聖書を読むこと、祈ること、礼拝に出席すること、献金や奉仕をすることについてですか。違いますね。洗礼準備会などと称して、くだらない教理を確認していますか。答えは勿論NOです。ピリポが語ったのは、あくまでも「イエスのこと」です。イザヤ53章からイエスの苦難と人格、その人としてのみわざに着いて語り、そこからはじめてはらに「イエスのこと」を語ったのだと書いてあります。「イエスのこと」をまるで語らない、ほとんど語れない教会が何と多いことでしょう。
あらゆる点において、このピリポと宦官の記事は理想的な洗礼を受けるモデルケースだと私は思っています。本来こうでないといけないのです。
バプテスマが、教会という組織の仲間入りの儀式であったり、その組織における宗教的奉仕のための資格であったりすることが実際には多いのに驚きます。さらに、導いたり、洗礼を施したりした人が、いつまでも施された人の信仰や人生に口を挟んだりすることも普通に行われていると思いますが、人を操る権利は誰にもないし、操られることを良しとする義務もありません。キリストの奴隷となっても、組織の奴隷や人の奴隷になってはいけません。
一般的にバプテスマという表現はポピュラーではありませんが、「洗礼」ということばは、比喩として誰でも普通に使います。たいていは、「生涯に一度だけの儀式であること」から転じて、初体験、とりわけ「人生において一度だけ経験せねばならぬ、ほぼ一方的に他者からもたらされる、大きな体験」などの場合にととえて使われます。特に「ワンランク高いところの厳しさを味わうことによって、結果的にステップアップする」というような意味でよく使われています。「○○選手も、初登板でホームランを打たれ、メジャーの洗礼を受けました」など。
信仰においても、「洗礼」という通過儀礼を経て、ステップアップしていくようなイメージを持っている人がおられますが、それは全く間違っています。
もうひとつ面白いのは、教会に通い始めた家族を見つめるまなざしです。「別に教会に通うぐらいかまわないが、洗礼は受けてはいかん」というのを結構聞きます。これは、洗礼を通過すると、一線を越えてしまう。得体の知れないものとひとつになってしまうという感覚でしょうね。これは、ある意味当たってます。
ローマ6章の前半はバプテスマについてパウロが語った箇所です。(ローマ6:1~10)、パウロが言っていることを整理してみると、まず、バプテスマは、「キリストにつく」という意味があり、それは「キリストの死にあずかる」ということです。
水に完全に没することは、「私たちがキリストとともに葬られたこと」であり、水からあがったということは「新しい歩みがそこから始まるのだ」ということです。ここで注目すべきことは、「もし私たちがキリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら」(ローマ6:5)また、「もし私たちがキリストとともに死んだのであれば」(ローマ6:8)というふたつの条件節です。
もう少し丁寧に解説するとこういうことになります。
神は私たちがみことばに従い水に没したことによって、「キリストとともに死んだものと見なした」のです。しかし、私たちが水に没したことをそのように見なさないなら、神が見なしたことは無効になってしまうということです。
死んだ者は、罪や誘惑に関して一切の反応を失います。しかし、実際の私たちは罪を犯したくなくても罪を犯してしまう弱さを持っています。水から上がっても罪を犯します。だから、たとえ現実がどうであったとしても、「もう死んでいるはずの私のしたことは幽霊の屁みたいなものだから気になどするな」と書かれているのです。このあたりの葛藤と苦悩は、7章に詳しく書かれているとおりです。(ローマ7:7~25)
パウロは、正確にはこういう表現を使っています。「このように、あなたがたも、自分は罪に対して、死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと思いなさい」(ローマ6:11)
パウロの言い回しを読めば誰でもすぐにわかりますが、これらのメッセージはバプテスマをこれから受ける人たちに対してではなく、すでに受けた人たちへのメッセージです。(ローマ6:3)つまり、バプテスマを受けたのに、その意味を正しく理解していない信者が多かったということです。
ですから、再度確認します。水に没したことは、罪TO
ペテロによれば、「バプテスマは肉体の汚れを取り除くものではなく、正しい良心の神への誓いであり、イエス・キリストの復活によるものです。」(Ⅰペテロ3:21)と語られています。 言い換えれば、バプテスマを受けても肉体は汚れたままだと言っているわけです。「正しい良心」の反意語として「邪悪な良心」ということばがあります。(ヘブル10:22)「邪悪な良心」とは、簡単に言えば、「自分は駄目だ」「ふさわしくない」と自分にこだわって神から遠ざかり、自分の内側をのぞき込むことです。そうではなく血の注ぎかけを受け、きよめられた心で、約束された方の真実にすがって近づく姿勢こそが、正しい良心に基づいた信仰姿勢です。(ヘブル10:19~23)
さらに、使徒たちによるこれらのメッセージは、バプテスマの教理に関する知識理解を正すものだとは思わないでください。知識理解ではなく、「生き方」です。ペテロは「生き方」にこだわっています。(Ⅰペテロ3:2,16)「正しい良心」と「正しい生き方」には関連があるのです。もちろんこの正しさは人間から来るものではないのです。知識ではありません。信仰の基本的スタンスです。
バプテスマの意味さえちゃんとわからずに、信じたつもり、従っているつもりでいる人たちは、自分がすでに死んだことがわかっていないので、未だに自分の性格の弱さや、罪の問題に悩んでいる。だから、約束の安息にも預かることができす、復活の力も味わえないでいると指摘しているのです。
ですから、これからバプテスマを受ける方も、すでに受けた方も、その意味や価値を今一度かみしめて、ともに味わいたいのです。
イエスがご自身の公生涯のはじめに受けられたバプテスマを、みなさんはどのように評価していらっしゃいますか。(マタイ3:13~17)
ヨハネは、自分がイエスにバプテスマを授けるのは変だと感じたのです。だから、そうさせまいとしたと書いてあります。でも、あえてそうさせてくれと願われたイエスのことばに従ったのです。このことにはどのような意味があるのでしょう。
神が私たちのバプテスマをイエスの十字架上の死と同一視することは、それ自体不可能なことです。それを可能ならしめるのは、「イエスが」罪人の代表者としての資格を得るために、「イエスが」罪人が悔い改める際に受けるバプテスマを受けてくださったからです。泥水の中で溺れている人を助けるためには、自らも泥水に飛ぶ込む必要があります。悔い改める罪を持たない聖なる御方が、悔い改めのバプテスマを受けに来られたとき、ヨハネがとまどったのは当然です。しかし、イエスの覚悟と思いに触れて、ヨハネは受け入れました。ヨハネはどれほど厳粛な気持ちでイエスにバプテスマを授けたことでしょう。
バプテスマが私とイエスをひとつに繋いでいるのがおわかりでしょうか。それはイエスが十字架によって、アダムがもたらした罪と死を終わらせてくださり、よみがえりによって新しい聖霊のあゆみを始めてくださるということなのです。私の信仰によって受けるバプテスマが、このイエスとの一体化をもたらすものであるということを知ることほど大切なことはありません。ガラテヤ3:27には「バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです」とあります。キリストとの一体性を、「キリストの義の衣を着ている」「贖いに包まれている」と考えるとイメージしやすいのではないでしょうか。
イエスが水から上がられると、聖霊が目に見えるかたちでくだり、父の承認の声が聞く者の耳に聞こえました。父が喜ばれるのは、御子です。父を満足させるのは、常に御子です。御霊によって歩む御子なので。バプテスマを受けている私ではありません。従う決意をした私ではありません。そのことが分かれば、この呼びかけや承認は、神の子としての特権を得た私に対する主の呼びかけとなります。よろしいでしょうか。なぜなら、私とキリストはひとつになるからです。これは似ているようで全く違います。
バプテスマを、父・子・聖霊の名によって授ける意味を今一度考えてみて欲しいのです。(マタイ28:18~20)
2009年8月5日水曜日
2009年7月25日土曜日
7月5日 メッセージのポイント
ひねくれ者のための聖書講座 ⑥ 悪魔
「通り魔みたいに出来るだけ多くの人を傷つけ殺したかった。」
此花区での放火殺人の犯人である高見素直という容疑者は、逃げ隠れようともせず、自ら出頭して、そのような動機を語ったと報道されています。こういう男の歪んだ欲求を満たすために、死ななければならなかったのかと思うと、お亡くなりになった方々や御遺族の方々もいたたまれないでしょう。
実は、「誰もいいから傷つけたい」という衝動や、「自分に明るい未来が期待できないので、多くの人を道連れに堕ちていこう」という破滅的な思考パターンは非常に「悪魔」的です。勿論「火をつける」という行為は、犯人自身が選んだ道ですが、「魔がさした」という表現もあるように、そこには「悪魔」が働いているのです。
「悪魔」などというと、この科学の時代に何の戯言かと思われるかもしれません。私も最初は「悪魔」の話なんて馬鹿げていると思いました。漫画のイメージが先行して、架空の存在であるという思い込みが支配していたからです。しかし、「悪魔」は実在します。それは、まさかと思うような生きものがジャングルの奥地や深海に存在するように存在するのです。人間が納得するとか、理解するとかではなく、「いるからいる」のです。創世記を読めば、「悪魔」よりも先に神が登場します。哲学者が試みるような神の存在証明など全くなく、いきなり神が世界を創造しています。しかもそれは科学者が納得のいくような記述ではありません。神話は人が作ったものですが、聖書は「神が人を作った」と言っています。「神が人を作った」という話を人が作ったのなら、神を作ったのは人です。
しかし、実際には「神が人を作ったのか、人が神を作ったのか」というのは埒の明かない議論です。論じても答えは出ないので、結局のところ、「信じるか信じないか」の話になります。私は、聖書は人が作った神話ではなく、神が与えた啓示であると信じています。「人が書いた最も真理に近い本」だとは思っていません。「神が人に与えたメッセージであり真理そのものである」と思っています。私がそれをどう感じるかより、聖書そのものが何を言っているかが大事です。理解できないところも、退屈なところも等しく大切なのです。
人は聖書と向き合うとき、個々の事実の検証を積み上げようとします。つまり、それが信じるに値するかどうかを試すのです。納得し、理解しようとするのです。それは、決して間違った態度とは言えません。ただし、その態度を貫いていると、最終的に「信じる」という結論に至ることありません。なぜかというと、神や神の言葉である聖書は、初めから「信じるべきもの」であり、そのすべてについて、納得したり、理解したりすることは出来ないのです。別に対象が神であろうとなかろうと、大事な心の問題は証明出来ません。しかし、ある段階までの納得や理解は絶対に必要です。だから、このようなもってまわった言い方で時間をさいて話しているわけです。
この問題をさらにややこしくしているのは、キリストについて教えていると思われるキリスト教がキリストについての事実を語っていないということです。これが、前にも取り上げたキリストとキリスト教の問題です。共産主義者のキリスト教解釈を支えたフォイエルバッハという哲学者は、「神学というのは人間学」だと言いました。その通りだと思います。キリスト教は人の創作であって、信じるべきものではありません。信じるべきはキリストそのものなのです。神はキリストをこの世に送りました。キリストはいのちの木へと導く門です。しかし、悪魔はキリスト教を創作しました。これは善悪の知識の木のまわりをグルグまわらせ、荒野で死なせます。
さて、創世記によれば、最初の人類であるアダムとエバのふたりは、エデンの園からは次の世代を待つことなく追放されます。その原因を作ったのが「悪魔」です。「悪魔」は蛇に化身して現れ、人間に語りかけ、ことば巧みに誘惑し、人間に「善悪」を教えます。そして、神と人との間に溝を作り、人を「自立の道」へと誘うのです。私たちは神なきエデンの東で、どこから来てどこへ行くのかを知らずに、自分が何者で何をするべきかもわからずに、さまよっているというわけです。
人は「悪」とともに「善」が何であるかを知り、神なき世界で自主独立の道を歩み、自前の能力で文明を築きあげてきたところに、すべての不幸の原因があります。人は「悪魔」のそそのかしによって、神との交わりを失ったばかりでなく、私たちをそのような不幸へと導いた超本人である悪魔への憎しみを忘れてしまいました。「悪魔」は地上の神として、私たちの肉体の世界を、この時間と空間における権限を一時的な神から委託されています。これが聖書の教えるところです。この「誘惑のくだり」は、今日のメッセージの最後にもう一度触れたいと思っています。
しかし、科学という名の近代宗教が優位を占める世界観では、神や「悪魔」を意識の中から閉め出して物事を考えます。つまり、神や「悪魔」を追い出してしまうと、残るのは宇宙や自然ということばに象徴されるエネルギー、現象、法則、そして五感でとらえられるあらゆる物体としての宇宙や自然の断片です。こうして、宇宙や自然はほとんど神と同義語になり、「悪魔」や悪魔的要素もその中にごちゃ混ぜにして織り込まれています。こうして「悪魔」は神々の一部として、善の中にもぐりこんでしまうわけです。
さらに、感覚的な一体感や恍惚感を感じれば、「人は宇宙や自然の一部である」と主張し始めます。さらに、「神々が宇宙の隅々に満ちているなら、人は神々のようになれるのではないか」という錯覚に陥るのです。汎神論をベースにした人の生み出す宗教はおおむねこうした考え方の上に成り立っています。
また、善と悪がごちゃ混ぜに織り込また世界では、完全に善である神などは元から存在しないのだから、善も悪ととも同様に価値を失い、あらゆる存在は無意味だというもうひとつの極端な考えも生まれたりします。これが無神論の世界観です。
ナルニア国物語の作者として知られるC.Sルイスは無神論について、こう述べています。「もし、全宇宙が無意味だとするなら、それが無意味であることをわれわれは絶対知り得なかったはずである。それはちょうど、宇宙に光がなかったら、したがって、目を持つ生物が一つもいなかったら、われわれはそれが暗いということを知る由もなかったであろう。と言いうるのと同じである。その場合、暗いという言葉は全く意味のない言葉となるだろう。」だから、無神論は単純だとルイスは言うのです。かく言うルイス自身はガチガチの無神論者でした。彼は宇宙を無意味だと強く感じていた、人生に光を見いだせない暗い人でした。しかし、その無意味さ、暗さを強く感じるのは、まことの意味と光があるからだとわかったのです。
文学者であるルイスは、子どもたちのための優れたファンタジーを残しました。それを、あんなクズみたいな映画にしてしまうとどうしようもありませんが、彼の残した作品はすべて聖書がベースになっているので、彼が寓話の中で意味づけしたことをきちんと聖書と照らし合わせれば、その本来の意図やメッセージを理解できます。彼の作ったお話は、信仰のある人の子どもたちや、大人になって信仰をもったかつての子どもたちのための、かなり手の込んだ贈り物なのです。
ルイスが感じたように、エデンの記憶は善悪の葛藤となって人の心を責め立てています。その葛藤から逃げずに、考えることは、信じることと対立しません。「考えないで、信じなさい」というのは、頭の悪い牧師のことばです。聖書は言います。「よく考えないので信じたのでないなら・・・」つまり「よく考えて、それから信じろ」ということです。馬鹿は何でもすぐ信じます。でも、何かあるとすぐ捨ててしまう。それは信じたことにはなりません。それは、「土の薄い岩地に落ちた種」と同じです。種まきのたとえの中で語れています。詐欺まがいのくだらない教えに騙される人は、騙されていたことに気づいて被害者面をすると、いっそう馬鹿に見えます。しっかり考えないから信じてしまうのです。簡単に信じたりしないでよく考えてください。よく考えて「信じるしかない」と思えば、信じたものを失ったりしません。
神と悪魔に関する考えた方はいろいろありますが、悪は善の対立概念ではあり得ません。なぜなら、善はそれ自体が善であるがゆえに希求できるが、悪はそれがどこまでも悪であるという理由だけでは悪ではありえないのです。悪は単独で悪ではありえず、悪の本質は、善なるものを間違った方法で獲得しようとするところにあります。つまり悪とは動機や手続き上の問題であり、要するに「歪んだ善」「腐った善」とでも言うべきものだからです。実は、私はあるとき、そのことにはっきり気づかされました。この点についても、ルイスが物凄く面白い表現を使っています。「悪は寄生虫であって、原初的なものではない。悪が活動を継続できるのは、善から与えられた力のおかげである。悪人が効果的に悪を発揮することを可能ならしめているのはすべて、-たとえば、決断力、聡明さ、美貌、存在そのものといったように-それ自体は、善きものなのである」
私が「ひねくれ者のための聖書講座」をやろうと思った理由は、まず私自身が相当ひねくれていたからです。正式なタイトルは「ひねくれ者によるひねくれ者のための聖書講座」です。キャッチコピーは、「ひねくれていない人は聴かないでください」です。今日はルイスのことばを引用しましたが、私はルイスの著作には本当に慰められたのです。ルイスは私に負けず劣らずひねくれ者だったからです。そのもってまわった言い回しや見事な比喩がかなりフィットしました。他にもパスカルやピカートやヒルティがお気に入りでした。私は昔も今も感情を鼓舞するような信仰書は大嫌いです。もう少し、私自身の話をさせてください。私は、はじめから信じたくてキリストを信じたわけではありません。神になんぞ救ってもらいなんて思ったことはないし、世界が神の救いによってフラットになるなんて、考えただけでもゾッとしたくらいです。十字架にかかって愛を示すなんて、自虐的で狂気じみた手段だと思いました。また、自分が十字架にかかる演出のために弟子の誰かが裏切るようなシナリオはセンスが悪いというかタチが悪いというか、どうにも馴染めませんでした。 しかし、一方で「神は不正かも知れない」という疑念をいだくほどの、かなりレベルの高い公正さをはかる物差しが私自身の心の中にあることを知っていました。しかも、そのような公正さを実現する力は自分にはありません。しかし、神なら公正たれという思いは強くありました。「世界を創った、治める、さばく」というのなら、きちんとやってくれ、やるべきだろうと強く思っていたわけです。
はじめて旧約聖書を読んだとき、そのシンプルすぎる記述の内容の重みに圧倒されました。特に、創世記の冒頭の数章の乱暴さには絶句しましたが、読み進んでアブラハムのあたりまで来ると、少しずつ印象が変わってきました。先程言った「神は公正であるべきだ」という訴えに関して、私よりすでに何千年も前に、アブラハムがきちんと神に直談判する場面が、かなり詳細に描かれていたからです。そのくだりを読んだときに、私の心の霧がすっと晴れたのを感じました。それは本当に驚くような内容です。(創世記18:16~23)神がソドムとゴモラを滅ぼす前に、アブラハムにそのことを知らせます。すると、アブラハム身内のロトとその家族を救うため、神にとりなします。「世界をさばく御方は公儀を行うべきではありませんか」という言い分です。つまり、良い人と悪い人の住んでいる町を丸ごと滅ぼすような乱暴なやり方は神にふさわしくないと意見したわけです。では、その町に正しい人が何人いるだろうとアブラハムは考え、具体的な数の交渉に入っていくのです。
ここで、アブラハムの持っている正義感は公正さの基準はどこからやってきたのだろうと思ったわけです。神はアブラハムにとりなさせることによって、義と愛を教えたかったのではないかと悟ったのです。そして、この記事を読んだ者にも、アブラハムのようであることを願っておられるのだとわかりました。私たちに残されている良心のもっともピュアな部分は、非常に神の思いに近いものです。逆にだからこそ、私たちは、その良心がきよめられなければ、善悪の葛藤に苦しみ続けるのだということも見えたのです。
最後に誘惑の場面に戻ります。(創世記3:1~7)結局、悪魔のまどわしのパターンは決まっています。まず、悪魔は神のことばを語るということです。神のことばをそのまま繰り返して、それは本当かと考えさせるのです。(1)第2に、人間の欲望や願いをくみ取って、そこに彼自身の思いを混ぜます。(2~3)神の人格に対する信頼を揺るがせ、神のことばの正反対の結果に導きます。(4~5)
人は、私たちの五感に訴えかけてくるものを神のことば以上にリアルに感じてしまいます。それは神がそのようなバランスで私たちに感覚をお与えになったからです。神のことばそのものが、神への人格への信頼抜きにして、それ自体が官能的であったり、拒絶するすべを持たずに暴力的にコントロールするものであるとすれば、人間ははじめから神の奴隷かロボットです。神と交わり、神の人格を味わい、神に信頼していきていくものとして与えられた神のかたちに対して、あなたも善悪を知って目を開かれれば神のようになれるとそそのかすのです。「悪魔」は、蛇に化身して語りかけ、自分の本来の姿を示しません。使っているのは神のことばです。鍵は神のことばをどう解釈するかというよびかけなのです。キーワードは、「目が開かれる」「神のようになる」「善悪を知る」です。確かに人は目が開かれ、善とともに悪を知りました。自分の中にある明らかな悪と、果たし得ない遠いところにある善を知ったのです。そこで、腰におおいを作り、神から隠れました。神のようにはなれませんでした。
「悪魔」は、今日も同じやり方で、人をいざないます。イエスは「悪魔」を「偽りの父」と呼びました。「・・・・なぜなら、彼は偽り者であり、偽りの父であるからです・・・・」(ヨハネ8:43~47)
「通り魔みたいに出来るだけ多くの人を傷つけ殺したかった。」
此花区での放火殺人の犯人である高見素直という容疑者は、逃げ隠れようともせず、自ら出頭して、そのような動機を語ったと報道されています。こういう男の歪んだ欲求を満たすために、死ななければならなかったのかと思うと、お亡くなりになった方々や御遺族の方々もいたたまれないでしょう。
実は、「誰もいいから傷つけたい」という衝動や、「自分に明るい未来が期待できないので、多くの人を道連れに堕ちていこう」という破滅的な思考パターンは非常に「悪魔」的です。勿論「火をつける」という行為は、犯人自身が選んだ道ですが、「魔がさした」という表現もあるように、そこには「悪魔」が働いているのです。
「悪魔」などというと、この科学の時代に何の戯言かと思われるかもしれません。私も最初は「悪魔」の話なんて馬鹿げていると思いました。漫画のイメージが先行して、架空の存在であるという思い込みが支配していたからです。しかし、「悪魔」は実在します。それは、まさかと思うような生きものがジャングルの奥地や深海に存在するように存在するのです。人間が納得するとか、理解するとかではなく、「いるからいる」のです。創世記を読めば、「悪魔」よりも先に神が登場します。哲学者が試みるような神の存在証明など全くなく、いきなり神が世界を創造しています。しかもそれは科学者が納得のいくような記述ではありません。神話は人が作ったものですが、聖書は「神が人を作った」と言っています。「神が人を作った」という話を人が作ったのなら、神を作ったのは人です。
しかし、実際には「神が人を作ったのか、人が神を作ったのか」というのは埒の明かない議論です。論じても答えは出ないので、結局のところ、「信じるか信じないか」の話になります。私は、聖書は人が作った神話ではなく、神が与えた啓示であると信じています。「人が書いた最も真理に近い本」だとは思っていません。「神が人に与えたメッセージであり真理そのものである」と思っています。私がそれをどう感じるかより、聖書そのものが何を言っているかが大事です。理解できないところも、退屈なところも等しく大切なのです。
人は聖書と向き合うとき、個々の事実の検証を積み上げようとします。つまり、それが信じるに値するかどうかを試すのです。納得し、理解しようとするのです。それは、決して間違った態度とは言えません。ただし、その態度を貫いていると、最終的に「信じる」という結論に至ることありません。なぜかというと、神や神の言葉である聖書は、初めから「信じるべきもの」であり、そのすべてについて、納得したり、理解したりすることは出来ないのです。別に対象が神であろうとなかろうと、大事な心の問題は証明出来ません。しかし、ある段階までの納得や理解は絶対に必要です。だから、このようなもってまわった言い方で時間をさいて話しているわけです。
この問題をさらにややこしくしているのは、キリストについて教えていると思われるキリスト教がキリストについての事実を語っていないということです。これが、前にも取り上げたキリストとキリスト教の問題です。共産主義者のキリスト教解釈を支えたフォイエルバッハという哲学者は、「神学というのは人間学」だと言いました。その通りだと思います。キリスト教は人の創作であって、信じるべきものではありません。信じるべきはキリストそのものなのです。神はキリストをこの世に送りました。キリストはいのちの木へと導く門です。しかし、悪魔はキリスト教を創作しました。これは善悪の知識の木のまわりをグルグまわらせ、荒野で死なせます。
さて、創世記によれば、最初の人類であるアダムとエバのふたりは、エデンの園からは次の世代を待つことなく追放されます。その原因を作ったのが「悪魔」です。「悪魔」は蛇に化身して現れ、人間に語りかけ、ことば巧みに誘惑し、人間に「善悪」を教えます。そして、神と人との間に溝を作り、人を「自立の道」へと誘うのです。私たちは神なきエデンの東で、どこから来てどこへ行くのかを知らずに、自分が何者で何をするべきかもわからずに、さまよっているというわけです。
人は「悪」とともに「善」が何であるかを知り、神なき世界で自主独立の道を歩み、自前の能力で文明を築きあげてきたところに、すべての不幸の原因があります。人は「悪魔」のそそのかしによって、神との交わりを失ったばかりでなく、私たちをそのような不幸へと導いた超本人である悪魔への憎しみを忘れてしまいました。「悪魔」は地上の神として、私たちの肉体の世界を、この時間と空間における権限を一時的な神から委託されています。これが聖書の教えるところです。この「誘惑のくだり」は、今日のメッセージの最後にもう一度触れたいと思っています。
しかし、科学という名の近代宗教が優位を占める世界観では、神や「悪魔」を意識の中から閉め出して物事を考えます。つまり、神や「悪魔」を追い出してしまうと、残るのは宇宙や自然ということばに象徴されるエネルギー、現象、法則、そして五感でとらえられるあらゆる物体としての宇宙や自然の断片です。こうして、宇宙や自然はほとんど神と同義語になり、「悪魔」や悪魔的要素もその中にごちゃ混ぜにして織り込まれています。こうして「悪魔」は神々の一部として、善の中にもぐりこんでしまうわけです。
さらに、感覚的な一体感や恍惚感を感じれば、「人は宇宙や自然の一部である」と主張し始めます。さらに、「神々が宇宙の隅々に満ちているなら、人は神々のようになれるのではないか」という錯覚に陥るのです。汎神論をベースにした人の生み出す宗教はおおむねこうした考え方の上に成り立っています。
また、善と悪がごちゃ混ぜに織り込また世界では、完全に善である神などは元から存在しないのだから、善も悪ととも同様に価値を失い、あらゆる存在は無意味だというもうひとつの極端な考えも生まれたりします。これが無神論の世界観です。
ナルニア国物語の作者として知られるC.Sルイスは無神論について、こう述べています。「もし、全宇宙が無意味だとするなら、それが無意味であることをわれわれは絶対知り得なかったはずである。それはちょうど、宇宙に光がなかったら、したがって、目を持つ生物が一つもいなかったら、われわれはそれが暗いということを知る由もなかったであろう。と言いうるのと同じである。その場合、暗いという言葉は全く意味のない言葉となるだろう。」だから、無神論は単純だとルイスは言うのです。かく言うルイス自身はガチガチの無神論者でした。彼は宇宙を無意味だと強く感じていた、人生に光を見いだせない暗い人でした。しかし、その無意味さ、暗さを強く感じるのは、まことの意味と光があるからだとわかったのです。
文学者であるルイスは、子どもたちのための優れたファンタジーを残しました。それを、あんなクズみたいな映画にしてしまうとどうしようもありませんが、彼の残した作品はすべて聖書がベースになっているので、彼が寓話の中で意味づけしたことをきちんと聖書と照らし合わせれば、その本来の意図やメッセージを理解できます。彼の作ったお話は、信仰のある人の子どもたちや、大人になって信仰をもったかつての子どもたちのための、かなり手の込んだ贈り物なのです。
ルイスが感じたように、エデンの記憶は善悪の葛藤となって人の心を責め立てています。その葛藤から逃げずに、考えることは、信じることと対立しません。「考えないで、信じなさい」というのは、頭の悪い牧師のことばです。聖書は言います。「よく考えないので信じたのでないなら・・・」つまり「よく考えて、それから信じろ」ということです。馬鹿は何でもすぐ信じます。でも、何かあるとすぐ捨ててしまう。それは信じたことにはなりません。それは、「土の薄い岩地に落ちた種」と同じです。種まきのたとえの中で語れています。詐欺まがいのくだらない教えに騙される人は、騙されていたことに気づいて被害者面をすると、いっそう馬鹿に見えます。しっかり考えないから信じてしまうのです。簡単に信じたりしないでよく考えてください。よく考えて「信じるしかない」と思えば、信じたものを失ったりしません。
神と悪魔に関する考えた方はいろいろありますが、悪は善の対立概念ではあり得ません。なぜなら、善はそれ自体が善であるがゆえに希求できるが、悪はそれがどこまでも悪であるという理由だけでは悪ではありえないのです。悪は単独で悪ではありえず、悪の本質は、善なるものを間違った方法で獲得しようとするところにあります。つまり悪とは動機や手続き上の問題であり、要するに「歪んだ善」「腐った善」とでも言うべきものだからです。実は、私はあるとき、そのことにはっきり気づかされました。この点についても、ルイスが物凄く面白い表現を使っています。「悪は寄生虫であって、原初的なものではない。悪が活動を継続できるのは、善から与えられた力のおかげである。悪人が効果的に悪を発揮することを可能ならしめているのはすべて、-たとえば、決断力、聡明さ、美貌、存在そのものといったように-それ自体は、善きものなのである」
私が「ひねくれ者のための聖書講座」をやろうと思った理由は、まず私自身が相当ひねくれていたからです。正式なタイトルは「ひねくれ者によるひねくれ者のための聖書講座」です。キャッチコピーは、「ひねくれていない人は聴かないでください」です。今日はルイスのことばを引用しましたが、私はルイスの著作には本当に慰められたのです。ルイスは私に負けず劣らずひねくれ者だったからです。そのもってまわった言い回しや見事な比喩がかなりフィットしました。他にもパスカルやピカートやヒルティがお気に入りでした。私は昔も今も感情を鼓舞するような信仰書は大嫌いです。もう少し、私自身の話をさせてください。私は、はじめから信じたくてキリストを信じたわけではありません。神になんぞ救ってもらいなんて思ったことはないし、世界が神の救いによってフラットになるなんて、考えただけでもゾッとしたくらいです。十字架にかかって愛を示すなんて、自虐的で狂気じみた手段だと思いました。また、自分が十字架にかかる演出のために弟子の誰かが裏切るようなシナリオはセンスが悪いというかタチが悪いというか、どうにも馴染めませんでした。 しかし、一方で「神は不正かも知れない」という疑念をいだくほどの、かなりレベルの高い公正さをはかる物差しが私自身の心の中にあることを知っていました。しかも、そのような公正さを実現する力は自分にはありません。しかし、神なら公正たれという思いは強くありました。「世界を創った、治める、さばく」というのなら、きちんとやってくれ、やるべきだろうと強く思っていたわけです。
はじめて旧約聖書を読んだとき、そのシンプルすぎる記述の内容の重みに圧倒されました。特に、創世記の冒頭の数章の乱暴さには絶句しましたが、読み進んでアブラハムのあたりまで来ると、少しずつ印象が変わってきました。先程言った「神は公正であるべきだ」という訴えに関して、私よりすでに何千年も前に、アブラハムがきちんと神に直談判する場面が、かなり詳細に描かれていたからです。そのくだりを読んだときに、私の心の霧がすっと晴れたのを感じました。それは本当に驚くような内容です。(創世記18:16~23)神がソドムとゴモラを滅ぼす前に、アブラハムにそのことを知らせます。すると、アブラハム身内のロトとその家族を救うため、神にとりなします。「世界をさばく御方は公儀を行うべきではありませんか」という言い分です。つまり、良い人と悪い人の住んでいる町を丸ごと滅ぼすような乱暴なやり方は神にふさわしくないと意見したわけです。では、その町に正しい人が何人いるだろうとアブラハムは考え、具体的な数の交渉に入っていくのです。
ここで、アブラハムの持っている正義感は公正さの基準はどこからやってきたのだろうと思ったわけです。神はアブラハムにとりなさせることによって、義と愛を教えたかったのではないかと悟ったのです。そして、この記事を読んだ者にも、アブラハムのようであることを願っておられるのだとわかりました。私たちに残されている良心のもっともピュアな部分は、非常に神の思いに近いものです。逆にだからこそ、私たちは、その良心がきよめられなければ、善悪の葛藤に苦しみ続けるのだということも見えたのです。
最後に誘惑の場面に戻ります。(創世記3:1~7)結局、悪魔のまどわしのパターンは決まっています。まず、悪魔は神のことばを語るということです。神のことばをそのまま繰り返して、それは本当かと考えさせるのです。(1)第2に、人間の欲望や願いをくみ取って、そこに彼自身の思いを混ぜます。(2~3)神の人格に対する信頼を揺るがせ、神のことばの正反対の結果に導きます。(4~5)
人は、私たちの五感に訴えかけてくるものを神のことば以上にリアルに感じてしまいます。それは神がそのようなバランスで私たちに感覚をお与えになったからです。神のことばそのものが、神への人格への信頼抜きにして、それ自体が官能的であったり、拒絶するすべを持たずに暴力的にコントロールするものであるとすれば、人間ははじめから神の奴隷かロボットです。神と交わり、神の人格を味わい、神に信頼していきていくものとして与えられた神のかたちに対して、あなたも善悪を知って目を開かれれば神のようになれるとそそのかすのです。「悪魔」は、蛇に化身して語りかけ、自分の本来の姿を示しません。使っているのは神のことばです。鍵は神のことばをどう解釈するかというよびかけなのです。キーワードは、「目が開かれる」「神のようになる」「善悪を知る」です。確かに人は目が開かれ、善とともに悪を知りました。自分の中にある明らかな悪と、果たし得ない遠いところにある善を知ったのです。そこで、腰におおいを作り、神から隠れました。神のようにはなれませんでした。
「悪魔」は、今日も同じやり方で、人をいざないます。イエスは「悪魔」を「偽りの父」と呼びました。「・・・・なぜなら、彼は偽り者であり、偽りの父であるからです・・・・」(ヨハネ8:43~47)
2009年7月5日日曜日
7月5日 メッセージのポイント
神の箱とダビデ(ダビデの生涯と詩編⑦)
Ⅱサムエル6章 Ⅰ歴代誌13~16章
A 神の箱とは
神の臨在にポイントが置かれた表現(ヨシュア記以降)
「契約の箱」・「あかしの箱」・「主の箱」
○ モーセの時代に作られ、至聖所におかれた
○ アカシヤ材に金をかぶせて作られている(ちょうど日本の御輿のようなかたち)
○ 中には十戒の石板 アロンの杖 マナのつぼ
B ダビデの思惑
○ エルサレムを統一イスラエルの首都として、政治と礼拝の拠点にしたい
○ 神の箱の運搬で祝福を手中にしたい。(自分はサウルとは違う)
○ 代表者たち、会衆の同意を得て、劇的に演出したい
○ 神にも認めていただける みこころに違いない
C ウザの割り込み
○ 神の箱はずっとウザの家にあった
○ ウザが物理的に触ったことが問題ではない
○ どうして牛はよろめいたのか
○ ウザの割り込みは地名になって事件は語りつがれた
○ 神の怒りの対象
D ダビデの悔い改め
○ 私はどうして私のところに神の箱をお運びできましょうか(Ⅰ歴代誌13:12)
○ レビ人のケハテ族しか運搬にたずさわる事は出来ない(民数記4:15)
○ 肩に担がねばならない(民数記7:9)
○ 私たちがこの方を定めのとおりに求めなかったから(Ⅰ歴代誌15:13)
○ あなたのみわざを静かに考えよう(詩編77:4~12)
E 踊るダビデ
○ 力の限り踊ったダビデ・・・かたちにとらわれない自由な礼拝
○ 6歩進んだときに生贄・・・不完全な歩みを赦す贖い
○ 亜麻布のエポデ・・・王としてではなく、一礼拝者としての賛美
Ⅱサムエル6章 Ⅰ歴代誌13~16章
A 神の箱とは
神の臨在にポイントが置かれた表現(ヨシュア記以降)
「契約の箱」・「あかしの箱」・「主の箱」
○ モーセの時代に作られ、至聖所におかれた
○ アカシヤ材に金をかぶせて作られている(ちょうど日本の御輿のようなかたち)
○ 中には十戒の石板 アロンの杖 マナのつぼ
B ダビデの思惑
○ エルサレムを統一イスラエルの首都として、政治と礼拝の拠点にしたい
○ 神の箱の運搬で祝福を手中にしたい。(自分はサウルとは違う)
○ 代表者たち、会衆の同意を得て、劇的に演出したい
○ 神にも認めていただける みこころに違いない
C ウザの割り込み
○ 神の箱はずっとウザの家にあった
○ ウザが物理的に触ったことが問題ではない
○ どうして牛はよろめいたのか
○ ウザの割り込みは地名になって事件は語りつがれた
○ 神の怒りの対象
D ダビデの悔い改め
○ 私はどうして私のところに神の箱をお運びできましょうか(Ⅰ歴代誌13:12)
○ レビ人のケハテ族しか運搬にたずさわる事は出来ない(民数記4:15)
○ 肩に担がねばならない(民数記7:9)
○ 私たちがこの方を定めのとおりに求めなかったから(Ⅰ歴代誌15:13)
○ あなたのみわざを静かに考えよう(詩編77:4~12)
E 踊るダビデ
○ 力の限り踊ったダビデ・・・かたちにとらわれない自由な礼拝
○ 6歩進んだときに生贄・・・不完全な歩みを赦す贖い
○ 亜麻布のエポデ・・・王としてではなく、一礼拝者としての賛美
7月5日 神の箱とダビデ (ダビデの生涯と詩編 7 )
「聖地エルサレム」などという言い方をします。ある時期にはこの地を手中に治めるために、人はたくさんの血を流しました。いわゆる聖地争奪の争いです。こんな都市は世界中でこの町をおいて他にありません。エルサレムはご承知のように、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教の聖地とされ、第2次大戦後に再建されたイスラエルとパレスチナや周辺アラブ国との確執はしばしば報道されるとおりです。今日も各種宗教のごった煮状況で紛争も絶え間なく、混沌としたイメージがあります。
一番大事なことは、ダビデがキリストのモデルであるように、エルサレムは新エルサレムのモデルだということです。キリストのモデルとして見ないならダビデはただの歴史上の人物であるように、エルサレムを新エルサレムのモデルと見ないなら、エルサレムはロンドンやパリというような世界の一都市にすぎません。今日は、そのエルサレムを、特別な場所(神の臨在と祝福があふれる聖なる都市)にするため、「神の箱」(契約の箱)を運ぶというお話です。
「神の箱」には4つの呼び方があり、場面よって使い分けられています。まず、「契約の箱」。次は「あかしの箱」。そして「主の箱」。最後が今日出てくる「神の箱」という言い方で、これはヨシュアの時代以後表現です。治められている契約そのものよりも、神の御臨在にポイントが置かれているからでしょう。「神の箱」はモーセの時代に作られ、会見の幕屋の至聖所に置かれ、そこから主はモーセに語られ、大祭司アロンが年に一度イスラエルの贖罪を行なったと伝えています。イメージしていただくために、もう少し補足説明すると、「神の箱」は、アカシヤ材という材で作られています。長さ約1.1m、幅約66cm、高さ約66cmで、純金をかぶせ、肩にかついで持ち運ぶために左右に2個ずつ金の環を取り付け、金で覆った担ぎ棒を差し込んであります。まるで、日本の御輿そのものです。箱の中には律法の象徴である十戒を書き記した2枚の石の板が収められました。後になってアロンの杖とマナのつぼも治められました。
さて、そのダビデの時代に話を戻しますが、この当時のエルサレムはエブス人の町であり、異教徒の都市でした。ダビデは、このエルサレムをイスラエル統一王国の首都とするため、そこを政治・軍事の中心とするだけでなく、礼拝の拠点とする必要がありました。そこで、ダビデは自分を王位に導いた神の臨在の象徴である「神の箱」を、エルサレムに運んで来ることで、その権勢を確固たるものにしたかったのです。自分はサウルとは違うという自負があったでしょう。神の約束によって王位を得て、神の祝福によってその王権を確立するのだと宣言したかったのです。ですから、ダビデが王に即位してまず真っ先に取りかかった事業が、この「神の箱」の搬入でした。まさに国家的プロジェクトとして実行に移すわけです。ダビデはこの事業を出来るだけ劇的に行おうと考えたようです。この事業の決定に関しても、ダビデの鶴の一声ではなく、異例の民主的手続きをとっています。まず代表者たちと協議し、丁寧に全会衆の賛同を得ています。(Ⅰ歴代誌上13 :1~2)
「ダビデは再びイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。ダビデはユダのバアラから神の箱を運び上ろうとして、自分につくすべての民とともに出かけた。神の箱はケルビムの上に座しておられる万軍の主の名で呼ばれている。彼らは神の箱を、新しい車に載せて、丘の上にあるアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子、ウザとアフヨが新しい車を御していた。丘の上にあるアビナダブの家からそれを神の箱とともに運び出したとき、アフヨは箱の前を歩いていた。ダビデとイスラエルの全家は歌を歌い、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で力の限り喜び踊った」(Ⅱサムエル6:1~5)
凄く華やかな光景です。3万人の精鋭部隊です。(Ⅰ歴代誌12:23~38)しかも、この精鋭部隊は、誠実な心で並び集まって、心を一つにしてダビデを王にした武装兵士たちの中の選りすぐりです。契約の箱を載せる車も新しいものをあつらえました。車を御すのは、これまで神の箱を安置していたアビナダブ家の子どもたちです。音楽隊も大いにムードを盛り上げています。弦楽器や管楽器(歴代誌にはラッパの記述あり)打楽器の音に合わせて、全イスラエルが、王とともに神をほめたたえ、賛美の歌声が高らかに響いています。何事もうまく行くかのように思えました。しかし、ここで思わぬ事故が起こったのです。運搬中に、牛がよろめいて大切な「神の箱」が落ちそうになったのです。その時、御者のひとりであったウザが機転を利かし「これはいけない」とばかりに、あわてて手で押さえようとしたところ、神に打たれて即死するという事件です。
落ちそうになった「神の箱」を反射的に受け止めようとしたわけですから、良いも悪いもないではないか。むしろ褒められることはあってもどうして殺されなければならないのかと理解に苦しまれる方もおられるかもしれません。しかも、たまたまウザは後ろにいて、同じ仕事をしていた兄弟のアフヨは前にいたのです。ウザがずいぶんかわいそうな気がします。アフヨがいい奴で、ウザが嫌な奴だったのでしょうか。いろいろ不思議に思います。
そもそも、神の箱をエルサレムに運ぶのがみこころなら、どうしてここで牛がよろめくんでしょうか。
何が神をここまで怒らせたのでしょうか。神はただ気まぐれにご機嫌を損ねられたのでしょうか。物理的に箱に触れたから、電気ショックのように心臓が停止したのでしょうか。イスラエルの人たちも、ダビデもこの出来事をただの事故、偶然の変死とは見なしませんでした。神の怒り、神のさばきとして、またメッセージとして受け止めました。この事件を聖書は「ウザによる割り込み」と表現しています。(Ⅰ歴代誌13:11)それは、その場所の地名にもなって出来事も語りつがれたでしょう。
その日ダビデは神を恐れて言った。「私はどうして、私のところに神の箱をお運びできましょうか」(Ⅰ歴代誌13:12)とダビデは告白しています。
まさに、ダビデは自分のところに、神の箱を「祝福の道具」として運ぼうとしたのです。これが根本的に思い違いであることを知らされ、ダビデは恐れます。神は常に私たちの原因であり目的である御方です。決して私たちが何かを得るための、私たちが幸福になるための手段とは成り得ない御方だということです。たとえそれが、私ではなく、国家が安定して平和であるためであったとしても・・・です。
直接打たれたのはウザでしたが、打たれるべきはダビデでした。そして、ダビデに賛成したイスラエルの全会衆だったわけです。このことについて、もう少し丁寧に見ていきましょう。この事件には、今日にも通じる大きな意味と教訓があります。
「神の箱」は、神の人との契約の象徴です。それは本来、会見の幕屋の至聖所に置かれるものです。決してダビデの王権の象徴ではありません。ましてや、ペリシテ人をはじめとする諸外国に対して軍事的なキャンペーンをするための道具ではないのです。 律法によると、神の箱はレビ人のケハテ族だけが運搬に携わることが許されていました。(民数記4:15)さらに、箱の下の四隅に取り付けられた金の輪に竿をさして肩に担がなければならないと厳密に定められています。(民数記7:9)
ですから、ダビデが準備すべきだったのは、3万人の精鋭部隊ではなく、レビ人のケハテ族4人だったのです。あれほど人の力を嫌い、自分の思いを退け、主によって王位についたはずのダビデですが、この時は明らかに油断や慢心があったのでしょう。ダビデは、決してみことばを侮っていたわけではありません。しかし、「神を礼拝すること」に関して、「神の聖ということ」に関して、一番大事なポイントを外していました。それは簡単に許されることではなかったのです。
ダビデは、自分が神によって立てられた王であることのお墨付きとして、自分の町に神の箱を置いて、そこで国家的な礼拝が組織しようと考えました。そして自分の頭で考え、自分の力で、この事業を行ったのです。先にも見たように、この事業の決定についても、代表者と協議し、会衆の同意を取り付け、民主的に事をすすめますが、神は二番目でした。「もしもこのことが、あなたがたによく、私たちの神、主の御旨から出たことなら・・・」と確かにダビデは言っています。全集団は同意し、すべての民がそのことを正しいと見たと書かれています。(Ⅰ歴代誌13:1~4)しかし、敵を攻めるときのように、「主にうかがった」とは書かれていません。主にうかがったのなら、主がそうせよと命じられたのなら、代表者との協議や、会衆の意見を確認する必要はないのです。なぜ、ダビデはそれを怠ったのでしょう。ダビデの頭にはまずこの事業の成功が頭にありました。「それは悪いことであるはずがない」という思い込みがあったのです。新しい車を作ったことは、確かにダビデの敬虔さや心構えの現れです。ただ神の箱を運べばいいという横着さはないと思います。しかし、たとえ車が新しかろうが、お金をかけて作ったものであろうが、牛に牽かせて車で運ぶのは、異邦人が自分たちの偶像を運搬する方法だということです。実際にペリシテ人が神の箱をイスラエルに返した時に取った方法と同じものです。
ダビデは、恐れてすぐには神の箱を運び直そうとはせず、オベデ・エドムの家にそれを置きます。神の箱がおかれた彼の家と彼に属するすべてのものが祝福されたのを見て、ダビデはもう一度神の箱を運びました。ダビデはこの3ヶ月の間に自分の慢心や油断を振り返り、罪を悔い改めました。そして、今度は正しい方法で神の箱を運搬するように命じています。(Ⅰ歴代誌15:2,12~15)
ダビデは神の怒りが燃え上がったのは、「わたしたちがこの方を定めのとおりに求めなかったから」(Ⅰ歴代誌15:13)であるという結論に至っています。そうなのです。私たちが祝福されるのも、されないのも、このみことばの法則に従っているかいないかです。「ダビデだから祝福される」「良いことだからうまくいく」のではないとうことです。結果的に言えば、誰が賛成しようが、反対しようが、神の箱がエルサレムに運ばれることは神のみこころだったと言えるでしょう。
確かに、福音を伝えること、神を賛美することは、みこころにかなっているでしょう。しかし、その動機や方法が問題です。キリストの名を自己実現の生活の手段にしているのは誰ですか。自分の安心や満足のために奉仕や伝道をしてはいませんか。それらすべてはウザの割り込みであって、神の怒りの対象だということを今日の箇所は厳しく、鋭く警告しています。
これだけの厳しい訓練を受けて、いよいよ王位につこうというダビデが立ち止まらされたのです。神の臨在というのは、それほど厳粛なものだということです。私は、以上のような理由で軽薄な聖会だの代表者の協議を経た一致団結などを、心の底から嫌悪し、霊の痛みをもって拒否しているのです。もし私のメッセージを聞いて、心の奥底にアーメンがあるなら、直ちにそうした穢れたものからは離れるべきです。
神への礼拝や奉仕は、人間の側の熱心や敬虔さによって成り立つものでありません。人間がどれほど熱意をもって奉仕に取り組み、礼拝を捧げたとしても、それがそのまま神に受け入れられ喜ばれるものではありません。神を礼拝する者は霊とまことによって礼拝しなければなりません。当時は、神の箱を担ぐにはレビ人が必要でした。しかし、今はどうですか。その資格を自称する現代の使徒・預言者の力が必要ですか。「レビ系の祭司職は終わった」とヘブル人への手紙の記者は言います。メルキゼデクの位に等しい大祭司とは誰でしょう。イエスです。私たちがイエスの血以外の何かによって近づくとき、神の聖さが私たちを滅ぼしてしまいます。偶像を運ぶ人が偶像を運んでも実害はありません。しかし、クリスチャンを自称する者が、偶像を運ぶ方法で神の臨在を運ぼうとするなら、運び手は神に打たれます。
ウザのことがあっただけに、「神の箱」が無事にエルサレムに運び上げられたことは、ダビデにとって大きな喜びだったでしょう。同時に物凄く大きな責任を感じていたはずですから。ダビデは嬉しさのあまり、民衆を前であることを気にせず、王としての威厳を捨てて、裸で踊ってその喜びを全身で表現します。「力の限り踊った」(Ⅱサムエル6:13)と書かれています。後のミカルのことばにもあるように、どうやら、それは身内でさえ嫌悪するような醜悪さだったようです。ただ単に服を脱いでいたことだけではなさそうです。こう考えると、いわゆる宗教儀式における見せかけの荘厳さや、もったいぶった形式とは無縁な自由さが、このエルサレムにおける最初の礼拝にはあったことがわかります。
ダビデをとんだりはねたりして踊らせたのは、無事神の箱をエルサレムへ運び上げられたという満足感ではありません。赦されている喜び、神のみことばに従う中で、罪深い私が聖なる神の臨在にあずかれるという喜びなのです。なぜ、そう言えるのでしょうか。ダビデは、かつぎ手が6歩進んだときに、生贄を捧げたました。(Ⅱサムエル6:13)なぜ、6歩ですか。6は不完全さを表す人の数字です。不完全な人の歩みを赦してくださり、完全に贖ってくださる血を象徴した生贄でした。さらにダビデは亜麻布のエポデを身につけていました。これは、神の臨在の前に王としての立場ではなく、一礼拝者として賛美しますというダビデの告白なのです。最後に、このときダビデが組織した音楽隊が歌った賛美を見てみましょう。(歴代誌16:7~37)アサフに賛美させたこの歌は、ウザの割り込みの後に作ったものでしょう。特にダビデが過去のあゆみを振り返り、もう一度立ち直る心の動きを歌った箇所は心を打たれます。(詩編77:4~12)この歌の中ではワンフレーズでサラッと歌われるだけですが、背景には主の御前でのダビデの霊の葛藤があったことが伺えます。(Ⅰ歴代誌16:11~12)
一番大事なことは、ダビデがキリストのモデルであるように、エルサレムは新エルサレムのモデルだということです。キリストのモデルとして見ないならダビデはただの歴史上の人物であるように、エルサレムを新エルサレムのモデルと見ないなら、エルサレムはロンドンやパリというような世界の一都市にすぎません。今日は、そのエルサレムを、特別な場所(神の臨在と祝福があふれる聖なる都市)にするため、「神の箱」(契約の箱)を運ぶというお話です。
「神の箱」には4つの呼び方があり、場面よって使い分けられています。まず、「契約の箱」。次は「あかしの箱」。そして「主の箱」。最後が今日出てくる「神の箱」という言い方で、これはヨシュアの時代以後表現です。治められている契約そのものよりも、神の御臨在にポイントが置かれているからでしょう。「神の箱」はモーセの時代に作られ、会見の幕屋の至聖所に置かれ、そこから主はモーセに語られ、大祭司アロンが年に一度イスラエルの贖罪を行なったと伝えています。イメージしていただくために、もう少し補足説明すると、「神の箱」は、アカシヤ材という材で作られています。長さ約1.1m、幅約66cm、高さ約66cmで、純金をかぶせ、肩にかついで持ち運ぶために左右に2個ずつ金の環を取り付け、金で覆った担ぎ棒を差し込んであります。まるで、日本の御輿そのものです。箱の中には律法の象徴である十戒を書き記した2枚の石の板が収められました。後になってアロンの杖とマナのつぼも治められました。
さて、そのダビデの時代に話を戻しますが、この当時のエルサレムはエブス人の町であり、異教徒の都市でした。ダビデは、このエルサレムをイスラエル統一王国の首都とするため、そこを政治・軍事の中心とするだけでなく、礼拝の拠点とする必要がありました。そこで、ダビデは自分を王位に導いた神の臨在の象徴である「神の箱」を、エルサレムに運んで来ることで、その権勢を確固たるものにしたかったのです。自分はサウルとは違うという自負があったでしょう。神の約束によって王位を得て、神の祝福によってその王権を確立するのだと宣言したかったのです。ですから、ダビデが王に即位してまず真っ先に取りかかった事業が、この「神の箱」の搬入でした。まさに国家的プロジェクトとして実行に移すわけです。ダビデはこの事業を出来るだけ劇的に行おうと考えたようです。この事業の決定に関しても、ダビデの鶴の一声ではなく、異例の民主的手続きをとっています。まず代表者たちと協議し、丁寧に全会衆の賛同を得ています。(Ⅰ歴代誌上13 :1~2)
「ダビデは再びイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。ダビデはユダのバアラから神の箱を運び上ろうとして、自分につくすべての民とともに出かけた。神の箱はケルビムの上に座しておられる万軍の主の名で呼ばれている。彼らは神の箱を、新しい車に載せて、丘の上にあるアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子、ウザとアフヨが新しい車を御していた。丘の上にあるアビナダブの家からそれを神の箱とともに運び出したとき、アフヨは箱の前を歩いていた。ダビデとイスラエルの全家は歌を歌い、立琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で力の限り喜び踊った」(Ⅱサムエル6:1~5)
凄く華やかな光景です。3万人の精鋭部隊です。(Ⅰ歴代誌12:23~38)しかも、この精鋭部隊は、誠実な心で並び集まって、心を一つにしてダビデを王にした武装兵士たちの中の選りすぐりです。契約の箱を載せる車も新しいものをあつらえました。車を御すのは、これまで神の箱を安置していたアビナダブ家の子どもたちです。音楽隊も大いにムードを盛り上げています。弦楽器や管楽器(歴代誌にはラッパの記述あり)打楽器の音に合わせて、全イスラエルが、王とともに神をほめたたえ、賛美の歌声が高らかに響いています。何事もうまく行くかのように思えました。しかし、ここで思わぬ事故が起こったのです。運搬中に、牛がよろめいて大切な「神の箱」が落ちそうになったのです。その時、御者のひとりであったウザが機転を利かし「これはいけない」とばかりに、あわてて手で押さえようとしたところ、神に打たれて即死するという事件です。
落ちそうになった「神の箱」を反射的に受け止めようとしたわけですから、良いも悪いもないではないか。むしろ褒められることはあってもどうして殺されなければならないのかと理解に苦しまれる方もおられるかもしれません。しかも、たまたまウザは後ろにいて、同じ仕事をしていた兄弟のアフヨは前にいたのです。ウザがずいぶんかわいそうな気がします。アフヨがいい奴で、ウザが嫌な奴だったのでしょうか。いろいろ不思議に思います。
そもそも、神の箱をエルサレムに運ぶのがみこころなら、どうしてここで牛がよろめくんでしょうか。
何が神をここまで怒らせたのでしょうか。神はただ気まぐれにご機嫌を損ねられたのでしょうか。物理的に箱に触れたから、電気ショックのように心臓が停止したのでしょうか。イスラエルの人たちも、ダビデもこの出来事をただの事故、偶然の変死とは見なしませんでした。神の怒り、神のさばきとして、またメッセージとして受け止めました。この事件を聖書は「ウザによる割り込み」と表現しています。(Ⅰ歴代誌13:11)それは、その場所の地名にもなって出来事も語りつがれたでしょう。
その日ダビデは神を恐れて言った。「私はどうして、私のところに神の箱をお運びできましょうか」(Ⅰ歴代誌13:12)とダビデは告白しています。
まさに、ダビデは自分のところに、神の箱を「祝福の道具」として運ぼうとしたのです。これが根本的に思い違いであることを知らされ、ダビデは恐れます。神は常に私たちの原因であり目的である御方です。決して私たちが何かを得るための、私たちが幸福になるための手段とは成り得ない御方だということです。たとえそれが、私ではなく、国家が安定して平和であるためであったとしても・・・です。
直接打たれたのはウザでしたが、打たれるべきはダビデでした。そして、ダビデに賛成したイスラエルの全会衆だったわけです。このことについて、もう少し丁寧に見ていきましょう。この事件には、今日にも通じる大きな意味と教訓があります。
「神の箱」は、神の人との契約の象徴です。それは本来、会見の幕屋の至聖所に置かれるものです。決してダビデの王権の象徴ではありません。ましてや、ペリシテ人をはじめとする諸外国に対して軍事的なキャンペーンをするための道具ではないのです。 律法によると、神の箱はレビ人のケハテ族だけが運搬に携わることが許されていました。(民数記4:15)さらに、箱の下の四隅に取り付けられた金の輪に竿をさして肩に担がなければならないと厳密に定められています。(民数記7:9)
ですから、ダビデが準備すべきだったのは、3万人の精鋭部隊ではなく、レビ人のケハテ族4人だったのです。あれほど人の力を嫌い、自分の思いを退け、主によって王位についたはずのダビデですが、この時は明らかに油断や慢心があったのでしょう。ダビデは、決してみことばを侮っていたわけではありません。しかし、「神を礼拝すること」に関して、「神の聖ということ」に関して、一番大事なポイントを外していました。それは簡単に許されることではなかったのです。
ダビデは、自分が神によって立てられた王であることのお墨付きとして、自分の町に神の箱を置いて、そこで国家的な礼拝が組織しようと考えました。そして自分の頭で考え、自分の力で、この事業を行ったのです。先にも見たように、この事業の決定についても、代表者と協議し、会衆の同意を取り付け、民主的に事をすすめますが、神は二番目でした。「もしもこのことが、あなたがたによく、私たちの神、主の御旨から出たことなら・・・」と確かにダビデは言っています。全集団は同意し、すべての民がそのことを正しいと見たと書かれています。(Ⅰ歴代誌13:1~4)しかし、敵を攻めるときのように、「主にうかがった」とは書かれていません。主にうかがったのなら、主がそうせよと命じられたのなら、代表者との協議や、会衆の意見を確認する必要はないのです。なぜ、ダビデはそれを怠ったのでしょう。ダビデの頭にはまずこの事業の成功が頭にありました。「それは悪いことであるはずがない」という思い込みがあったのです。新しい車を作ったことは、確かにダビデの敬虔さや心構えの現れです。ただ神の箱を運べばいいという横着さはないと思います。しかし、たとえ車が新しかろうが、お金をかけて作ったものであろうが、牛に牽かせて車で運ぶのは、異邦人が自分たちの偶像を運搬する方法だということです。実際にペリシテ人が神の箱をイスラエルに返した時に取った方法と同じものです。
ダビデは、恐れてすぐには神の箱を運び直そうとはせず、オベデ・エドムの家にそれを置きます。神の箱がおかれた彼の家と彼に属するすべてのものが祝福されたのを見て、ダビデはもう一度神の箱を運びました。ダビデはこの3ヶ月の間に自分の慢心や油断を振り返り、罪を悔い改めました。そして、今度は正しい方法で神の箱を運搬するように命じています。(Ⅰ歴代誌15:2,12~15)
ダビデは神の怒りが燃え上がったのは、「わたしたちがこの方を定めのとおりに求めなかったから」(Ⅰ歴代誌15:13)であるという結論に至っています。そうなのです。私たちが祝福されるのも、されないのも、このみことばの法則に従っているかいないかです。「ダビデだから祝福される」「良いことだからうまくいく」のではないとうことです。結果的に言えば、誰が賛成しようが、反対しようが、神の箱がエルサレムに運ばれることは神のみこころだったと言えるでしょう。
確かに、福音を伝えること、神を賛美することは、みこころにかなっているでしょう。しかし、その動機や方法が問題です。キリストの名を自己実現の生活の手段にしているのは誰ですか。自分の安心や満足のために奉仕や伝道をしてはいませんか。それらすべてはウザの割り込みであって、神の怒りの対象だということを今日の箇所は厳しく、鋭く警告しています。
これだけの厳しい訓練を受けて、いよいよ王位につこうというダビデが立ち止まらされたのです。神の臨在というのは、それほど厳粛なものだということです。私は、以上のような理由で軽薄な聖会だの代表者の協議を経た一致団結などを、心の底から嫌悪し、霊の痛みをもって拒否しているのです。もし私のメッセージを聞いて、心の奥底にアーメンがあるなら、直ちにそうした穢れたものからは離れるべきです。
神への礼拝や奉仕は、人間の側の熱心や敬虔さによって成り立つものでありません。人間がどれほど熱意をもって奉仕に取り組み、礼拝を捧げたとしても、それがそのまま神に受け入れられ喜ばれるものではありません。神を礼拝する者は霊とまことによって礼拝しなければなりません。当時は、神の箱を担ぐにはレビ人が必要でした。しかし、今はどうですか。その資格を自称する現代の使徒・預言者の力が必要ですか。「レビ系の祭司職は終わった」とヘブル人への手紙の記者は言います。メルキゼデクの位に等しい大祭司とは誰でしょう。イエスです。私たちがイエスの血以外の何かによって近づくとき、神の聖さが私たちを滅ぼしてしまいます。偶像を運ぶ人が偶像を運んでも実害はありません。しかし、クリスチャンを自称する者が、偶像を運ぶ方法で神の臨在を運ぼうとするなら、運び手は神に打たれます。
ウザのことがあっただけに、「神の箱」が無事にエルサレムに運び上げられたことは、ダビデにとって大きな喜びだったでしょう。同時に物凄く大きな責任を感じていたはずですから。ダビデは嬉しさのあまり、民衆を前であることを気にせず、王としての威厳を捨てて、裸で踊ってその喜びを全身で表現します。「力の限り踊った」(Ⅱサムエル6:13)と書かれています。後のミカルのことばにもあるように、どうやら、それは身内でさえ嫌悪するような醜悪さだったようです。ただ単に服を脱いでいたことだけではなさそうです。こう考えると、いわゆる宗教儀式における見せかけの荘厳さや、もったいぶった形式とは無縁な自由さが、このエルサレムにおける最初の礼拝にはあったことがわかります。
ダビデをとんだりはねたりして踊らせたのは、無事神の箱をエルサレムへ運び上げられたという満足感ではありません。赦されている喜び、神のみことばに従う中で、罪深い私が聖なる神の臨在にあずかれるという喜びなのです。なぜ、そう言えるのでしょうか。ダビデは、かつぎ手が6歩進んだときに、生贄を捧げたました。(Ⅱサムエル6:13)なぜ、6歩ですか。6は不完全さを表す人の数字です。不完全な人の歩みを赦してくださり、完全に贖ってくださる血を象徴した生贄でした。さらにダビデは亜麻布のエポデを身につけていました。これは、神の臨在の前に王としての立場ではなく、一礼拝者として賛美しますというダビデの告白なのです。最後に、このときダビデが組織した音楽隊が歌った賛美を見てみましょう。(歴代誌16:7~37)アサフに賛美させたこの歌は、ウザの割り込みの後に作ったものでしょう。特にダビデが過去のあゆみを振り返り、もう一度立ち直る心の動きを歌った箇所は心を打たれます。(詩編77:4~12)この歌の中ではワンフレーズでサラッと歌われるだけですが、背景には主の御前でのダビデの霊の葛藤があったことが伺えます。(Ⅰ歴代誌16:11~12)
2009年6月30日火曜日
6月28日 罪と罰 (ひねくれ者のための聖書講座 5 )
足利事件の再審が決まりましたね。検察が先に謝罪するという異例の展開となっていたわけですが、その決め手は、無実の人を犯人にしたDNA鑑定の最新の結果だというから皮肉なものです。「最新」の結果が「再審」を決定させたのです。
無罪放免が決まったとしても、誰がどんなかたちで管家さんの失われた日々を贖うのでしょうか?「無罪でした。ごめんなさい」で名誉回復というわけにはいきません。この過ちをつぐなうことなど誰にも出来ないことです。管家さんの前に当時の責任者や関係者が涙を流して土下座して謝ったなら、多少は気が晴れるでしょうが、それだけのことです。そのことによって、どれだけの悔しさや苦しみや悲しみを埋め合わせることができるでしょうか。
私の願うところは、こうした冤罪事件を通して、当人や関係者はもちろん、この事件に興味をもった方々が「究極の冤罪事件」であるイエスの十字架に触れてくださることです。
イエス・キリストほど不当な手続きによって、何の罪状もないのに極刑にされた人はいません。彼の罪状は、「人でありながら自分を神だと主張した」というものです。これが、ユダヤの指導者たちを不愉快にさせたわけですが、死刑の最終決定を出すことのできるローマ総督のピラトは、それはユダヤ人の宗教上の問題なので私はさばけない。さばきたくない。イエスには罪はないと言って、何とかイエスを釈放しようとしますが、ユダヤ人の指導者たちに扇動された群衆が暴動を起こす勢いだったので、ついに最終決定をくだしてしまうのです。
「人でありながら自分を神だと主張したイエス」の、その主張が嘘なら、荒唐無稽な嘘をついたために不当な手続きで殺されたかわいそうな人だということになりますが、もしその主張が本当なら、つまりイエスが本当に神なら、人は不当な手続きによって神を殺したのです。
聖書は、それが神の予めの計画であり、イエスが冤罪で死ぬことが人の罪の贖いになるのだと言っているのです。これは信じられないような驚くべきメッセージです。つまりイエスは十字架にかかるために生まれ、十字架にかかることによって、この世の罪を示すと同時にこの世を贖ったのです。人は、善悪の基準では神を正しくさばけませんでした。イエスも人の罪の世界を善悪ではさばきません。十字架によってさばかれるのです。
もし、管家さんがイエスと出会い、この御方を自分の救い主として受け入れることがあれば、彼が負った傷は「全く違う意味」を持って輝きを放ち、ものすごく高い価値と意味を持つことになるでしょう。
管家さんのようなひどい目に逢う人はめったにいません。こういう人がたくさんおられたら大変です。しかし、少しでも彼の身になって考えてみれば、人が人を裁く手続きの難しさや罪と罰についていろいろと考えさせられるはずです。今日は「罪と罰」という主題で、ひねくれたお話を進めていきたいと思っています。
管家さんと同じ目に会うことはなくても、自分は何もしていないのに人からマイナスの評価を受けたり、自分の正当な主張を受け入れてもらえなかったり、人間としての尊厳をふみにじられるようにして居場所や時間を奪われたりといった擬似的な体験は、私たちの廻りに意外とたくさんあるのではないかと思います。
勿論、逆の立場で人を責めたり追い立てたりすることもあるでしょうが、私たちの置かれた立場や受ける仕打ちが理不尽で不当なものであればあるほど、「正義」について、また正義を取り繕う「偽善」について、また「罪と罰」について多少なりとも考えるものです。
管家さんも、「警察や検察にはきちんと謝ってもらいたい」と厳しい口調で訴えておられましたが、やはり悪いことをした人にはきちんと「謝ってもらいたい」し、かたちだけの謝罪ではなく、「心から反省して欲しい」と思うのは当然のことでしょう。
一方では、「管家さん自身がもともと周囲の人に合わせてしまうきちんと自己主張のしにくい人だった」というような報道や言説がなされています。まるで冤罪を生んだ背景として、管家さんにもその責任の一部があったかのような言い分ですが、これは全く本質から離れた意見です。世の中には気の弱い人やしっかり自分の言い分を伝えられない人がたくさんいます。そういう人たちの権利を十分に守れなかった手続きの問題なのです。冤罪被害者にもそのした間違いを生んだ要因があるなどというのは、本末転倒のとんでもない言いがかりです。
裁判員制度も本格的に導入され、私たちも好むと好まざるとに関わらず、裁きの場に立ち会わなくてはならぬようになりました。「罪と罰」が他人ごとではなくなってきたのです。
聖書の中にも、人の心の中にある「罪と罰」の意識と具体的な法手続きとが絡み合う場面が出て来ます。
ヨハネの福音書8章には、姦淫の現場で捕らえられた女が出て来る比較的有名な箇所です。(ヨハネ8:1~11)
「自分たちの社会にあるふしだらな行為は許せない」というのではなく、イエスを陥れるための罠として彼女の罪を利用した特殊な場面設定ですが、私がいつもこの箇所を呼んで思うのは、「どうして相手の男が一緒にいないのか」ということです。普通に考えれば、この策を練ったグループと相手の男は何らかのかたちでつながっていたのではないかと想像されます。あるいは、女を差し出すことで男だけが免罪されるという条件を飲まされたかどちらかでしょう。
今日の日本社会では、「浮気は甲斐性」「不倫は文化」だとなどと言って、ちょっと眉をひそめられる程度になっていますが、当時のユダヤ社会での、こうした淫らな行為は死罪に当たるものでした。しかし、当時のユダヤはローマ帝国の統治下にありましたから、実際の死刑執行権はローマが握っていました。ですから、もし、律法に従って、「女を石で打て」と言えば、ローマの権威を侮ったことになるし、ローマに権威に服して、「女を石で打つな」と言えば、律法を無視したことになります。ユダヤの指導者たちは、このような巧妙な罠を仕掛けられたことにと得意になっていたことでしょう。
人々の注目と尊敬を集め始めていたイエスをこの現場に立ち会わせることで、どちらを選択してもどちらかを否定しまうことになるという問題を突き付けたわけです。
さて、イエスの反応はどうだったでしょうか。
イエスは反論することなく、身を低くして地面に何かを書いておられました。人々の目には、答えることに窮して追いつめられた姿と見えたでしょう。「してやったり・・・・」と自分たちの作戦の成功を確信して問い続ける指導者たちの顔は、イエスにとっては、直視するに耐え難いものだったのかも知れません。
イエスが地面に何かを書いておられたのかは、あきらかにはされていません。しかし、このような場面でイエスの秘められた心のうちを知りたい。イエスはどんな思いでいらっしゃったのか、何を伝えたかったのかを思いめぐらすことには意味があるでしょう。
彼らが問い続けてやめないので、イエスは言われました。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)
罪には楽しみや快楽も伴うものです。ときにそれは甘い誘惑となります。人はそれがいけないとわかっていても道をふみはずし、罪を犯してしまいます。罪は相手を傷つけ、自分をも傷つけ、家族や周囲の人たちをみな傷つけます。
ですから、罪を憎む気持ち、悔やむ気持ち、またその罪に対して罰を求める気持ちは誰にでもあるのです.。そこで、社会が被害者に変わって罰や制裁を加えることで、秩序を保とうと様々な約束事を作ってきたのです。
しかし、実際の罪をさばく手続きやその執行のかたちは、一度犯されてしまった罪のダメージを完全に回復させることなど出来ないし、事件に関わるすべての人を決して満足させるものではないことも知っています。これは、いつの世の中でも同じです。この場面ではどうでしょう。ユダヤの社会には律法がありました。しかし、その律法よりも、ローマの法が事実上権威をもっていたのです。そこに横たわる矛盾を神に問い、逆に神に問かえされたのがこの場面です。この箇所には「罪と罰」の問題の本質が凝縮されています。
イエスのことばを聞いた人々はみなその場から立ち去りました。年長者から順にひとりひとり出て行ったと書かれています。(ヨハネ8:7)
誰も女に石を投げられなかったし、誰かが投げるのを見るのも辛かったのでしょう。今日、裁判員になって、重大事件に関わって判断したくない。凶悪犯にでも死刑判決などを出したくないという心理と非常によく似ています。
しかも、年長者からひとりずつ立ち去って行ったのです。
年を重ねるごとに、人は罪を重ねます。日頃は無自覚であって自分のことは棚上げしていたとしても、条件が揃えば、人の心には必ず自分の罪と向き合うように出来ているのです。自分の罪を知っているのも、それと向き合うことが出来るのも自分だけです。
人が女を罪に定めないのと、イエスがこの女を罪に定めないのは違います。人がこの女に石を投げられないのは、罪の本質においてこの女と五十歩百歩の同罪だからです。ところが、イエスには全く罪というものがありませんでした。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)とイエスが言われた意味は、「罪がないのなら、石を投げることが出来ます」という意味ではなく、「誰も彼女に石を投げることなんか出来ないでしょう」という意味です。「義人はいない」つまり「神の前に完全に正しい罪の無い人など誰もいないんですよ」という意味です。義人はイエスおひとりだというのです。ですから、イエスだけがこの女を石で打つ権威をもっておられます。しかし、イエスはあえてそのあり方を捨ててこの女の汚らわしい罪をご自身の身に負われるのです。その覚悟のことばです。さらに言えば、イエスは、罪の当人以上にその罪の本質を知っておられ、そして憎んでおられるのだということを忘れてはなりません。
この御方が関わってくださることを信じ、この御方の光の中で明らかにされる自分の罪を正直に認めるなら、私たちはその信仰のゆえに罰を免れます。そうでなければ、自分の罪の自分で負い、自分の罪の中で死ぬだけです。(ヨハネ8:23~24)イエスのことばを聞いて心の罪を責められ、自分の家にそれぞれ帰っていった人たちは、自分の罪の中で死ぬだけです。しかし、一番罪深いと思われたこの女は、イエスのもとに留まり、イエスのことばを受け入れ、イエスの救いを受け入れたので救われるのです。「女はそのままそこにいた」(ヨハネ8:9)イエスは語るべきひとことを語られた後は、再び身をかがめたと書いてあります。誰がここから立ち去り、誰が残るのかを腕組みして見守っておられたのではありません。
この女もその時群衆に紛れてその場を立ち去ること出来たはずです。しかし、女は自分意思でそこにいたのです。イエスのひとことは、この女の心にも届きました。四方八方から石つぶてが飛んできて殺されるイメージが襲ったでしょう。言い訳しようのない現行犯としてとらえられ、自分の罪を否応なく意識していたその中で、自分を責めたてる人たちを追い払ってくれたのです。
女はこの予期しなかった時間の中で、イエスにさばきを託し、自分自身をゆだねようと覚悟を決めたのでしょう。このとき、この女の心の中でおこったことが、彼女の永遠を変えました。この女は何かイエスに問いかけたり、言い訳したりしたでしょうか。女は自分の罪と向き合いながら、黙って聞いていたのです。イエスが身をおこして、「あなたを罪に定める者はなかったのですか」と問われたとき、女は「だれもいません」と答えています。欄外脚注を見れば、原文には「主よ」という呼びかけがあると書いてあります。彼女はイエスを主として受け入れたことがわかります。
イエスをためして問い続けてやめなかった指導者たちは、イエスからことばを聞いたとき、そこに留まることを嫌って立ち去りました。帰っていく「自分の領域」というか「自分の居場所」があるという思い込みがあるからです。女にはもう逃げる場所がなかった。こう感じることが出来たことは、実は感謝なのです。多くの人はイエスに従わない領域、ニュートラルな場所があるのだと思っていますが、実はイエスに従わないでいることは闇の中にいることなのです。
「神がいるなら」と神を試すことをやめましょう。神に己の罪を隠すのもやめましょう。聖書は私たちの罪を指摘して、ちょっとでも罪を犯すことがないように正しい生活を送りなさいと教えているのではありません。神は人を罪の中に誕生させた責任をとって、自らを罰したのです。それが十字架です。この世のご自身の血で贖って、この世界のいっさいの不合理、矛盾にけりをつけられたのです。このことを知っているか、知らないか、受け入れるか、受け入れないかでは全く人生が変わります。このことは、最も価値のある情報だと私は信じています。
無罪放免が決まったとしても、誰がどんなかたちで管家さんの失われた日々を贖うのでしょうか?「無罪でした。ごめんなさい」で名誉回復というわけにはいきません。この過ちをつぐなうことなど誰にも出来ないことです。管家さんの前に当時の責任者や関係者が涙を流して土下座して謝ったなら、多少は気が晴れるでしょうが、それだけのことです。そのことによって、どれだけの悔しさや苦しみや悲しみを埋め合わせることができるでしょうか。
私の願うところは、こうした冤罪事件を通して、当人や関係者はもちろん、この事件に興味をもった方々が「究極の冤罪事件」であるイエスの十字架に触れてくださることです。
イエス・キリストほど不当な手続きによって、何の罪状もないのに極刑にされた人はいません。彼の罪状は、「人でありながら自分を神だと主張した」というものです。これが、ユダヤの指導者たちを不愉快にさせたわけですが、死刑の最終決定を出すことのできるローマ総督のピラトは、それはユダヤ人の宗教上の問題なので私はさばけない。さばきたくない。イエスには罪はないと言って、何とかイエスを釈放しようとしますが、ユダヤ人の指導者たちに扇動された群衆が暴動を起こす勢いだったので、ついに最終決定をくだしてしまうのです。
「人でありながら自分を神だと主張したイエス」の、その主張が嘘なら、荒唐無稽な嘘をついたために不当な手続きで殺されたかわいそうな人だということになりますが、もしその主張が本当なら、つまりイエスが本当に神なら、人は不当な手続きによって神を殺したのです。
聖書は、それが神の予めの計画であり、イエスが冤罪で死ぬことが人の罪の贖いになるのだと言っているのです。これは信じられないような驚くべきメッセージです。つまりイエスは十字架にかかるために生まれ、十字架にかかることによって、この世の罪を示すと同時にこの世を贖ったのです。人は、善悪の基準では神を正しくさばけませんでした。イエスも人の罪の世界を善悪ではさばきません。十字架によってさばかれるのです。
もし、管家さんがイエスと出会い、この御方を自分の救い主として受け入れることがあれば、彼が負った傷は「全く違う意味」を持って輝きを放ち、ものすごく高い価値と意味を持つことになるでしょう。
管家さんのようなひどい目に逢う人はめったにいません。こういう人がたくさんおられたら大変です。しかし、少しでも彼の身になって考えてみれば、人が人を裁く手続きの難しさや罪と罰についていろいろと考えさせられるはずです。今日は「罪と罰」という主題で、ひねくれたお話を進めていきたいと思っています。
管家さんと同じ目に会うことはなくても、自分は何もしていないのに人からマイナスの評価を受けたり、自分の正当な主張を受け入れてもらえなかったり、人間としての尊厳をふみにじられるようにして居場所や時間を奪われたりといった擬似的な体験は、私たちの廻りに意外とたくさんあるのではないかと思います。
勿論、逆の立場で人を責めたり追い立てたりすることもあるでしょうが、私たちの置かれた立場や受ける仕打ちが理不尽で不当なものであればあるほど、「正義」について、また正義を取り繕う「偽善」について、また「罪と罰」について多少なりとも考えるものです。
管家さんも、「警察や検察にはきちんと謝ってもらいたい」と厳しい口調で訴えておられましたが、やはり悪いことをした人にはきちんと「謝ってもらいたい」し、かたちだけの謝罪ではなく、「心から反省して欲しい」と思うのは当然のことでしょう。
一方では、「管家さん自身がもともと周囲の人に合わせてしまうきちんと自己主張のしにくい人だった」というような報道や言説がなされています。まるで冤罪を生んだ背景として、管家さんにもその責任の一部があったかのような言い分ですが、これは全く本質から離れた意見です。世の中には気の弱い人やしっかり自分の言い分を伝えられない人がたくさんいます。そういう人たちの権利を十分に守れなかった手続きの問題なのです。冤罪被害者にもそのした間違いを生んだ要因があるなどというのは、本末転倒のとんでもない言いがかりです。
裁判員制度も本格的に導入され、私たちも好むと好まざるとに関わらず、裁きの場に立ち会わなくてはならぬようになりました。「罪と罰」が他人ごとではなくなってきたのです。
聖書の中にも、人の心の中にある「罪と罰」の意識と具体的な法手続きとが絡み合う場面が出て来ます。
ヨハネの福音書8章には、姦淫の現場で捕らえられた女が出て来る比較的有名な箇所です。(ヨハネ8:1~11)
「自分たちの社会にあるふしだらな行為は許せない」というのではなく、イエスを陥れるための罠として彼女の罪を利用した特殊な場面設定ですが、私がいつもこの箇所を呼んで思うのは、「どうして相手の男が一緒にいないのか」ということです。普通に考えれば、この策を練ったグループと相手の男は何らかのかたちでつながっていたのではないかと想像されます。あるいは、女を差し出すことで男だけが免罪されるという条件を飲まされたかどちらかでしょう。
今日の日本社会では、「浮気は甲斐性」「不倫は文化」だとなどと言って、ちょっと眉をひそめられる程度になっていますが、当時のユダヤ社会での、こうした淫らな行為は死罪に当たるものでした。しかし、当時のユダヤはローマ帝国の統治下にありましたから、実際の死刑執行権はローマが握っていました。ですから、もし、律法に従って、「女を石で打て」と言えば、ローマの権威を侮ったことになるし、ローマに権威に服して、「女を石で打つな」と言えば、律法を無視したことになります。ユダヤの指導者たちは、このような巧妙な罠を仕掛けられたことにと得意になっていたことでしょう。
人々の注目と尊敬を集め始めていたイエスをこの現場に立ち会わせることで、どちらを選択してもどちらかを否定しまうことになるという問題を突き付けたわけです。
さて、イエスの反応はどうだったでしょうか。
イエスは反論することなく、身を低くして地面に何かを書いておられました。人々の目には、答えることに窮して追いつめられた姿と見えたでしょう。「してやったり・・・・」と自分たちの作戦の成功を確信して問い続ける指導者たちの顔は、イエスにとっては、直視するに耐え難いものだったのかも知れません。
イエスが地面に何かを書いておられたのかは、あきらかにはされていません。しかし、このような場面でイエスの秘められた心のうちを知りたい。イエスはどんな思いでいらっしゃったのか、何を伝えたかったのかを思いめぐらすことには意味があるでしょう。
彼らが問い続けてやめないので、イエスは言われました。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)
罪には楽しみや快楽も伴うものです。ときにそれは甘い誘惑となります。人はそれがいけないとわかっていても道をふみはずし、罪を犯してしまいます。罪は相手を傷つけ、自分をも傷つけ、家族や周囲の人たちをみな傷つけます。
ですから、罪を憎む気持ち、悔やむ気持ち、またその罪に対して罰を求める気持ちは誰にでもあるのです.。そこで、社会が被害者に変わって罰や制裁を加えることで、秩序を保とうと様々な約束事を作ってきたのです。
しかし、実際の罪をさばく手続きやその執行のかたちは、一度犯されてしまった罪のダメージを完全に回復させることなど出来ないし、事件に関わるすべての人を決して満足させるものではないことも知っています。これは、いつの世の中でも同じです。この場面ではどうでしょう。ユダヤの社会には律法がありました。しかし、その律法よりも、ローマの法が事実上権威をもっていたのです。そこに横たわる矛盾を神に問い、逆に神に問かえされたのがこの場面です。この箇所には「罪と罰」の問題の本質が凝縮されています。
イエスのことばを聞いた人々はみなその場から立ち去りました。年長者から順にひとりひとり出て行ったと書かれています。(ヨハネ8:7)
誰も女に石を投げられなかったし、誰かが投げるのを見るのも辛かったのでしょう。今日、裁判員になって、重大事件に関わって判断したくない。凶悪犯にでも死刑判決などを出したくないという心理と非常によく似ています。
しかも、年長者からひとりずつ立ち去って行ったのです。
年を重ねるごとに、人は罪を重ねます。日頃は無自覚であって自分のことは棚上げしていたとしても、条件が揃えば、人の心には必ず自分の罪と向き合うように出来ているのです。自分の罪を知っているのも、それと向き合うことが出来るのも自分だけです。
人が女を罪に定めないのと、イエスがこの女を罪に定めないのは違います。人がこの女に石を投げられないのは、罪の本質においてこの女と五十歩百歩の同罪だからです。ところが、イエスには全く罪というものがありませんでした。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)とイエスが言われた意味は、「罪がないのなら、石を投げることが出来ます」という意味ではなく、「誰も彼女に石を投げることなんか出来ないでしょう」という意味です。「義人はいない」つまり「神の前に完全に正しい罪の無い人など誰もいないんですよ」という意味です。義人はイエスおひとりだというのです。ですから、イエスだけがこの女を石で打つ権威をもっておられます。しかし、イエスはあえてそのあり方を捨ててこの女の汚らわしい罪をご自身の身に負われるのです。その覚悟のことばです。さらに言えば、イエスは、罪の当人以上にその罪の本質を知っておられ、そして憎んでおられるのだということを忘れてはなりません。
この御方が関わってくださることを信じ、この御方の光の中で明らかにされる自分の罪を正直に認めるなら、私たちはその信仰のゆえに罰を免れます。そうでなければ、自分の罪の自分で負い、自分の罪の中で死ぬだけです。(ヨハネ8:23~24)イエスのことばを聞いて心の罪を責められ、自分の家にそれぞれ帰っていった人たちは、自分の罪の中で死ぬだけです。しかし、一番罪深いと思われたこの女は、イエスのもとに留まり、イエスのことばを受け入れ、イエスの救いを受け入れたので救われるのです。「女はそのままそこにいた」(ヨハネ8:9)イエスは語るべきひとことを語られた後は、再び身をかがめたと書いてあります。誰がここから立ち去り、誰が残るのかを腕組みして見守っておられたのではありません。
この女もその時群衆に紛れてその場を立ち去ること出来たはずです。しかし、女は自分意思でそこにいたのです。イエスのひとことは、この女の心にも届きました。四方八方から石つぶてが飛んできて殺されるイメージが襲ったでしょう。言い訳しようのない現行犯としてとらえられ、自分の罪を否応なく意識していたその中で、自分を責めたてる人たちを追い払ってくれたのです。
女はこの予期しなかった時間の中で、イエスにさばきを託し、自分自身をゆだねようと覚悟を決めたのでしょう。このとき、この女の心の中でおこったことが、彼女の永遠を変えました。この女は何かイエスに問いかけたり、言い訳したりしたでしょうか。女は自分の罪と向き合いながら、黙って聞いていたのです。イエスが身をおこして、「あなたを罪に定める者はなかったのですか」と問われたとき、女は「だれもいません」と答えています。欄外脚注を見れば、原文には「主よ」という呼びかけがあると書いてあります。彼女はイエスを主として受け入れたことがわかります。
イエスをためして問い続けてやめなかった指導者たちは、イエスからことばを聞いたとき、そこに留まることを嫌って立ち去りました。帰っていく「自分の領域」というか「自分の居場所」があるという思い込みがあるからです。女にはもう逃げる場所がなかった。こう感じることが出来たことは、実は感謝なのです。多くの人はイエスに従わない領域、ニュートラルな場所があるのだと思っていますが、実はイエスに従わないでいることは闇の中にいることなのです。
「神がいるなら」と神を試すことをやめましょう。神に己の罪を隠すのもやめましょう。聖書は私たちの罪を指摘して、ちょっとでも罪を犯すことがないように正しい生活を送りなさいと教えているのではありません。神は人を罪の中に誕生させた責任をとって、自らを罰したのです。それが十字架です。この世のご自身の血で贖って、この世界のいっさいの不合理、矛盾にけりをつけられたのです。このことを知っているか、知らないか、受け入れるか、受け入れないかでは全く人生が変わります。このことは、最も価値のある情報だと私は信じています。
6月14日 メッセージのポイント
ダビデ王の誕生とその周辺(ダビデの生涯と詩編⑥)
Ⅱサムエル1~4章
A 登場人物
○サウル・・・・・・・・イスラエルの初代王。
ペリシテとの闘いで悲惨な最期をとげる。
○イシュ・ボシェテ・・・サウルの息子。
サウル亡き後王位を継承するが、アブネルの傀儡。
○アブネル・・・・・・・サウルの将軍。
ヨアブの弟アサエルを殺し、ダビデとの講和を求めるが、
交渉半ばでヨアブに殺される。
○ヨアブ・・・・・・・・ダビデの将軍。
弟アサエルを殺されたことに恨みを持ちアブネルを殺す。
○アサエル・・・・・・・足の速いヨアブの弟。
内戦においてアブネルを執拗に追い、返り討ちにあって戦死。
○ミカル・・・・・・・・サウルの娘でダビデの元妻。
イスラエルとの和平の条件として取り戻す。
B ダビデとその周辺人物の違い
1 ダビデは羊・・・・・・自分の力で獲物を追う
2 獅子や狼ではない。
主の養いによって保たれ、羊飼いを求めていた。
○ダビデの遺言・・・・・ヨアブを殺せ(Ⅰ列王2:1~6)
C ふたつの詩編に綴られたダビデの心
1 詩編37編・・・・・・あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる。(5
主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。
おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対
して、腹を立てるな。(6)
2 詩編145編・・・・・すべての道 すべてのみわざ (17)
Ⅱサムエル1~4章
A 登場人物
○サウル・・・・・・・・イスラエルの初代王。
ペリシテとの闘いで悲惨な最期をとげる。
○イシュ・ボシェテ・・・サウルの息子。
サウル亡き後王位を継承するが、アブネルの傀儡。
○アブネル・・・・・・・サウルの将軍。
ヨアブの弟アサエルを殺し、ダビデとの講和を求めるが、
交渉半ばでヨアブに殺される。
○ヨアブ・・・・・・・・ダビデの将軍。
弟アサエルを殺されたことに恨みを持ちアブネルを殺す。
○アサエル・・・・・・・足の速いヨアブの弟。
内戦においてアブネルを執拗に追い、返り討ちにあって戦死。
○ミカル・・・・・・・・サウルの娘でダビデの元妻。
イスラエルとの和平の条件として取り戻す。
B ダビデとその周辺人物の違い
1 ダビデは羊・・・・・・自分の力で獲物を追う
2 獅子や狼ではない。
主の養いによって保たれ、羊飼いを求めていた。
○ダビデの遺言・・・・・ヨアブを殺せ(Ⅰ列王2:1~6)
C ふたつの詩編に綴られたダビデの心
1 詩編37編・・・・・・あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
主が成し遂げてくださる。(5
主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。
おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対
して、腹を立てるな。(6)
2 詩編145編・・・・・すべての道 すべてのみわざ (17)
6月14日 ダビデ王の誕生とその周辺 (ダビデの生涯と詩篇 6 )
今日はサウルの死後、ダビデがまずユダの王となり、それからイスラエル全土の王になるまでの7年半の間に、ダビデとその周辺でおこった出来事や、人物にスポットを当ててお話します。このあたりの出来事や登場人物について、よくご存じの方も、あまり馴染みのない方も、よく聴いてそれぞれのキャラクターや関係性を整理してください。
まず、イスラエルの初代王サウル、そしてサウルの死後王位につく息子のイシュ・ボシェテ、将軍アブネル、そして、ダビデと将軍ヨアブ、その弟でアブネルに殺されるアサエル、ダビデが取り返すサウルの娘ミカルなどが主な登場人物です。
サウル王の死は、いよいよ王位に着くときが近づいたことを意味していました。しかし、サウル王が死んだことを聞いても、ダビデは単純に喜びませんでした。自分のいのちを狙い、苦しめ続けてきた人間がいなくなったのですから、ほっとした気持ちが全くなかったとしたら、それは嘘になるかも知れませんが、サムエル記の中には、ダビデが喜んで「いよいよ王位が近づいた」と息巻いている姿は出て来ません。
どうしてもダビデの引き立て役のような役回りを演じてしまうサウルですが、その最期も非常に惨めなものでした。絶望の中で自害するのですが、死にきれませんでした。激しいけいれんに襲われ、苦しみながら、最終的には異邦人に介錯を求めました。これはユダヤの王、軍人である者にとっては、最大の恥辱だったでしょう。その悔しい心のうちを察することが出来ます。
サウルの最期を見取ったその男は、良き知らせを届けたつもりでしたが、ダビデは逆に怒って彼を殺しました。ダビデはこう言っています。
「主に油注がれた方に、手を下して殺すのを恐れなかったとはどうしたことか。」(Ⅰサムエル1:14)
このことばはダビデの一貫した姿勢を表している重要なことばです。
ダビデはサウルの手を逃れて国中を逃げ回り、結果的には国外にまで落ち延びますが、サウルの力に怯えたことなどありません。ガチンコ対決したらいつだって負けることなどなかったでしょう。ダビデが恐れたのは、サウルに油注がれた主です。王としては不適格で、自分のいのちをねらい続けるサウルをあえてそのまま王として扱っておられた主の摂理に服していたのです。ダビデは、理不尽な仕打ちや、理解できない展開に疲れ、傷つくことはあってもサウルに対しておじけずいていたわけではないのです。
ダビデには勝てないのに、力ずくで殺そうとしたサウルと、勝とうと思えばいつで勝てるのに、あえてそうしなかったダビデ。ふたりが見つめているものは全く違っていました。
ダビデの心にあったのは、主のみこころが実現することでした。単にサウルが死ぬことや、自分が王位につくことをのぞんでいたわけではありません。ダビデがサウルとヨナタンの死を悼む哀歌を読むと、不思議な気持ちになります。有能な戦士であり、竪琴奏者でもあったダビデの心意気と、彼の経験や人格を通して聖霊が豊かに語ってくださっているのを感じます。(Ⅱサムエル1:19~27)
サウル亡き後、ダビデもアクションをおこします。しかし、軽はずみに自分から王位を宣言したりしません。その時カナンの南端に近いツィケラグに居たダビデは、これからどうしたらいいかを主にたずねました。「ユダの一つの町に上っていくべきでしょうか」主の答えは「上って行け」です。ダビデはどこへ上って行くべきかをたずねます。「ヘブロンに上って行け」と主から答えがありました。
もしヘブロンではなく、当時の首都であったギブアに上るなら、それは彼が王になりたがっている野心だと人々は理解したはずです。ダビデは、当然そういう可能性も考慮に入れて、「ユダの一つの町に上っていくべきでしょうか」と主に伺いを立てたのでしょう。主の答えは「ギブアへ」ではなく「ヘブロンへ」だったのです。この主のことばによって、ダビデは「王になるべき自分の時はまだ来ていないという」主からのメッセージを受け止めたはずです。
ヘブロンはエルサレムから南西32㎞に位置しており、エルサレム、ガザ、ベエルシェバ、紅海の方面にのびる四大交通路の分岐点にあたる交通の要所であり、古くから栄えたユダの中心部でした。その地でとれるブドウは優良種として有名です。
そして、ヘブロンはイスラエルの父であるアブラハムが亡くなった妻サラを葬るためにヘテ人エブロンから買い取った地所です。かつてアブラハムはここに天幕を張り、祭壇を築きました。アブラハム、イサク、ヤコブの3人の族長とその妻たちであるサラ、リベカ、レアの墓もあります。そして、何よりこの町はユダ族に属し、あやまって大罪を犯した人たちをかくまう「逃れの町」でもありました。
そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油を注いでユダの家の王としました。ユダの人々は主のみこころはよそに、ただ単純に、サウル亡き後はダビデしかないと思って集まって来たのです。
一方、首都ギブアでは、サウルの息子イシュ・ボシェテがサウルの後継者として、王位を継いでおりました。イシュ・ボシェテとは、「恥(ボシェト)の人(イシュ)」(恥さらし、面汚し)という意味です。本名はエシュ・バアルといいます。欄外に書かれているのが本名で、歴代誌にはちゃんとその名で記されています。(Ⅰ歴代8:33)ちなみに本名のエシュ・バアルは「神の子」の意味です。(Ⅱサムエル2:8~9)
ギルボア山での決戦でペリシテ軍に大敗を喫したイスラエルですが、その後、ユダ族はヘブロンに戻ったダビデの許に集まり、彼に油を注いで「ユダの家の王」としました(Ⅱサムエル:1~4)残りの部族は、ヨルダン川東岸マハナイムへと拠点を移した将軍アブネルのもとで、サウルの子イシュ・ボシェテを「全イスラエルの王」とするのでした。ギルボアでの敗北以後、イスラエルはペリシテの属領となったため、サウルに続くイシュ・ボシェテ政権は、ペリシテの実質的な力が及ばないヨルダン川東岸のマハナイムで言わば、亡命政権のようなかたちで樹立されることになります。
しかし、サウルの子イシュ・ボシェテはあくまでもお飾りであって、将軍アブネルが実権を握っていました。傀儡政権というやつです。これに対し、ヘブロンでユダの王になったと言っても、ダビデは敵国ペリシテの家臣にすぎませんでした。
この時点では、まだイスラエル全体はペリシテの占領下にあり、独立した王国ではありません。そんなイスラエルの一部族にすぎないユダの王になったといっても、敵にとっても大した驚異ではなく、むしろ、ペリシテによる支配の延長と見なされていたようです。
とは言え、イスラエルにしてみれば、ひとつの国に二人の王が擁立されたことになりそれはそれで大問題です。その結果、サウルの家とダビデの家の間に内戦が起こり、激しい闘いが続きますが、ダビデの軍が優勢だった様子が書かれています。(Ⅱサムエル2:17)
この内戦においてダビデ軍の将軍ヨアブの弟である韋駄天のアサエルが、敗走するアブネルを執拗に追いかけた末に、逆にアブネルの返り討ちにあって戦死します。ダビデの将軍ヨアブはそのことを深く恨んでいました。(Ⅱサムエル2:18~23)
一方、サウルの亡命政権の実権を握っていたアブネルですが、サウルの側女リツパと通じていました。それを王であり、サウルの子であるイシュ・ボシェトが非難したのは当然です。もちろんそれはふしだらなことですが、イシュボシェテは別に、道義的責任を追求する気はあまりないのです。むしろ、実質的に王権を奪おうという企みが見えたからでしょう。日本の摂関政治と同じですが、王の嫁や娘をめとるという行為の背景には、王位継承者であることの主張があります。(Ⅱサムエル3:6~11)ダビデは後にサウルの娘ミカルを取り戻しますが、それも、愛情というよりはおそらく戦略上の判断でしょう。
イシュ・ボシェテは、アブネルに頭が上がりませんでしたが、対ペリシテ戦略を考えると、ダビデと敵対するよりは、取り入った方が有利だと判断したようです。やがてアブネルは、やがてイシュ・ボシェテを見限ってダビデと良い関係をもって操ろうと考えたのです。そんなアブネルの魂胆と行状を見切っていたダビデは、かつて娶っていたミカルを返すことを交換条件として提示します。これを交渉に来たアブネルだけでなく、王であるイシュ・ボシェテに使いを送って言わせました。(Ⅱサムエル3:12~16)この当たりの交渉術を見ると、ダビデは戦士としてはもちろん、政治家としても一流であったことがわかります。
アブネルよりも一枚上手だったダビデは、別に策を弄したわけでもなく。寛大な気持ちでアブネルを歓迎しますが、ダビデの将軍ヨアブはそれが気にいりません。「ネルの子アブネルが、あなたを惑わし、あなたの動静を探り、あなたのなさることを残らず知るために来たのに、お気づきにならなかったのですか」(Ⅱサムエル3:25)と言っています。ヨアブはダビデには断らずに自分の判断でアブネルを殺します。ヨアブは忠臣を装っていますが、本音は将軍の地位を脅かすであろうライバルの芽を断つことそして、何より兄弟アサエルの恨みをはらすためでした。(Ⅱサムエル3:26~27)
今日は、ダビデとダビデの周辺の人たちとの「信仰の違い」と「主のお取り扱いの違い」をしっかり見て欲しいのです。サムエル記を単なる「国盗り物語」や「軍記物」のように表面を追う読み方も出来るでしょうが、それだけでは十分ではありません。ダビデの信仰やサウルの不信仰だけでなく、「主のお取り扱い」に注目しながら注意深く読みたいものです。そのような視点で、もう一度整理してみましょう。
まず、内戦でアブネルに殺されたヨアブの弟アサエルを思い出してください。アサエルは足が速く、そのことに物凄い自信を持っていたことがわかります。アブネルはアサエルを殺すことを嫌い、忠告を与えますが、アサエルは執拗に追い続けたのでした。ダビデの王アブシャロムも、自慢の髪の毛が木に引っかかって、それが殺されるきっかけとなりました。自分の美しさや力や富に頼る者は、それに裏切られます。
ダビデの将軍だったヨアブと、サウルの将軍であり、サウル王家の実権を握るアブネルは、このアサエルを巡って遺恨を深めるわけですが、このふたりの確執からも、ダビデは一歩退いたところにいます。
アブネルは野心家であり、策士でもあり、頭もキレました。イシュ・ボシェテを立てたものの、このままサウル家に仕えても、ダビデに勝ち目のないことを悟っていたからです。そこで、和解を申し出るわけですが、ダビデについておいて、少しでも自分の影響力を保とうという策略です。
ダビデの将軍ヨアブは有能な軍人です。異邦人との戦いに数々の輝かしい戦績をあげ、ダビデ王朝の基盤を築き上げた功労者であることには間違いありません。しかしヨアブの心はダビデとは違っていました。主に頼るよりも、何でも自分の力でやりくりするタイプでした。敵を滅ぼすためには、勇猛果敢に、時には卑怯な手を使っても、容赦なく立ち向かいました。
ダビデは歴戦の勇士ではありますが、彼が見ていたものは、ふたりの将軍とは全然違います。アブネルやヨアブが狼や獅子なら、ダビデは羊です。ダビデは少年時代から、いつも羊飼いである主の姿を追い続けてきました。
サウルを殺す機会がありながら、ダビデはあえて手をくだすことをしませんでした。サウルが死んでも、それを喜ばず、ひたすら主の時を待ちます。自分の力で無理やり幸運を引き寄せようとするのではなく、神が実現してくださるのを待ち続けてきました。その結果、サウルの将軍アブネルも、サウルの後をとったイシュ・ボシェテも、ダビデが直接手をくださずに死んでしまいます。そして、サウルの死から7年後6ヶ月後に、ダビデは全イスラエルの王となるのです。
ダビデはこう言っています。「ツェルヤの子(ヨアブ)らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。」(Ⅱサムエル3:39) 信仰によらずに、ことを推し進めようとするヨアブは、たとえ力強い味方であっても、ダビデの心からの信頼を得ていなかったことがわかります。
そして、極めつけはこのことばです。(Ⅰ列王2:5~6)
「ダビデの死ぬ日が近づいたとき、彼は息子のソロモンに次のように言いつけた。」その中でヨアブについて指示します。『あなたはツェルヤの子ヨアブが私にしたこと、すなわち、彼がイスラエルのふたりの将軍、ネルの子アブネルとエテルの子アマサとにしたことを知っている。彼は彼らを虐殺し、平和な時に、戦いの血を流し、自分の腰の帯と足のくつに戦いの血をつけたのだ。・・・彼のしらが頭を安らかによみに下らせてはならない。』」ビデはソロモンへの遺言の中で、自分に仕え続けたヨアブを殺せと命じたのです。
このダビデの遺言の中にあるヨアブへの評価は、極めて公正なものとして注目に値します。ダビデはヨアブがアサエルのことで憎しみを燃え上がらせたように、ヨアブを恨んでいたわけではありません。ダビデは息子アブシャロムの件については触れず、アブネルアマサの件についての罪を指摘しているからです。
いわゆるキリスト教の理解では、「アブネルは悪者、ヨアブは良い者、その心はダビデの味方だから」みたいなメッセージもあるようですが、このことばを見る限り、それは間違いであることがはっきりわかります。
ヨアブは、アブネルとは似た者同士。お互いの腹は容易に読めるし、それだけに赦しがたい相手なのでしょう。エルサレムを攻めたとき、真っ先にエブス人を撃ったのも、ダビデの命令に従って、その意味を問うこともなく、ウリヤを殺したのも、自分に代わって将軍となったアマサを殺したのも、ダビデの息子アブシャロムにとどめを刺したのもヨアブでした。
行動の動機が全く信仰と関係ないなら、かたちだけダビデに仕えても駄目です。たとえ、結果を出したように見えても、それは主がヨアブを使ってご自身のみことばを成就させただけであって、それは、ヨアブの信仰の結果ではないのです。
自分で自分の未来を有利に切り開いていこうとせず、自分の思いを十字架につけ、みことばの成就を待ち続けるとで、主への絶対的な信頼を明らかにしたダビデの思いが、詩編の中に綴られています。
悪を行なう者に対して腹を立てるな。不正を行なう者に対してねたみを起こすな。
彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。
主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実を養え。
主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。
主の前に静まり、耐え忍んで主を待て
おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。
怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪への道だ。
悪を行う者は断ち切られる。しかし主を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう。
(詩編37:1-9)
主はご自分のすべての道において正しく、またすべてのみわざにおいて恵み深い。
主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。
また主を恐れる者の願いをかなえ、彼らの叫びを聞いて、救われる。
すべて主を愛する者は主が守られる。しかし、悪者はすべて滅ぼされる。
私の口が主の誉れを語り、すべて肉なる者が聖なる御名を世々限りなくほめたたえますように。
(詩篇145:17-21)
自分の力に頼り、策をめぐらし、有利な展開を切り開こうとすることは、主の最善の計画が実現されることを阻みます。
現実生活の中で単純にみことばの約束の実現を待つことは、実はそれほど簡単ではありません。多くの人が力を持てあまし、己を過信し、神のいのちによらず、神のことばによらず、勝手に計画を立て、巨大なプロジェクトを実現するために、多くの汗や血を流し、崩壊と破滅に向かっていくのです。
ダビデにならって、みことばの約束をしっかりにぎり、主を愛し、主を求め、主の御手にゆだねることが大切です。
まず、イスラエルの初代王サウル、そしてサウルの死後王位につく息子のイシュ・ボシェテ、将軍アブネル、そして、ダビデと将軍ヨアブ、その弟でアブネルに殺されるアサエル、ダビデが取り返すサウルの娘ミカルなどが主な登場人物です。
サウル王の死は、いよいよ王位に着くときが近づいたことを意味していました。しかし、サウル王が死んだことを聞いても、ダビデは単純に喜びませんでした。自分のいのちを狙い、苦しめ続けてきた人間がいなくなったのですから、ほっとした気持ちが全くなかったとしたら、それは嘘になるかも知れませんが、サムエル記の中には、ダビデが喜んで「いよいよ王位が近づいた」と息巻いている姿は出て来ません。
どうしてもダビデの引き立て役のような役回りを演じてしまうサウルですが、その最期も非常に惨めなものでした。絶望の中で自害するのですが、死にきれませんでした。激しいけいれんに襲われ、苦しみながら、最終的には異邦人に介錯を求めました。これはユダヤの王、軍人である者にとっては、最大の恥辱だったでしょう。その悔しい心のうちを察することが出来ます。
サウルの最期を見取ったその男は、良き知らせを届けたつもりでしたが、ダビデは逆に怒って彼を殺しました。ダビデはこう言っています。
「主に油注がれた方に、手を下して殺すのを恐れなかったとはどうしたことか。」(Ⅰサムエル1:14)
このことばはダビデの一貫した姿勢を表している重要なことばです。
ダビデはサウルの手を逃れて国中を逃げ回り、結果的には国外にまで落ち延びますが、サウルの力に怯えたことなどありません。ガチンコ対決したらいつだって負けることなどなかったでしょう。ダビデが恐れたのは、サウルに油注がれた主です。王としては不適格で、自分のいのちをねらい続けるサウルをあえてそのまま王として扱っておられた主の摂理に服していたのです。ダビデは、理不尽な仕打ちや、理解できない展開に疲れ、傷つくことはあってもサウルに対しておじけずいていたわけではないのです。
ダビデには勝てないのに、力ずくで殺そうとしたサウルと、勝とうと思えばいつで勝てるのに、あえてそうしなかったダビデ。ふたりが見つめているものは全く違っていました。
ダビデの心にあったのは、主のみこころが実現することでした。単にサウルが死ぬことや、自分が王位につくことをのぞんでいたわけではありません。ダビデがサウルとヨナタンの死を悼む哀歌を読むと、不思議な気持ちになります。有能な戦士であり、竪琴奏者でもあったダビデの心意気と、彼の経験や人格を通して聖霊が豊かに語ってくださっているのを感じます。(Ⅱサムエル1:19~27)
サウル亡き後、ダビデもアクションをおこします。しかし、軽はずみに自分から王位を宣言したりしません。その時カナンの南端に近いツィケラグに居たダビデは、これからどうしたらいいかを主にたずねました。「ユダの一つの町に上っていくべきでしょうか」主の答えは「上って行け」です。ダビデはどこへ上って行くべきかをたずねます。「ヘブロンに上って行け」と主から答えがありました。
もしヘブロンではなく、当時の首都であったギブアに上るなら、それは彼が王になりたがっている野心だと人々は理解したはずです。ダビデは、当然そういう可能性も考慮に入れて、「ユダの一つの町に上っていくべきでしょうか」と主に伺いを立てたのでしょう。主の答えは「ギブアへ」ではなく「ヘブロンへ」だったのです。この主のことばによって、ダビデは「王になるべき自分の時はまだ来ていないという」主からのメッセージを受け止めたはずです。
ヘブロンはエルサレムから南西32㎞に位置しており、エルサレム、ガザ、ベエルシェバ、紅海の方面にのびる四大交通路の分岐点にあたる交通の要所であり、古くから栄えたユダの中心部でした。その地でとれるブドウは優良種として有名です。
そして、ヘブロンはイスラエルの父であるアブラハムが亡くなった妻サラを葬るためにヘテ人エブロンから買い取った地所です。かつてアブラハムはここに天幕を張り、祭壇を築きました。アブラハム、イサク、ヤコブの3人の族長とその妻たちであるサラ、リベカ、レアの墓もあります。そして、何よりこの町はユダ族に属し、あやまって大罪を犯した人たちをかくまう「逃れの町」でもありました。
そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油を注いでユダの家の王としました。ユダの人々は主のみこころはよそに、ただ単純に、サウル亡き後はダビデしかないと思って集まって来たのです。
一方、首都ギブアでは、サウルの息子イシュ・ボシェテがサウルの後継者として、王位を継いでおりました。イシュ・ボシェテとは、「恥(ボシェト)の人(イシュ)」(恥さらし、面汚し)という意味です。本名はエシュ・バアルといいます。欄外に書かれているのが本名で、歴代誌にはちゃんとその名で記されています。(Ⅰ歴代8:33)ちなみに本名のエシュ・バアルは「神の子」の意味です。(Ⅱサムエル2:8~9)
ギルボア山での決戦でペリシテ軍に大敗を喫したイスラエルですが、その後、ユダ族はヘブロンに戻ったダビデの許に集まり、彼に油を注いで「ユダの家の王」としました(Ⅱサムエル:1~4)残りの部族は、ヨルダン川東岸マハナイムへと拠点を移した将軍アブネルのもとで、サウルの子イシュ・ボシェテを「全イスラエルの王」とするのでした。ギルボアでの敗北以後、イスラエルはペリシテの属領となったため、サウルに続くイシュ・ボシェテ政権は、ペリシテの実質的な力が及ばないヨルダン川東岸のマハナイムで言わば、亡命政権のようなかたちで樹立されることになります。
しかし、サウルの子イシュ・ボシェテはあくまでもお飾りであって、将軍アブネルが実権を握っていました。傀儡政権というやつです。これに対し、ヘブロンでユダの王になったと言っても、ダビデは敵国ペリシテの家臣にすぎませんでした。
この時点では、まだイスラエル全体はペリシテの占領下にあり、独立した王国ではありません。そんなイスラエルの一部族にすぎないユダの王になったといっても、敵にとっても大した驚異ではなく、むしろ、ペリシテによる支配の延長と見なされていたようです。
とは言え、イスラエルにしてみれば、ひとつの国に二人の王が擁立されたことになりそれはそれで大問題です。その結果、サウルの家とダビデの家の間に内戦が起こり、激しい闘いが続きますが、ダビデの軍が優勢だった様子が書かれています。(Ⅱサムエル2:17)
この内戦においてダビデ軍の将軍ヨアブの弟である韋駄天のアサエルが、敗走するアブネルを執拗に追いかけた末に、逆にアブネルの返り討ちにあって戦死します。ダビデの将軍ヨアブはそのことを深く恨んでいました。(Ⅱサムエル2:18~23)
一方、サウルの亡命政権の実権を握っていたアブネルですが、サウルの側女リツパと通じていました。それを王であり、サウルの子であるイシュ・ボシェトが非難したのは当然です。もちろんそれはふしだらなことですが、イシュボシェテは別に、道義的責任を追求する気はあまりないのです。むしろ、実質的に王権を奪おうという企みが見えたからでしょう。日本の摂関政治と同じですが、王の嫁や娘をめとるという行為の背景には、王位継承者であることの主張があります。(Ⅱサムエル3:6~11)ダビデは後にサウルの娘ミカルを取り戻しますが、それも、愛情というよりはおそらく戦略上の判断でしょう。
イシュ・ボシェテは、アブネルに頭が上がりませんでしたが、対ペリシテ戦略を考えると、ダビデと敵対するよりは、取り入った方が有利だと判断したようです。やがてアブネルは、やがてイシュ・ボシェテを見限ってダビデと良い関係をもって操ろうと考えたのです。そんなアブネルの魂胆と行状を見切っていたダビデは、かつて娶っていたミカルを返すことを交換条件として提示します。これを交渉に来たアブネルだけでなく、王であるイシュ・ボシェテに使いを送って言わせました。(Ⅱサムエル3:12~16)この当たりの交渉術を見ると、ダビデは戦士としてはもちろん、政治家としても一流であったことがわかります。
アブネルよりも一枚上手だったダビデは、別に策を弄したわけでもなく。寛大な気持ちでアブネルを歓迎しますが、ダビデの将軍ヨアブはそれが気にいりません。「ネルの子アブネルが、あなたを惑わし、あなたの動静を探り、あなたのなさることを残らず知るために来たのに、お気づきにならなかったのですか」(Ⅱサムエル3:25)と言っています。ヨアブはダビデには断らずに自分の判断でアブネルを殺します。ヨアブは忠臣を装っていますが、本音は将軍の地位を脅かすであろうライバルの芽を断つことそして、何より兄弟アサエルの恨みをはらすためでした。(Ⅱサムエル3:26~27)
今日は、ダビデとダビデの周辺の人たちとの「信仰の違い」と「主のお取り扱いの違い」をしっかり見て欲しいのです。サムエル記を単なる「国盗り物語」や「軍記物」のように表面を追う読み方も出来るでしょうが、それだけでは十分ではありません。ダビデの信仰やサウルの不信仰だけでなく、「主のお取り扱い」に注目しながら注意深く読みたいものです。そのような視点で、もう一度整理してみましょう。
まず、内戦でアブネルに殺されたヨアブの弟アサエルを思い出してください。アサエルは足が速く、そのことに物凄い自信を持っていたことがわかります。アブネルはアサエルを殺すことを嫌い、忠告を与えますが、アサエルは執拗に追い続けたのでした。ダビデの王アブシャロムも、自慢の髪の毛が木に引っかかって、それが殺されるきっかけとなりました。自分の美しさや力や富に頼る者は、それに裏切られます。
ダビデの将軍だったヨアブと、サウルの将軍であり、サウル王家の実権を握るアブネルは、このアサエルを巡って遺恨を深めるわけですが、このふたりの確執からも、ダビデは一歩退いたところにいます。
アブネルは野心家であり、策士でもあり、頭もキレました。イシュ・ボシェテを立てたものの、このままサウル家に仕えても、ダビデに勝ち目のないことを悟っていたからです。そこで、和解を申し出るわけですが、ダビデについておいて、少しでも自分の影響力を保とうという策略です。
ダビデの将軍ヨアブは有能な軍人です。異邦人との戦いに数々の輝かしい戦績をあげ、ダビデ王朝の基盤を築き上げた功労者であることには間違いありません。しかしヨアブの心はダビデとは違っていました。主に頼るよりも、何でも自分の力でやりくりするタイプでした。敵を滅ぼすためには、勇猛果敢に、時には卑怯な手を使っても、容赦なく立ち向かいました。
ダビデは歴戦の勇士ではありますが、彼が見ていたものは、ふたりの将軍とは全然違います。アブネルやヨアブが狼や獅子なら、ダビデは羊です。ダビデは少年時代から、いつも羊飼いである主の姿を追い続けてきました。
サウルを殺す機会がありながら、ダビデはあえて手をくだすことをしませんでした。サウルが死んでも、それを喜ばず、ひたすら主の時を待ちます。自分の力で無理やり幸運を引き寄せようとするのではなく、神が実現してくださるのを待ち続けてきました。その結果、サウルの将軍アブネルも、サウルの後をとったイシュ・ボシェテも、ダビデが直接手をくださずに死んでしまいます。そして、サウルの死から7年後6ヶ月後に、ダビデは全イスラエルの王となるのです。
ダビデはこう言っています。「ツェルヤの子(ヨアブ)らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。」(Ⅱサムエル3:39) 信仰によらずに、ことを推し進めようとするヨアブは、たとえ力強い味方であっても、ダビデの心からの信頼を得ていなかったことがわかります。
そして、極めつけはこのことばです。(Ⅰ列王2:5~6)
「ダビデの死ぬ日が近づいたとき、彼は息子のソロモンに次のように言いつけた。」その中でヨアブについて指示します。『あなたはツェルヤの子ヨアブが私にしたこと、すなわち、彼がイスラエルのふたりの将軍、ネルの子アブネルとエテルの子アマサとにしたことを知っている。彼は彼らを虐殺し、平和な時に、戦いの血を流し、自分の腰の帯と足のくつに戦いの血をつけたのだ。・・・彼のしらが頭を安らかによみに下らせてはならない。』」ビデはソロモンへの遺言の中で、自分に仕え続けたヨアブを殺せと命じたのです。
このダビデの遺言の中にあるヨアブへの評価は、極めて公正なものとして注目に値します。ダビデはヨアブがアサエルのことで憎しみを燃え上がらせたように、ヨアブを恨んでいたわけではありません。ダビデは息子アブシャロムの件については触れず、アブネルアマサの件についての罪を指摘しているからです。
いわゆるキリスト教の理解では、「アブネルは悪者、ヨアブは良い者、その心はダビデの味方だから」みたいなメッセージもあるようですが、このことばを見る限り、それは間違いであることがはっきりわかります。
ヨアブは、アブネルとは似た者同士。お互いの腹は容易に読めるし、それだけに赦しがたい相手なのでしょう。エルサレムを攻めたとき、真っ先にエブス人を撃ったのも、ダビデの命令に従って、その意味を問うこともなく、ウリヤを殺したのも、自分に代わって将軍となったアマサを殺したのも、ダビデの息子アブシャロムにとどめを刺したのもヨアブでした。
行動の動機が全く信仰と関係ないなら、かたちだけダビデに仕えても駄目です。たとえ、結果を出したように見えても、それは主がヨアブを使ってご自身のみことばを成就させただけであって、それは、ヨアブの信仰の結果ではないのです。
自分で自分の未来を有利に切り開いていこうとせず、自分の思いを十字架につけ、みことばの成就を待ち続けるとで、主への絶対的な信頼を明らかにしたダビデの思いが、詩編の中に綴られています。
悪を行なう者に対して腹を立てるな。不正を行なう者に対してねたみを起こすな。
彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるのだ。
主に信頼して善を行なえ。地に住み、誠実を養え。
主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。
主の前に静まり、耐え忍んで主を待て
おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。
怒ることをやめ、憤りを捨てよ。腹を立てるな。それはただ悪への道だ。
悪を行う者は断ち切られる。しかし主を待ち望む者、彼らは地を受け継ごう。
(詩編37:1-9)
主はご自分のすべての道において正しく、またすべてのみわざにおいて恵み深い。
主を呼び求める者すべて、まことをもって主を呼び求める者すべてに主は近くあられる。
また主を恐れる者の願いをかなえ、彼らの叫びを聞いて、救われる。
すべて主を愛する者は主が守られる。しかし、悪者はすべて滅ぼされる。
私の口が主の誉れを語り、すべて肉なる者が聖なる御名を世々限りなくほめたたえますように。
(詩篇145:17-21)
自分の力に頼り、策をめぐらし、有利な展開を切り開こうとすることは、主の最善の計画が実現されることを阻みます。
現実生活の中で単純にみことばの約束の実現を待つことは、実はそれほど簡単ではありません。多くの人が力を持てあまし、己を過信し、神のいのちによらず、神のことばによらず、勝手に計画を立て、巨大なプロジェクトを実現するために、多くの汗や血を流し、崩壊と破滅に向かっていくのです。
ダビデにならって、みことばの約束をしっかりにぎり、主を愛し、主を求め、主の御手にゆだねることが大切です。
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