使徒7章はステパノのメッセージです。みなさんは、このメッセージをどのようにお読みになったでしょうか。ステパノは、ユダヤの歴史をアブラハムから今日に至るまで振り返りながら、ダイジェストで語りました。そのアウトラインはユダヤ人なら誰もが知っている先祖の歴史です。しかしながら、その解釈は誰も聞いたことのない独特のものでした。選民としての強い民族意識に燃えるユダヤ人の宗教指導者たちにとって、「あなたがたは、その父祖アブラハムから今日に至るまで、一貫して神に逆らい続けて来たではないか」という辛辣な内容は、絶対に受け入れることができないものでした。ステパノのことばは、誤解する余地がないほど明確でした。「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち。あなたがたは先祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が誰かあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もってのべた人たちを殺したが、今は、あなたがたが、このあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。あなたがたは、御使いたちによって定められた律法を受けたが、それを守ったことはありません。」(使徒7:51~52)ステパノは、ユダヤ人の全ての歴史と誇りを完全に否定しました。人々は、これを聞いて心を刺され、悔い改めはしませんでした。逆にはらわたが煮えかえるほど怒り、全員でステパノに石を投げつけて殺しました。果たして、ステパノのメッセージは失敗だったのでしょうか。もっと別のことを違った方法やことばで伝えるべきだったのでしょうか。どう思われますか。私たちはステパノの死から約2000年のときを経た今日、この問いに誠実に答えるべきです。
ステパノのメッセージの結果は、大喝采や賞賛ではなく、怒号と暴力でした。語ったがために殺されたのです。私は、このステパノのメッセージを読みながら、深く反省させられました。語ったがゆえに殺されるほどのメッセージは、まさに力あるものです。
このメッセージのもたらした悲惨な結末と同時に、その力強さの秘密を、ルカは殺されてゆくステパノの表情の中にとらえています。ステパノは御使いのような顔で、聖霊に満たされながら語り、そして喜びの中で死んでいったのです。ステパノに死に様は、まさに十字架のイエスさまと重なります。(使徒7:54~60)彼は主に霊をゆだね、自分に石を投げた人々をとりなす祈りをします。語る相手を伺い、顔色を気にしていては、このようなメッセージは絶対出来ません。ステパノの死は、「教会の歴史の中で初の殉教者の記述である」と言われます。しかし、私はこの種の言い回しも「殉教」という表現も好きにはなれません。日本語では、エクレシアは教える会の「教会」であり、それに合わせて教えに殉ずる「殉教」なのでしょうが、ステパノは信念のために自ら死を選んだわけではありません。みことばを語ったがゆえに怒り狂った人たちが彼を石で打っただけの話なのです。ステパノが見つめていたのは、メッセージを伝えているユダヤ人ではなくイエスさまでした。ステパノの心を支配していたのは、イエスさまであって、決して「教え」ではありませんでした。殉教者の内面が小説の題材になることは多いですが、これは極めて人間的で、実に非聖書的です。教会の中にも「殉教」を頂点として、信仰を徳目としてとらえる弱さが常に働いています。「御使いのような顔をした人になろう」という発想は全く逆さまの発想であって、ステパノ自身は「自分の表情がどのようであったか」ということになど、何の関心もなかったでしょう。ステパノの顔がそのように輝いて見えたのは、彼の全存在がイエスさまの栄光を真正面から受け止めた結果なのです。
このステパノのメッセージを受けた私たちは、今この時代に対していったい何を語るべきなのでしょう。ステパノのメッセージのポイントを整理してみます。まず第1に、ステパノのメッセージは、どの文章もすべて神が中心です。「神が現れた」「神が言われた」「神が約束された」「神がお与えになった」「神がともにおられた」と、神を主語として語られている内容が、大半を占めています。それに対して人間がどのように応え行動したかというまとめ方になっています。今日の証やメッセージは、ほとんどが「私」を主語とした問題や祝福の話です。ステパノのメッセージと比べてみれば違いは明確です。ステパノが神を主語にして語るとき、神は常に変わらず、憐れみ深く働きかけ、恵みを注ぎ続けておられます。しかし、人はそれを拒み続け、逆らい続けるという内容です。
そして第2に、そんなどうしようもないユダヤ人の歴史のポイント、ポイントに、神が選ばれた憐れみの器をお立てなったことを語っています。アブラハムに始まり、イサク、ヤコブ、12人の族長の中からヨセフ、そして、モーセ、ヨシュア、ダビデ、ソロモンです。彼らは預言者として神のことばを預かり、民に語りましたが、彼らは必ずしも受け入れられず、常に孤独でした。迫害や苦しみの中でみことばの約束に握って歩み、それぞれの時代に神に従った結果、彼らの人生そのものが来たるべきキリストの雛型となりました。例えば、ヨセフが兄弟たちにねたまれエジプトに売られるが、その後エジプトに大臣となって、ききんで苦しむ兄弟達を救って再会を果たすことは、イエスさまを十字架につけて殺したユダヤ人がやがて、その罪に気づくときに和解することの雛型です。いくら年寄り子のヨセフが可愛いからといっても、ひとりだけ特別扱いして上等な服を着せたりしたヤコブの愛情表現はどう考えても偏っており、賢い子育てではありません。その結果、兄弟がヨセフをねたんでエジプトに売るわけですが、神の手によれば、そのような愚かさも許容されています。また、モーセが同胞を救うために立ち上がるが、民から理解を得られず、逃れたミデアンの地で異邦人の女性と結婚して子どもを設けることは、ユダヤ人の手によって十字架につけられたイエスさまの福音が異邦人に受け入れられ花嫁としての教会が異邦人から迎えられることの雛型です。また、ダビデは羊飼いから王になるに至るそのドラマチックな人生そのものが、ソロモンはその類を見ないほどの知恵と繁栄ぶりが、イエスさまの苦難と栄光を映しています。そして、彼らの信仰のあゆみがひとつにつながって、イエスさまを生み出す系図を作り出しているのです。神の主権と選び、そして人の失敗と信仰による選択が、見事に織りなされてキリストの救いの計画を実現に至らせ、教会を誕生させるのです。
ステパノは、アブラハムからイエスさまの時代までのユダヤ人の歴史について語りましたが、選ばれた器たちの歩みは、さらに先の教会時代をも含む歴史を先取りしたかたちで予表しています。それらを今日に当てはめて、ペンテコステから再臨に至るまでの教会の歴史について語るなら、その反抗や不信仰ぶりも、同じかもっとひどいものになるはずです。教会もまた主に逆らいどおしで、同じ愚かさをさらに拡大して繰り返しているのです。 神の偉大さも、人の愚かさも、変わることはありません。
第3番目に、ステパノは神の臨在の本質について語りました。移動可能だった荒野での「あかしの幕屋」から、約束の地で王国を確立した後の固定した「神殿」に至る歴史を振り返りながら、初めから手で造った家になど住まないのだという根本的なことを思い出させます。(使徒7:48~50)このあたりが、「聖なるところを壊し、慣例を変えてしまう」といった批判につながるのでしょう。(使徒6:14) しかし、これはもともと、神殿を造ることを計画したダビデに伝えるために、主が預言者ナタンに語られたことばにあるとおりです。(Ⅱサムエル7:7)ダビデは、神の家を造りたいと願ったのですが、逆に神がダビデに「あなたの家を造る」と繰り返し言っておられるのです。(Ⅱサムエル7,11~13)勿論、「あなたのために造られる一つの家」とは、「あなたの身から出る世継ぎの子の王国」とは教会のことです。先に引用されていたイザヤのことばでも、主のいこいの場所は、特別に人が造った場所ではなく、「へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者」であることが語られています。(イザヤ66:2)主は、常にそのような者とともにおられ、今日では、私たちの内側にその霊とともに住んでくださるのです。
最後に、ステパノがあげた選びの器のことばから、その信仰の態度を検証したいと思います。逆らい続けた民と、名を上げられた人物にはどのような違いがあるのでしょう。ヨセフの場合を例に見てみます。
「今、私をここに売ったことで心を痛めたり、怒ったりしてはなりません。神はいのちを救うために、あなたがたより先に、私を遣わしてくださったのです。」(創世記45:5)「だから、今、私をここに遣わしたのは神なのです。」(創世記45:8) これは、兄弟と再会したヨセフが語ったことばですが、自分の歩んできた道のりを恐れと感謝をもって、神の摂理の中できちんととらえています。 ヨセフはのその生涯の大半をエジプトで過ごしました。そこで大臣になりました。一方カナンには飢えた兄弟たちがいたのです。 しかし、ヨセフの心はエジプトの富や地位にはなく、約束の地にありました。その彼の信仰の証として、骨についての指図をしたのです。(使徒7:16)(ヘブル11:22)(創世記50:24~25) このように、いつの時代にも、心砕かれへりだって神のことばにおののく人たちを通してもたらされる恵みと、神に逆らい続ける人たちの抵抗する力がせめぎ合っているのです。
2007年5月23日水曜日
5月13日 御霊と知恵とに満ちた評判の良い人
新約聖書の中には、教会の本質について語られているところは数多くあっても、実は教会の組織についての教えは全くありません。教会には、これこれこういう役職を置いてその役割は何だとか、どのような会議を持ち重要なことを決定するときにはこういう条件を満たすべきとか、会計についてどうとか、そういうどんな組織にでも最低決まっていそうな具体的なことが何一つ書かれていません。ですから、いわゆる現存するキリスト教会がとっているあらゆるスタイルが聖書の記述どおりであるかどうかというのは、明確な基準がないため非常に曖昧なのです。 教会はひとつの霊的ないのちの共同体であって、はじめから人間の組織ではないし、人間の組織的統制や関与を受けるべきものではありません。ですから、人間が自らの知恵や権威によってコントロールした結果、今日見られるような混沌とした状況を生み出すのは当然なのです。 そのような意味においても、使徒6章は非常に興味深い箇所です。教会の組織についての教えはありませんが、当時の教会運営のひとつのあり方の例を示しています。 人数が増えてくると、当然そこにはいろんな背景を持った人たちが集まって来るでしょう。いろんな背景を持った人たちが集まると当然トラブルも起こります。ヘブル語を使うユダヤ人がギリシャ語を使うユダヤ人を毎日の配給においてなおざりにしたのです。これは、それほど簡単な問題ではありませんでした。このような記述を見ると、初代教会は完璧であったということが幻想であることがわかります。
この異なる背景を持った2つのタイプのユダヤ人について、少し説明します。旧約聖書の一番新しい部分と新約聖書の一番古い部分の間には約400年間の隔たりがあります。その間に有名なアンティオコス・エピファネスというシリアの暴君が登場します。この男は、ユダヤ人に神殿で礼拝することを禁じ、聖なる場所に偶像を持ち込みます。民族意識に目覚めたユダヤ人は独立のために戦います。これがマカベヤの乱です。パリサイ派やサドカイ派などもこの時期に生まれたと言われています。そのような時代に、ギリシャ語を使うユダヤ人の群れがありました。彼らはヘレニストと呼ばれ、ギリシャ的な価値観を持ち、ギリシャ的な生活をしていました。当然ユダヤ的ユダヤ人から見れば、ヘレニストは軟弱に見え、ヘレニストたちからすれば、ユダヤ的ユダヤ人は頭の固い融通の利かない連中とうつるわけです。そういうわけですから、たとえイエスさまを信じたとしても、ヘレニストとガチガチのユダヤ人との間には、簡単に埋めがたい溝があるわけです。放蕩息子の兄が弟を受け入れられないような感覚があったわけです。こうした類のことは、いつの時代にもどんな教会にもあったことです。
問題が起こったとき、使徒たちが決定したスタイルではなく、彼らが何を重要だと考えたのかを見るべきです。 使徒たちは何と言っているでしょうか。「私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、あなた方の中から御霊と知恵とに満ちた評判の良い人たち7人を選びなさい。私たちはその人たちをその仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」(使徒6:5) 使徒たちの苦情処理の方法は、とても変わっています。具体的な問題の解決を示したのではなく、別の人たちに丸投げしたからです。一番問題にしている事柄について、その問題を解決もせず、それは二の次だ宣言したのです。 では、何が大事だと言ったのでしょう。「神のことば」です。さまざまな背景を持ったさまざまな生き方をしてきた人たちが集まったときに、一致できるのは「みことばの中」だけです。お互いの言い分を聞いて、なだめたりすかしたり条件をすりあわせたりするのは、決して良い方法ではありません。それは全く無駄なのです。専門家でもないのに、出来損ないのカウンセリングをして、共依存の末に信者と共倒れする牧師がいますが、そんなことは少し知恵があれば容易に想像できる未来です。勿論困っている人の痛みに共感することは大事です。しかし、一緒にその問題を見つめ続けて何が解決するでしょうか。解決などしないのです。たったひとつの大事なことは、「みことばに聞くこと」です。 食卓のことも大切です。しかし、神のことばはもっと大切です。使徒たちはそのことを知っていました。イエスさまは2匹の魚と5つのパンで男だけで5千人もの人を養われる力をお持ちです。弟子たちはそれを経験しました。ほしいだけ分けた末、なお余ったパン切れで12のかこがいっぱいになったのです。(ヨハネ6:11~13) それは、食料がないという事実を確認した結果ではありません。イエスさまが天を見つめ、感謝して祈られた結果でした。食料がないという事実をどれだけつきつめても、いつまでたっても食料がないだけです。
使徒たちは、自分たちは祈りとみことばの奉仕に専念すると宣言しました。そして、食卓のことに当たらせる人の選抜の基準について語りました。それには、3つの評価ポイントがありました。1つめは御霊に満ちていること、2つめは知恵に満ちていること、3つめは評判が良いということです。食卓のことなのだから、誰かを教えたり導いたりするわけではないので、その方面の能力や忠実さがあれば十分だと思われるかもしれませんが、そうではなかったのです。食卓のことであっても、これは教会の仕事です。すべてはキリストの奉仕なのです。「御霊に満たされた人」でなければ教会の奉仕は出来ないのです。教会の中で問題がおこるのは、本来は奉仕をさせるべきではない人に奉仕をさせるからです。2つ目は知恵に満ちていることです。「鳩のような素直さと同時に蛇のようにさとくあることが必要だ」とイエスさまは言われました。この世にも通用する知恵が必要です。状況を適切に判断し、臨機応変に対応できる知恵が必要です。これは純粋な主に対する信頼とは別に、この世の様々な場面に具体的にみことばを適用する力と言ってもいいでしょう。教会の中での奉仕には、そのようなスキルが求められるのです。食卓のことと言っても、食事の準備や配給といった台所仕事だけではなく、みことばのご用に当たる以外の全般的な実務を指しているのでしょう。いくらみことばを文字通りたくさん記憶していたところで、使えなければ、宝の持ち腐れです。こういう状況をさして「豚に真珠」と言います。豚では駄目なのです。3つめは評判がよいことでした。これは、その人物に対する一定以上の社会的評価です。それは地位や職業と言うより、人格に対する信頼感です。教会の中でも外でも、確かに間違いのない評価を得ているということです。世の中での居場所を失ったり、野心を砕かれた人たちが、キリスト教の世界で自己実現しようと思っている場合があります。こういう人たちは○○派に多いのです。逆に世の中で一定以上の地位や評価を得ている人たちが、さらに、謙遜であったり清らかであったりすることで、プラスアルファの評価を得ることによって自己実現をはかりたい。こういう人たちは××派に多いのです。しかし、周囲の評価など求めてはいないのに、結果として評判が良いということは必須条件です。ここは大事です。この世の仕事さえ満足に出来ない者には教会の奉仕など出来ないし、させてはいけないのです。教会の奉仕で家庭や仕事がおろそかになることなどあってはならないことです。 この世で役に立たなかった者も、いったん主の御手にかかれば役に立つ者に代えられます。ピレモンへの手紙に出てくるオネシモなどはその良い例です。(ピレモン11)オネシモはピレモンの奴隷であって、もともと法律上は彼の財産でした。その奴隷であったオネシモが主人であるピレモンの財産を盗んだのですが、ピレモンはオネシモを兄弟として迎えることができるように、パウロがこの手紙を書いたのです。オネシモというのは、「役に立つ者」という意味です。 過去がどうであっても、イエスさまに救われ、健全な信仰を持つ者が、「役に立たない者」とか、「実を結ばない者」になることはないということです。(Ⅰペテロ1:5~11) つまり、救われる前に世の中で役に立っていたかどうかではなく、「救われてからの世との関わり方がどうかということ」がポイントになります。教会の中でだけ役に立つ人などいません。教会の中で堅実に奉仕が出来る人は、この世でも影響力を持っています。そのことは、6章の後半に登場するステパノという人物を見ても明らかです。 使徒たちの方法が間違っていなかったことは、結果として表れました。「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。」(使徒6:7)
6章の前半は当時の教会の様子をスケッチしたような内容ですが、後半はひとりの人ステパノにスポットが当たります。ステパノは食卓に奉仕する7人のうちの1人でしたが、彼の賜物はさらに豊かに現れ始めました。 ステパノの特徴は「恵みと力」に満ちていることでした。そのすばらしい不思議なわざとしるしがどのようなものであったかはわかりませんが、いろいろな人たちがステパノと議論しても勝つことが出来なかったことが記されています。(使徒6:8~10) まともに戦って勝てないとみると、敵はさまざまな言いがかりや悪巧みによってステパノを陥れようとします。これがこの世の手法です。周辺がどす黒くよどめばよどむほど、主のしもべは輝きを増すのです。 「ステパノの顔は御使いの顔のように見えた」(使徒6:15)と書いてあります。御使いがどんな顔だか見たこともないのでよくわかりませんが、それは顔立ちではなく、その顔が放つ輝きのようなものでしょう。それは主の栄光を反映した光であり熱なのです。私たちもまた主を見つめながら、この世に対して微笑みかける者でありたいものです。 教会は完全分業制でもなく、役割や賜物もいのちの成長やそのときの必要などさまざまな条件によって、移り変わるのです。ステパノの役割や奉仕の広がりを見れば、それは明らかです。 みこころをとらえ、賜物の必要を感じれば、積極的に祈りましょう。ヤコブは知恵について次のように勧めています。 「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげもなく、とがめることもなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」(ヤコブ1:5)
この異なる背景を持った2つのタイプのユダヤ人について、少し説明します。旧約聖書の一番新しい部分と新約聖書の一番古い部分の間には約400年間の隔たりがあります。その間に有名なアンティオコス・エピファネスというシリアの暴君が登場します。この男は、ユダヤ人に神殿で礼拝することを禁じ、聖なる場所に偶像を持ち込みます。民族意識に目覚めたユダヤ人は独立のために戦います。これがマカベヤの乱です。パリサイ派やサドカイ派などもこの時期に生まれたと言われています。そのような時代に、ギリシャ語を使うユダヤ人の群れがありました。彼らはヘレニストと呼ばれ、ギリシャ的な価値観を持ち、ギリシャ的な生活をしていました。当然ユダヤ的ユダヤ人から見れば、ヘレニストは軟弱に見え、ヘレニストたちからすれば、ユダヤ的ユダヤ人は頭の固い融通の利かない連中とうつるわけです。そういうわけですから、たとえイエスさまを信じたとしても、ヘレニストとガチガチのユダヤ人との間には、簡単に埋めがたい溝があるわけです。放蕩息子の兄が弟を受け入れられないような感覚があったわけです。こうした類のことは、いつの時代にもどんな教会にもあったことです。
問題が起こったとき、使徒たちが決定したスタイルではなく、彼らが何を重要だと考えたのかを見るべきです。 使徒たちは何と言っているでしょうか。「私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、あなた方の中から御霊と知恵とに満ちた評判の良い人たち7人を選びなさい。私たちはその人たちをその仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」(使徒6:5) 使徒たちの苦情処理の方法は、とても変わっています。具体的な問題の解決を示したのではなく、別の人たちに丸投げしたからです。一番問題にしている事柄について、その問題を解決もせず、それは二の次だ宣言したのです。 では、何が大事だと言ったのでしょう。「神のことば」です。さまざまな背景を持ったさまざまな生き方をしてきた人たちが集まったときに、一致できるのは「みことばの中」だけです。お互いの言い分を聞いて、なだめたりすかしたり条件をすりあわせたりするのは、決して良い方法ではありません。それは全く無駄なのです。専門家でもないのに、出来損ないのカウンセリングをして、共依存の末に信者と共倒れする牧師がいますが、そんなことは少し知恵があれば容易に想像できる未来です。勿論困っている人の痛みに共感することは大事です。しかし、一緒にその問題を見つめ続けて何が解決するでしょうか。解決などしないのです。たったひとつの大事なことは、「みことばに聞くこと」です。 食卓のことも大切です。しかし、神のことばはもっと大切です。使徒たちはそのことを知っていました。イエスさまは2匹の魚と5つのパンで男だけで5千人もの人を養われる力をお持ちです。弟子たちはそれを経験しました。ほしいだけ分けた末、なお余ったパン切れで12のかこがいっぱいになったのです。(ヨハネ6:11~13) それは、食料がないという事実を確認した結果ではありません。イエスさまが天を見つめ、感謝して祈られた結果でした。食料がないという事実をどれだけつきつめても、いつまでたっても食料がないだけです。
使徒たちは、自分たちは祈りとみことばの奉仕に専念すると宣言しました。そして、食卓のことに当たらせる人の選抜の基準について語りました。それには、3つの評価ポイントがありました。1つめは御霊に満ちていること、2つめは知恵に満ちていること、3つめは評判が良いということです。食卓のことなのだから、誰かを教えたり導いたりするわけではないので、その方面の能力や忠実さがあれば十分だと思われるかもしれませんが、そうではなかったのです。食卓のことであっても、これは教会の仕事です。すべてはキリストの奉仕なのです。「御霊に満たされた人」でなければ教会の奉仕は出来ないのです。教会の中で問題がおこるのは、本来は奉仕をさせるべきではない人に奉仕をさせるからです。2つ目は知恵に満ちていることです。「鳩のような素直さと同時に蛇のようにさとくあることが必要だ」とイエスさまは言われました。この世にも通用する知恵が必要です。状況を適切に判断し、臨機応変に対応できる知恵が必要です。これは純粋な主に対する信頼とは別に、この世の様々な場面に具体的にみことばを適用する力と言ってもいいでしょう。教会の中での奉仕には、そのようなスキルが求められるのです。食卓のことと言っても、食事の準備や配給といった台所仕事だけではなく、みことばのご用に当たる以外の全般的な実務を指しているのでしょう。いくらみことばを文字通りたくさん記憶していたところで、使えなければ、宝の持ち腐れです。こういう状況をさして「豚に真珠」と言います。豚では駄目なのです。3つめは評判がよいことでした。これは、その人物に対する一定以上の社会的評価です。それは地位や職業と言うより、人格に対する信頼感です。教会の中でも外でも、確かに間違いのない評価を得ているということです。世の中での居場所を失ったり、野心を砕かれた人たちが、キリスト教の世界で自己実現しようと思っている場合があります。こういう人たちは○○派に多いのです。逆に世の中で一定以上の地位や評価を得ている人たちが、さらに、謙遜であったり清らかであったりすることで、プラスアルファの評価を得ることによって自己実現をはかりたい。こういう人たちは××派に多いのです。しかし、周囲の評価など求めてはいないのに、結果として評判が良いということは必須条件です。ここは大事です。この世の仕事さえ満足に出来ない者には教会の奉仕など出来ないし、させてはいけないのです。教会の奉仕で家庭や仕事がおろそかになることなどあってはならないことです。 この世で役に立たなかった者も、いったん主の御手にかかれば役に立つ者に代えられます。ピレモンへの手紙に出てくるオネシモなどはその良い例です。(ピレモン11)オネシモはピレモンの奴隷であって、もともと法律上は彼の財産でした。その奴隷であったオネシモが主人であるピレモンの財産を盗んだのですが、ピレモンはオネシモを兄弟として迎えることができるように、パウロがこの手紙を書いたのです。オネシモというのは、「役に立つ者」という意味です。 過去がどうであっても、イエスさまに救われ、健全な信仰を持つ者が、「役に立たない者」とか、「実を結ばない者」になることはないということです。(Ⅰペテロ1:5~11) つまり、救われる前に世の中で役に立っていたかどうかではなく、「救われてからの世との関わり方がどうかということ」がポイントになります。教会の中でだけ役に立つ人などいません。教会の中で堅実に奉仕が出来る人は、この世でも影響力を持っています。そのことは、6章の後半に登場するステパノという人物を見ても明らかです。 使徒たちの方法が間違っていなかったことは、結果として表れました。「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。」(使徒6:7)
6章の前半は当時の教会の様子をスケッチしたような内容ですが、後半はひとりの人ステパノにスポットが当たります。ステパノは食卓に奉仕する7人のうちの1人でしたが、彼の賜物はさらに豊かに現れ始めました。 ステパノの特徴は「恵みと力」に満ちていることでした。そのすばらしい不思議なわざとしるしがどのようなものであったかはわかりませんが、いろいろな人たちがステパノと議論しても勝つことが出来なかったことが記されています。(使徒6:8~10) まともに戦って勝てないとみると、敵はさまざまな言いがかりや悪巧みによってステパノを陥れようとします。これがこの世の手法です。周辺がどす黒くよどめばよどむほど、主のしもべは輝きを増すのです。 「ステパノの顔は御使いの顔のように見えた」(使徒6:15)と書いてあります。御使いがどんな顔だか見たこともないのでよくわかりませんが、それは顔立ちではなく、その顔が放つ輝きのようなものでしょう。それは主の栄光を反映した光であり熱なのです。私たちもまた主を見つめながら、この世に対して微笑みかける者でありたいものです。 教会は完全分業制でもなく、役割や賜物もいのちの成長やそのときの必要などさまざまな条件によって、移り変わるのです。ステパノの役割や奉仕の広がりを見れば、それは明らかです。 みこころをとらえ、賜物の必要を感じれば、積極的に祈りましょう。ヤコブは知恵について次のように勧めています。 「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげもなく、とがめることもなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」(ヤコブ1:5)
2007年5月10日木曜日
5月6日 人に従うより神に従うべきです
「信じた者の群れは、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていた。」(使徒4:32)ルカは、初代教会の麗しい様子を、このように記録しました。しかしそれは、当時の教会が特別善良な人々の集まりだったわけではありません。また、ルカがクリスチャンのあり方を示すために事実を誇張して書いたのでもありません。聖霊の働きが顕著であった使徒たちの時代の教会にも、今日と同様に、すばらしい交わりの中に、とんでもない過ちが混じっていました・アナニヤとサッピラのエピソードは、そんな初代教会の様子をリアルに伝えてくれているばかりでなく、教会の中に常に起こりうる問題の可能性について豊かな示唆を与えています。アナニヤとサッピラは夫婦で信仰を持っていました。彼らは間違いなく救われた人たちでした。夫婦や家族でそろって教会に集えることは素晴らしい恵みです。これは、家族の誰かを家に残してひとりで交わりに加わっているのとは全然違います。しかしながら、この夫婦は聖霊をあざむいたがゆえに地上でのいのちを失ってしまいました。この記事の前にはバルナバが畑を売ってその代金を使徒たちの足もとに置いたという記録があり、「自分の持ち物を捧げて教会の入り用に用いるのが当然」という空気が支配していたのかも知れません。しかし、それは誰かに強いられてではなく、一人ひとりが喜んで自ら捧げた結果が積み重なったものでした。決してとなりの兄弟姉妹や使徒たちの顔色を伺いながら捧げたものではなかったのです。ところが、アナニヤとサッピラは、決して「喜んで捧げた」のではなく、肉によって計算して捧げたのです。そこにごまかしや偽りが入り込みました。
当たり前のことですが、同じように畑や土地などを売ったとしても、その場所や面積によって不動産としての価値は違います。また、親や子どもを養わなければならないという家庭的事情を抱えている人たちは、自由になるお金を持っている人たちと同じようにはいかないでしょう。アナニヤとサッピラの売った土地にどれほどの価値があり、彼らの生活の入り用が具体的にどうようなもので、どれほど深刻であったかは書かれていません。彼らにどんな事情があったのかはわかりませんが、何かの必要を考えてお金を残しておくのは何も間違ったことではないはずです。彼らは捧げることを拒んだわけではありません。一部を残しておいたことが悪いわけでもないのです。交わりに加わる条件として、不動産を売り払って全額差し出さないといけないという掟があったわけではないのです。では、彼らの罪はどこにあったのでしょうか。教会に捧げたお金が地所の代金の一部であるにも関わらず、それが全部であると偽ったことにあるのです。なぜ、愛する兄弟姉妹にそのように偽る必要があったのでしょうか。ペテロが言っているように、「それはもともと自分たちのものだったし、売ってからでも自由になった」はずなのです。 ここに、人間の宗教の偽りがあります。「聖霊が支配するいのちの群れ」と、「人間性が支配する宗教の群れ」との根本的相違があります。そして、それはどこの教団、教派であろうと、いかなる群れであろうと、人間が集まるところには絶えず混在しうるものだということをこの箇所は教えています。使徒たちが生きており、しるしや不思議があり、集まった場所が震い動くほどの聖霊の満たしがあろうと、クリスチャンの群れには、常に偽りが入り込む予知があるのです。鍵はその交わりに自由があり、喜びがあるかどうかです。
当時、多くの兄弟姉妹が惜しみなく捧げたのはなぜでしょうか。それは、当時のたくさんの兄弟姉妹の中に、「私たちは父と御子を持っている」という感覚がリアルにあったからです。「神に所有され、神を所有する民」それがクリスチャンです。そのような事実を日々経験している者は、自分がこの地上で一時的に持つことを許されたものをいつまでもかたくなに握りしめていることのほうが、むしろ困難なのです。彼らが、持ち物をはじめ、すべてを共有できたのは、それらのいっさいのものの前に、まず御子イエスを共有していたからです。この共有感覚のない者に、「何かを捧げるべき」などと教えても無駄だし、無理なのです。兄弟たちには喜びがあり、捧げたいから捧げたのです。自分たちが既に得ている者の価値がわかれば、お金にしろ、時間にしろ、能力にせよ、すべて主のために使いたいと思って当然なのです。そういういのちの喜びにあふれた群れで自然に行われていた行為を、理想化し、約束ごとや集団の規律に代えていくところにわながあります。新約聖書には勧めはあっても規定はありません。使徒たちが、捧げもののあり方について、一定のルールや何かの約束を設けたわけでもないのに、アナニヤとサッピラは、勝手に自分で自分の心をしばって窮屈にしたのです。
このように人が勝手に作り出した宗教は、不自由で窮屈です。それは、自己を中心にした引き替え条件の中で成り立っているのです。「捧げれば何倍もの祝福がある」という考え方は、本来の価値を逆転させています。「捧げれば何倍の祝福がある」とは言わなくても、高価な香油を注いだベタニヤのマリヤを例にとって、「見返りがなくとも高価なものをたくさん捧げることが立派な行為だ」となります。 マリヤが香油を捧げたとき、弟子たちにはその価値が理解できませんでした。マリヤは自分の行為も捧げる香油の価値も計算しませんでした。マリヤが一番リアルに感じられたのは、主が与えようとしておられるもの価値と主の限りない愛であって、自分が注ぐ香油でも、注ぐという行為でもありませんでした。 同様に、すべてのものを共有していた兄弟たちが意識していたものは、主御自身であって、自分たちの捧げものではありませんでした。しかし、アナニヤとサッピラが見ていたものは、自分たちの捧げものであり、多くのものを捧げていた周りの兄弟姉妹の姿でした。 もうお気づきでしょうか。「ベタニヤのマリヤは高価な香油を捧げた。これは素晴らしいことだ。さあ、みなさんもこのようにすべてを捧げることです」というような勧めは、良いことを勧めているようで、根本的に違うのです。マリヤが見たものをはっきり見なければ、マリヤの聞いたみことばを深く味わうことがなければ、主に対する感動もありません。主の愛に突き動かされることなしに、マリヤの行為をまねることは不可能です。何かのムードに扇動されたり、薄っぺらな義務感で強いられるような礼拝や奉仕や献金は、主の前には受け入れられることはないのです。アナニヤとサッピラは多分そろばんづくで祝福を求めたのではないと思います。他の兄弟姉妹達の手前、とりあえずそうしたのでしょう。しかし、それは彼らが考えた以上に大きな罪でした。彼らがあざむいたのは兄弟姉妹ではなく、主御自身だったのです。
私たちが神に何かを捧げるとしたら、そのたびに是非思い出したいのは、このダビデのことばです。(Ⅰ歴代誌29:10~19)「まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んで捧げる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたに捧げたにすぎません。」(Ⅰ歴代誌29:14) ダビデが人間的には失敗だらけの人でしたが、彼がどれほど主の前にへりくだって歩み、主に喜ばれていたかは明らかです。まずどれだけを受けたか知らない者が捧げることは出来ないのです。自分の犠牲と引き替えに神さまと取引しようなどいう考えは、悪魔を契約を結ぶときの方法です。
大事なことは、人ではなく神を見ることであり、人にではなく神に従うことです。人を恐れる者は神を恐れません。反対に神を恐れる者は、人を恐れることはありません。実際、神を恐れつつ証を続ける使徒たちの大胆さは目を見張るばかりです。 その大胆さと力強い証の根底には、主に対する深い恐れがありました。「教会全体とこれを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた」(使徒5:11)と書いてあります。実は、この箇所は、「教会」という表現が使徒の働きの中で初めて出てくるところです。この「恐れ」の感覚というのはとても大切です。教会に「非常な恐れが生じた」ことは、アナニヤの死の箇所にも、サッピラの死の箇所にも書いてあります。(使徒5:5)その恐れには、「突然人が超自然的な死に方をした」という恐怖の恐れも含まれてはいますが、本質は「神のきよさと権威に対する恐れ」です。そのことはこの恐れに関して、誰も人が死んでいない場面に書いてあることからもわかります。「そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって、多くの不思議なわざとあかしの奇跡が行われた。信者になった者はみないっしょにいて、いっさいの者を共有にしていた。」(使徒2:43) このような神が臨在される厳粛さがもたらす「恐れ」だけが、人を執着や欲望から解放し、本当の自由をもたらすのです。 ペテロは手紙の中で次のように言っています。 「ただし、優しく、慎み恐れて、また、正しい良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの正しい生き方をののしる人たちが。あなたがたをそしったことで恥じ入るでしょう。」(Ⅰペテロ3:16) 証において大切なのは、人に対する優しさと、神に対する恐れです。
「人に従うのではなく、神に従うべきだ」という使徒たちの証のスタンスは、今日の私たちにとっても一番大事なものです。4章のサンヘドリンでの証の場面でも、ペテロとヨハネは同じようなことを言っていました。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは自分の見たこと、また聞いたことを話さないわけにはいきません。」(使徒4:19~20) そして、聖霊は神に従う者たちに与えられるのです。(使徒5:32)人に従うことと神に従うことは相反することとして書かれています。つまり、人に従いつつ神に従うということは出来ないということです。さらに言えば、神に従っていないのなら、人に従っているということです。誰かの間違った意見に誘導されているわけではなくても、みことばから離れ、自分の考えや判断だけで選択し、行動することは、「神ではなく人に従っているのだ」とも言えます。
主の命令とは、「宮の中に立ち、人々にいのちのことばをことごとく語る」ことです。(使徒5:20)そして、いのちのことばとは、「イエスがキリストであること」を宣べ伝えることに他なりません。(使徒5:42)それを拒もうとする力は常に働いています。心と思いを一つに出来るのは、主が中心におられるからです。健全な交わりは、イエスを中心にした同心円状にしかありません。中心が少しでもずれれば一致は不可能です。パウロもペテロも、どのような力ある人も交わりの中心ではあり得ません。人間を中心にして教えや約束などで引っ張ろうとすると、異なる中心、異なる半径の円や楕円がいくつも出来るわけです。しかし、最も美しい円は主だけが知っておられ、この世での繁栄や栄光はないものと考えてよいでしょう。御名の中に保たれることは、やがてイエスが勝ちとられた栄光を相続することを意味します。同時に、この世にあっては、その御名のゆえにはずかしめを受けることも覚悟しなければなりません。(使徒5:41)
最後に当時の教会の様子をもう一度確認しましょう。「ほかの人々は、ひとりもこの交わりに加わろうとはしなかったが、その人々は彼らを尊敬していた。」(使徒5:13)本当の交わりには、喜びや楽しさ同時に、この描写に見られるような清浄で凛とした空気が漂っているものなのです。
当たり前のことですが、同じように畑や土地などを売ったとしても、その場所や面積によって不動産としての価値は違います。また、親や子どもを養わなければならないという家庭的事情を抱えている人たちは、自由になるお金を持っている人たちと同じようにはいかないでしょう。アナニヤとサッピラの売った土地にどれほどの価値があり、彼らの生活の入り用が具体的にどうようなもので、どれほど深刻であったかは書かれていません。彼らにどんな事情があったのかはわかりませんが、何かの必要を考えてお金を残しておくのは何も間違ったことではないはずです。彼らは捧げることを拒んだわけではありません。一部を残しておいたことが悪いわけでもないのです。交わりに加わる条件として、不動産を売り払って全額差し出さないといけないという掟があったわけではないのです。では、彼らの罪はどこにあったのでしょうか。教会に捧げたお金が地所の代金の一部であるにも関わらず、それが全部であると偽ったことにあるのです。なぜ、愛する兄弟姉妹にそのように偽る必要があったのでしょうか。ペテロが言っているように、「それはもともと自分たちのものだったし、売ってからでも自由になった」はずなのです。 ここに、人間の宗教の偽りがあります。「聖霊が支配するいのちの群れ」と、「人間性が支配する宗教の群れ」との根本的相違があります。そして、それはどこの教団、教派であろうと、いかなる群れであろうと、人間が集まるところには絶えず混在しうるものだということをこの箇所は教えています。使徒たちが生きており、しるしや不思議があり、集まった場所が震い動くほどの聖霊の満たしがあろうと、クリスチャンの群れには、常に偽りが入り込む予知があるのです。鍵はその交わりに自由があり、喜びがあるかどうかです。
当時、多くの兄弟姉妹が惜しみなく捧げたのはなぜでしょうか。それは、当時のたくさんの兄弟姉妹の中に、「私たちは父と御子を持っている」という感覚がリアルにあったからです。「神に所有され、神を所有する民」それがクリスチャンです。そのような事実を日々経験している者は、自分がこの地上で一時的に持つことを許されたものをいつまでもかたくなに握りしめていることのほうが、むしろ困難なのです。彼らが、持ち物をはじめ、すべてを共有できたのは、それらのいっさいのものの前に、まず御子イエスを共有していたからです。この共有感覚のない者に、「何かを捧げるべき」などと教えても無駄だし、無理なのです。兄弟たちには喜びがあり、捧げたいから捧げたのです。自分たちが既に得ている者の価値がわかれば、お金にしろ、時間にしろ、能力にせよ、すべて主のために使いたいと思って当然なのです。そういういのちの喜びにあふれた群れで自然に行われていた行為を、理想化し、約束ごとや集団の規律に代えていくところにわながあります。新約聖書には勧めはあっても規定はありません。使徒たちが、捧げもののあり方について、一定のルールや何かの約束を設けたわけでもないのに、アナニヤとサッピラは、勝手に自分で自分の心をしばって窮屈にしたのです。
このように人が勝手に作り出した宗教は、不自由で窮屈です。それは、自己を中心にした引き替え条件の中で成り立っているのです。「捧げれば何倍もの祝福がある」という考え方は、本来の価値を逆転させています。「捧げれば何倍の祝福がある」とは言わなくても、高価な香油を注いだベタニヤのマリヤを例にとって、「見返りがなくとも高価なものをたくさん捧げることが立派な行為だ」となります。 マリヤが香油を捧げたとき、弟子たちにはその価値が理解できませんでした。マリヤは自分の行為も捧げる香油の価値も計算しませんでした。マリヤが一番リアルに感じられたのは、主が与えようとしておられるもの価値と主の限りない愛であって、自分が注ぐ香油でも、注ぐという行為でもありませんでした。 同様に、すべてのものを共有していた兄弟たちが意識していたものは、主御自身であって、自分たちの捧げものではありませんでした。しかし、アナニヤとサッピラが見ていたものは、自分たちの捧げものであり、多くのものを捧げていた周りの兄弟姉妹の姿でした。 もうお気づきでしょうか。「ベタニヤのマリヤは高価な香油を捧げた。これは素晴らしいことだ。さあ、みなさんもこのようにすべてを捧げることです」というような勧めは、良いことを勧めているようで、根本的に違うのです。マリヤが見たものをはっきり見なければ、マリヤの聞いたみことばを深く味わうことがなければ、主に対する感動もありません。主の愛に突き動かされることなしに、マリヤの行為をまねることは不可能です。何かのムードに扇動されたり、薄っぺらな義務感で強いられるような礼拝や奉仕や献金は、主の前には受け入れられることはないのです。アナニヤとサッピラは多分そろばんづくで祝福を求めたのではないと思います。他の兄弟姉妹達の手前、とりあえずそうしたのでしょう。しかし、それは彼らが考えた以上に大きな罪でした。彼らがあざむいたのは兄弟姉妹ではなく、主御自身だったのです。
私たちが神に何かを捧げるとしたら、そのたびに是非思い出したいのは、このダビデのことばです。(Ⅰ歴代誌29:10~19)「まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んで捧げる力を保っていたとしても。すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたに捧げたにすぎません。」(Ⅰ歴代誌29:14) ダビデが人間的には失敗だらけの人でしたが、彼がどれほど主の前にへりくだって歩み、主に喜ばれていたかは明らかです。まずどれだけを受けたか知らない者が捧げることは出来ないのです。自分の犠牲と引き替えに神さまと取引しようなどいう考えは、悪魔を契約を結ぶときの方法です。
大事なことは、人ではなく神を見ることであり、人にではなく神に従うことです。人を恐れる者は神を恐れません。反対に神を恐れる者は、人を恐れることはありません。実際、神を恐れつつ証を続ける使徒たちの大胆さは目を見張るばかりです。 その大胆さと力強い証の根底には、主に対する深い恐れがありました。「教会全体とこれを聞いたすべての人たちとに、非常な恐れが生じた」(使徒5:11)と書いてあります。実は、この箇所は、「教会」という表現が使徒の働きの中で初めて出てくるところです。この「恐れ」の感覚というのはとても大切です。教会に「非常な恐れが生じた」ことは、アナニヤの死の箇所にも、サッピラの死の箇所にも書いてあります。(使徒5:5)その恐れには、「突然人が超自然的な死に方をした」という恐怖の恐れも含まれてはいますが、本質は「神のきよさと権威に対する恐れ」です。そのことはこの恐れに関して、誰も人が死んでいない場面に書いてあることからもわかります。「そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって、多くの不思議なわざとあかしの奇跡が行われた。信者になった者はみないっしょにいて、いっさいの者を共有にしていた。」(使徒2:43) このような神が臨在される厳粛さがもたらす「恐れ」だけが、人を執着や欲望から解放し、本当の自由をもたらすのです。 ペテロは手紙の中で次のように言っています。 「ただし、優しく、慎み恐れて、また、正しい良心をもって弁明しなさい。そうすれば、キリストにあるあなたがたの正しい生き方をののしる人たちが。あなたがたをそしったことで恥じ入るでしょう。」(Ⅰペテロ3:16) 証において大切なのは、人に対する優しさと、神に対する恐れです。
「人に従うのではなく、神に従うべきだ」という使徒たちの証のスタンスは、今日の私たちにとっても一番大事なものです。4章のサンヘドリンでの証の場面でも、ペテロとヨハネは同じようなことを言っていました。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは自分の見たこと、また聞いたことを話さないわけにはいきません。」(使徒4:19~20) そして、聖霊は神に従う者たちに与えられるのです。(使徒5:32)人に従うことと神に従うことは相反することとして書かれています。つまり、人に従いつつ神に従うということは出来ないということです。さらに言えば、神に従っていないのなら、人に従っているということです。誰かの間違った意見に誘導されているわけではなくても、みことばから離れ、自分の考えや判断だけで選択し、行動することは、「神ではなく人に従っているのだ」とも言えます。
主の命令とは、「宮の中に立ち、人々にいのちのことばをことごとく語る」ことです。(使徒5:20)そして、いのちのことばとは、「イエスがキリストであること」を宣べ伝えることに他なりません。(使徒5:42)それを拒もうとする力は常に働いています。心と思いを一つに出来るのは、主が中心におられるからです。健全な交わりは、イエスを中心にした同心円状にしかありません。中心が少しでもずれれば一致は不可能です。パウロもペテロも、どのような力ある人も交わりの中心ではあり得ません。人間を中心にして教えや約束などで引っ張ろうとすると、異なる中心、異なる半径の円や楕円がいくつも出来るわけです。しかし、最も美しい円は主だけが知っておられ、この世での繁栄や栄光はないものと考えてよいでしょう。御名の中に保たれることは、やがてイエスが勝ちとられた栄光を相続することを意味します。同時に、この世にあっては、その御名のゆえにはずかしめを受けることも覚悟しなければなりません。(使徒5:41)
最後に当時の教会の様子をもう一度確認しましょう。「ほかの人々は、ひとりもこの交わりに加わろうとはしなかったが、その人々は彼らを尊敬していた。」(使徒5:13)本当の交わりには、喜びや楽しさ同時に、この描写に見られるような清浄で凛とした空気が漂っているものなのです。
2007年4月5日木曜日
4月1日 ペンテコステ
(使徒の働き2章)
五旬節は、「仮庵の祭」「過越の祭」とともに三つの大きな祭りのひとつです。 この五旬節は、「七週の祭り」(出エジプト34:22)とも、「初穂の日」よも呼ばれていますが、過越から50日目ということで、50日目の祭りを意味するギリシャ語によってペンテコステと呼ばれて、よく知られています。 「五旬節の日」(使徒2:1)と書いてあるように、「仮庵の祭」や「過越の祭」が1週間続いたのに対して、ペンコステは1日限りのお祝いでした。 そこで起こった出来事は、「エルサレムをはなれないで、父の約束を待っていた」ことの結果でした。それはイエスさまが語られたとおり、水によるバプテスマではなく、聖霊によるバプテスマを受けたのです。(使徒1:4~5)
この聖霊のバプテスマがどのようなかたちで成就したのかを確かめておきましよう。 まず、それはみなが一つところに集まっていたときに起こりました。つまり、それは個人的体験であると同時に、集団的体験であったということです。そして、多くの人が同時に、風による大きな響きを聞き、振動を感じ、炎のような舌を見たのです。それは、周辺にいたすべての人が感じるような不思議な自然現象を伴っていました。 さらに、何より大きな意味を持っているのは、ガリラヤ出身者の無学な普通の人たちが、習得したことのない世界各地のことばで、神の大きなみわざを語ったということです。聖霊のバプテスマや異言について考えるとき、この3点のポイントをきちんとおさえておくことが、非常に重要な意味を持ちます。
ペンテコステは教会の誕生日であると言われます。ユダの抜けた使徒の欠員を補充し、弟子たちはイエスさまの約束を待ちました。そして、改めて復活の証人としての召しを受けたわけです。パウロはその召しについてエペソ人への手紙の中で次のように語っています。「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」(エペソ4:5)それは、かしらであるキリストとからだなる教会が目に見えて合体した瞬間でもあったわけです。聖霊のバプテスマは、個人的な体験である前に集団的な体験であり、私という個人の心の満たしである前に、キリストの証人としての働きのために受けた力の現れなのです。聖霊降臨は、奉仕につくための機能的な満たしです。「それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全に大人になって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。」(エペソ4:12~13)それぞれ働きの違いは、「キリストの賜物の量りに従って与えられた恵み」(エペソ4:7)のさじ加減であり、教会の中に優劣や階層を生み出すためのものではありません。 私たちにとってのまことの大祭司はイエスさまです。この御方が私たちのかしらであり、この方に油が注がれました。メシアとは「油そそがれた者」の意味でしたね。 詩編133編でダビデはこう歌っています。 「見よ。兄弟たちがひとつになって住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。それはひげにアロンのひげに流れて、その衣のえりにまで流れしたたる。それがシオンの山々におりるヘルモンの露にも似ている。主がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたからである。」(詩編133編) 私たちの中の誰か特別な人の頭に油が注がれるのではありません。かしらなるキリストに注がれた油が、ひとつのからだにバプテスマされた兄弟姉妹に流れしたたるのです。 この比喩は素晴らしいと思います。 私は昨年の暮れに、仕事で愛媛県に行きました。松山市が研修の拠点だったのでしたが、初日の夜に関連行事のある西条市に足を伸ばしました。西条市は日本でも有数のおいしい水が流れる町です。「うちぬき」と呼ばれるわき水を町のあちこちで飲むことができるのです。どうしてそういうおいしい水が出るかというと、四国最高峰の石鎚山の雪溶け水が豊かにあるからだそうです。 この詩編133編にもヘルモン山が出てきます。私はかつてヘルモン山のふもとの町ピリポ・カイザリヤにも行きましたが、同じように水の豊かなところでした。死海のほとりとは全く違う水と緑が豊かなところでした。その町は、ペテロが初めて信仰告白をした町であり、ここでイエスさまは教会について言及されたのでした。 南アルプスの天然水のCMでも、「山の神さまがくれた水」というコピーがありますね。雪溶け水の清らかさは、信仰のない人たちにとって特別なものなのですね。クリスチャンは、その被造物に込められた神さまの思いをさらに深く感じることが出来ます。生ける水の川にたとえられる聖霊は、罪を覆うようにして降った真っ白な雪がとけた美しい水だと思うと、本当に素晴らしいですね。求める者は誰でもそれをただで飲むことができます。「『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。』これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。」(ヨハネ7:37~39) こうして見てみると、イエスさまはかなり早い時期から、このことを預言してくださっていたことがわかります。 次に、ペンテコステの日は、すべての人が感じることができる自然現象が伴っていたことについて見ましょう。イエスさまの誕生の場合、母マリヤは聖霊によってみごもられたのですが、聖霊が目に見えて宿るところは誰も見ていません。ヨセフが聖霊が鳩のように降りてきてマリアのからだの中に入っていくのを見ていたとしたら、どれだけ気が楽だったことでしょう。しかし、そんなしるしはありませんでした。マリヤもヨセフもしるしを伴わないみことばを信じる以外、方法はなかったのです。さらに、もうひとつ。イエスさまは常に聖霊に満たされておられ、聖霊のみちびきの中で生きておられました。そうであるにもかかわらず、公の生涯に入られる前に聖霊を受けられました。 このように、内なるいのちとしての聖霊と、召しのために注がれる聖霊との区別があることに気づかれるはずです。 バプテスマのヨハネの証言です。 「御霊が鳩のように、天から下ってこの方の上にとどまられるのを私は見ました。私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けるために私を遣わした方が私に言われました。『聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』私はそれを見たのです。それで、この方が神の子であると証言しているのです。」(ヨハネ1:32~34)「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」という天からの声も聞こえました。イエスさまの場合も、任職の際には、視覚と聴覚によって聖霊の降臨を確認できたわけです。弟子たちの場合は、内住の聖霊を得たのは、よみがえりの後、イエスさまに息を吹きかけられて、「聖霊を受けなさい」と言われた場面です。(ヨハネ20:22)そして、五旬節において、召しのために注がれる聖霊を受けるのです。
最後に、聖霊のバプテスマを受けた結果ですが、弟子たちがみな異言で語り出したということです。それは、意味のわからないことばではなく、はっきりの意味のある異言でした。そして、その内容は、神のみわざについてでした。バベルの呪いによって、人々のことばの混乱し、国や遣うことばが変われば、意味や内容が通じなくなりました。しかし、いのちのことばであるイエス・キリストによって、その呪いが解かれた瞬間でもあったわけです。
さて、この使徒2章全体の中で、聖霊を表すことばと、イエスさまを表すことばがそれぞれどれだけ出てきたかを確認してみても良いでしょう。聖霊、御霊、わたしの霊という表現もたくさんありますが、同時にイエスさまを表す「この方」「あなたの聖者」「彼の子孫のひとり」「主ともキリストともされたこのイエス」などの表現も、それ以上にたくさんあります。聖霊は、イエスを証する霊であって、その人格は控えめな助け主です。聖霊を人格のないパワーのように考えているのはとんでもない間違いです。異言についての教えは、コリント人への手紙にあるだけです。しかし、その中で、パウロがこれだけ詳細にわたって注意を促しているということは、当時、コリントの教会だけでなく、多くの初代教会の中に、異言の賜物は豊かに存在したということを意味しています。異言を語る様子は、周囲から見ると「酒に酔っている」かのように思えるほどでした。それは異言を語る個人にとっても「感情の満たし」に関して強い効果を持っていました。そのようなわけで、コリントの人たちはコントロールを失ったわけです。今日もこの異言をめぐってはさまざまなことが語られ、誤った教理が大きく伝えられています。パウロはこの箇所で、非常にすっきりと異言とはどのようなもので、いかに取り扱うべきかを語っています。異言には人の異言と御使いの異言があります。(Ⅰコリント13:1)異言とは霊によって奥義を話すことです。さらに異言を語ることと解き明かすことは別の賜物として語られています。(Ⅰコリント14:13)異言は、解き明かしをしなければ、自分の徳は高められても、教会の徳は高められません。(Ⅰコリント14:4~6)パウロは誰よりも異言を語ったし、異言そのものを禁じるべきではありません。(Ⅰコリント14:18,39)ただし、集会の場面では、解き明かす人がいる場合に限り、3人以内の人が順番に話すべきです。解き明かせない場合は個人的な祈りに用いるべきです。(Ⅰコリント14:27~28)教会の中では異言で1万語話すより、ほかの人を教える5つのことばの方が高い価値を持っているというのを、相対的な基準として考えてください。簡単な算数です。異言は知性による預言の2000分の1しか価値がないということです。(Ⅰコリント14:19)異言は不信者のためのしるしです。(Ⅰコリント14:21~22)「人々はみな驚き惑って互いに、『いったいこれはどうしたことか』と言った。」(使徒2:12)と書いてあります。天下のあらゆる国から、里帰りしていたユダヤ人たちが、それぞれ自分の国ことばで神のみわざについて聞きました。そして、やがてユダヤ人が拒んだ救いが異邦人に及んでいきます。(イザヤ28:11~12)
後半の記事を見ると、救われた人たちは、自然にひとつの共同体を作っているのがわかります。(使徒2:43~47)それが自然ないのちの流れでした。大事なことは、民に好意を持たれ、毎日人が救われていたということです。その集まりは信者だけがこの世界から隔離されたようなものではありませんでした。常に周囲の世界と接触を持ち、生き生きと活動していたのです。今日、同じようなライフスタイルを求めても混乱しかおこりません。自然ないのちの流れの中で主に委ねた結果であれば、どのようなかたちであっても安心です。喜びと真心を持って交わること活動のベースです。
五旬節は、「仮庵の祭」「過越の祭」とともに三つの大きな祭りのひとつです。 この五旬節は、「七週の祭り」(出エジプト34:22)とも、「初穂の日」よも呼ばれていますが、過越から50日目ということで、50日目の祭りを意味するギリシャ語によってペンテコステと呼ばれて、よく知られています。 「五旬節の日」(使徒2:1)と書いてあるように、「仮庵の祭」や「過越の祭」が1週間続いたのに対して、ペンコステは1日限りのお祝いでした。 そこで起こった出来事は、「エルサレムをはなれないで、父の約束を待っていた」ことの結果でした。それはイエスさまが語られたとおり、水によるバプテスマではなく、聖霊によるバプテスマを受けたのです。(使徒1:4~5)
この聖霊のバプテスマがどのようなかたちで成就したのかを確かめておきましよう。 まず、それはみなが一つところに集まっていたときに起こりました。つまり、それは個人的体験であると同時に、集団的体験であったということです。そして、多くの人が同時に、風による大きな響きを聞き、振動を感じ、炎のような舌を見たのです。それは、周辺にいたすべての人が感じるような不思議な自然現象を伴っていました。 さらに、何より大きな意味を持っているのは、ガリラヤ出身者の無学な普通の人たちが、習得したことのない世界各地のことばで、神の大きなみわざを語ったということです。聖霊のバプテスマや異言について考えるとき、この3点のポイントをきちんとおさえておくことが、非常に重要な意味を持ちます。
ペンテコステは教会の誕生日であると言われます。ユダの抜けた使徒の欠員を補充し、弟子たちはイエスさまの約束を待ちました。そして、改めて復活の証人としての召しを受けたわけです。パウロはその召しについてエペソ人への手紙の中で次のように語っています。「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ」(エペソ4:5)それは、かしらであるキリストとからだなる教会が目に見えて合体した瞬間でもあったわけです。聖霊のバプテスマは、個人的な体験である前に集団的な体験であり、私という個人の心の満たしである前に、キリストの証人としての働きのために受けた力の現れなのです。聖霊降臨は、奉仕につくための機能的な満たしです。「それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全に大人になって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。」(エペソ4:12~13)それぞれ働きの違いは、「キリストの賜物の量りに従って与えられた恵み」(エペソ4:7)のさじ加減であり、教会の中に優劣や階層を生み出すためのものではありません。 私たちにとってのまことの大祭司はイエスさまです。この御方が私たちのかしらであり、この方に油が注がれました。メシアとは「油そそがれた者」の意味でしたね。 詩編133編でダビデはこう歌っています。 「見よ。兄弟たちがひとつになって住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。それはひげにアロンのひげに流れて、その衣のえりにまで流れしたたる。それがシオンの山々におりるヘルモンの露にも似ている。主がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたからである。」(詩編133編) 私たちの中の誰か特別な人の頭に油が注がれるのではありません。かしらなるキリストに注がれた油が、ひとつのからだにバプテスマされた兄弟姉妹に流れしたたるのです。 この比喩は素晴らしいと思います。 私は昨年の暮れに、仕事で愛媛県に行きました。松山市が研修の拠点だったのでしたが、初日の夜に関連行事のある西条市に足を伸ばしました。西条市は日本でも有数のおいしい水が流れる町です。「うちぬき」と呼ばれるわき水を町のあちこちで飲むことができるのです。どうしてそういうおいしい水が出るかというと、四国最高峰の石鎚山の雪溶け水が豊かにあるからだそうです。 この詩編133編にもヘルモン山が出てきます。私はかつてヘルモン山のふもとの町ピリポ・カイザリヤにも行きましたが、同じように水の豊かなところでした。死海のほとりとは全く違う水と緑が豊かなところでした。その町は、ペテロが初めて信仰告白をした町であり、ここでイエスさまは教会について言及されたのでした。 南アルプスの天然水のCMでも、「山の神さまがくれた水」というコピーがありますね。雪溶け水の清らかさは、信仰のない人たちにとって特別なものなのですね。クリスチャンは、その被造物に込められた神さまの思いをさらに深く感じることが出来ます。生ける水の川にたとえられる聖霊は、罪を覆うようにして降った真っ白な雪がとけた美しい水だと思うと、本当に素晴らしいですね。求める者は誰でもそれをただで飲むことができます。「『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。』これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。」(ヨハネ7:37~39) こうして見てみると、イエスさまはかなり早い時期から、このことを預言してくださっていたことがわかります。 次に、ペンテコステの日は、すべての人が感じることができる自然現象が伴っていたことについて見ましょう。イエスさまの誕生の場合、母マリヤは聖霊によってみごもられたのですが、聖霊が目に見えて宿るところは誰も見ていません。ヨセフが聖霊が鳩のように降りてきてマリアのからだの中に入っていくのを見ていたとしたら、どれだけ気が楽だったことでしょう。しかし、そんなしるしはありませんでした。マリヤもヨセフもしるしを伴わないみことばを信じる以外、方法はなかったのです。さらに、もうひとつ。イエスさまは常に聖霊に満たされておられ、聖霊のみちびきの中で生きておられました。そうであるにもかかわらず、公の生涯に入られる前に聖霊を受けられました。 このように、内なるいのちとしての聖霊と、召しのために注がれる聖霊との区別があることに気づかれるはずです。 バプテスマのヨハネの証言です。 「御霊が鳩のように、天から下ってこの方の上にとどまられるのを私は見ました。私もこの方を知りませんでした。しかし、水でバプテスマを授けるために私を遣わした方が私に言われました。『聖霊がある方の上に下って、その上にとどまられるのがあなたに見えたなら、その方こそ、聖霊によってバプテスマを授ける方である。』私はそれを見たのです。それで、この方が神の子であると証言しているのです。」(ヨハネ1:32~34)「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」という天からの声も聞こえました。イエスさまの場合も、任職の際には、視覚と聴覚によって聖霊の降臨を確認できたわけです。弟子たちの場合は、内住の聖霊を得たのは、よみがえりの後、イエスさまに息を吹きかけられて、「聖霊を受けなさい」と言われた場面です。(ヨハネ20:22)そして、五旬節において、召しのために注がれる聖霊を受けるのです。
最後に、聖霊のバプテスマを受けた結果ですが、弟子たちがみな異言で語り出したということです。それは、意味のわからないことばではなく、はっきりの意味のある異言でした。そして、その内容は、神のみわざについてでした。バベルの呪いによって、人々のことばの混乱し、国や遣うことばが変われば、意味や内容が通じなくなりました。しかし、いのちのことばであるイエス・キリストによって、その呪いが解かれた瞬間でもあったわけです。
さて、この使徒2章全体の中で、聖霊を表すことばと、イエスさまを表すことばがそれぞれどれだけ出てきたかを確認してみても良いでしょう。聖霊、御霊、わたしの霊という表現もたくさんありますが、同時にイエスさまを表す「この方」「あなたの聖者」「彼の子孫のひとり」「主ともキリストともされたこのイエス」などの表現も、それ以上にたくさんあります。聖霊は、イエスを証する霊であって、その人格は控えめな助け主です。聖霊を人格のないパワーのように考えているのはとんでもない間違いです。異言についての教えは、コリント人への手紙にあるだけです。しかし、その中で、パウロがこれだけ詳細にわたって注意を促しているということは、当時、コリントの教会だけでなく、多くの初代教会の中に、異言の賜物は豊かに存在したということを意味しています。異言を語る様子は、周囲から見ると「酒に酔っている」かのように思えるほどでした。それは異言を語る個人にとっても「感情の満たし」に関して強い効果を持っていました。そのようなわけで、コリントの人たちはコントロールを失ったわけです。今日もこの異言をめぐってはさまざまなことが語られ、誤った教理が大きく伝えられています。パウロはこの箇所で、非常にすっきりと異言とはどのようなもので、いかに取り扱うべきかを語っています。異言には人の異言と御使いの異言があります。(Ⅰコリント13:1)異言とは霊によって奥義を話すことです。さらに異言を語ることと解き明かすことは別の賜物として語られています。(Ⅰコリント14:13)異言は、解き明かしをしなければ、自分の徳は高められても、教会の徳は高められません。(Ⅰコリント14:4~6)パウロは誰よりも異言を語ったし、異言そのものを禁じるべきではありません。(Ⅰコリント14:18,39)ただし、集会の場面では、解き明かす人がいる場合に限り、3人以内の人が順番に話すべきです。解き明かせない場合は個人的な祈りに用いるべきです。(Ⅰコリント14:27~28)教会の中では異言で1万語話すより、ほかの人を教える5つのことばの方が高い価値を持っているというのを、相対的な基準として考えてください。簡単な算数です。異言は知性による預言の2000分の1しか価値がないということです。(Ⅰコリント14:19)異言は不信者のためのしるしです。(Ⅰコリント14:21~22)「人々はみな驚き惑って互いに、『いったいこれはどうしたことか』と言った。」(使徒2:12)と書いてあります。天下のあらゆる国から、里帰りしていたユダヤ人たちが、それぞれ自分の国ことばで神のみわざについて聞きました。そして、やがてユダヤ人が拒んだ救いが異邦人に及んでいきます。(イザヤ28:11~12)
後半の記事を見ると、救われた人たちは、自然にひとつの共同体を作っているのがわかります。(使徒2:43~47)それが自然ないのちの流れでした。大事なことは、民に好意を持たれ、毎日人が救われていたということです。その集まりは信者だけがこの世界から隔離されたようなものではありませんでした。常に周囲の世界と接触を持ち、生き生きと活動していたのです。今日、同じようなライフスタイルを求めても混乱しかおこりません。自然ないのちの流れの中で主に委ねた結果であれば、どのようなかたちであっても安心です。喜びと真心を持って交わること活動のベースです。
2007年3月29日木曜日
3月25日 復活の証人
(使徒の働き1章)
「使徒の働き」は、ルカの福音書の続編として、異邦人の医者ルカによって書かれたものです。イエスさまの死後ちょうど30年ぐらい経った頃のことです。イエスさまの死によって全てが終わってしまったかのように見えたのですが、福音はわずかな時間で当時のローマ帝国を揺るがすほど、大きな力をもって広がってゆきます。その結果、クリスチャン達は皇帝ネロによる激しい迫害にあうのですが、ルカはそのことにはいっさい触れていません。このことから、使徒の働きのおおよその執筆年代を割り出すことができるわけです。
ルカはテオピロというローマ人に正しい情報を伝達するために、「ルカの福音書」と「使徒の働き」というふたつの書物を書きました。それぞれの冒頭の部分を見れば、ルカの執筆動機がはっきりと書かれています。(ルカ1:1~4,使徒1:1~2)福音書の続編でもある「使徒の働き:は、教会の誕生から始まり、初代教会の様子が生き生きと描かれています。前半はペテロ、後半はパウロの記事が多くを占めますが、それらはすべて聖霊の働きであり、地上でからだを失ったイエスが、「からだである教会」をコントロールして自由に働かれた記録です。福音書にはイエスさまがいますが、使徒の働きにはイエスさまは出てきません。しかしそれらは、かたちは違っても「イエスさまの記録」です。これは非常に重要な認識です。
ルカはそのことを印象づけるために、「使徒の働き」の冒頭できちんと断っています。「前の書」すなわち「ルカの福音書の記事」は、「イエスが行い始め、教え始められたこと」(使徒1:1)だと言っています。つまり、イエスの活動も教えも十字架と復活で終わったのではなく、継続しているのだと言っているのです。ルカの表現を素直に受け止めれば、「まだ続きがある」というより、「これからが本当の始まりなのだ」と言わんばかりの書き出しになっているのが確認できます。「使徒の働き」の一番終わりの部分を見ても、まるで終わったという印象を受けません。(使徒28:25~30)
この箇所を見れば、異邦人の医者であるルカが自分の使命をどのように考えていたかわかります。福音がユダヤ人だけでなく、異邦人へ、全世界へと広がってゆく過渡期に、律法の知識や唯一の造物主に対する知識が乏しい人たちに、客観的に読んで検証するに足る資料を提供する必要があるとルカは考えていたのです。福音書と使徒の働きの前半は綿密な取材をもとに、「使徒の働き」の後半は自らがパウロに同行して実際に見聞した内容をまとめたのです。繰り返しますが、ルカは医者です。人が死んだら生き返らないことは、誰よりもよく知っています。ルカは常識ではあり得ないことが起こったので、さまざまな噂や教えで混乱する中で、正確な情報を集めたのです。ルカがパウロの伝道旅行に同行したことがどうしてわかるかというと、パウロの書いた手紙のあいさつの中に何度かルカの名前が出てくるのです。パウロは愛する医者としてルカを紹介しています。さらに、「使徒の働き」では、前半は弟子たちのことを「彼ら」と表記していますが、途中から「私たち」に変化します。
具体的に働いたのが「彼ら」であろうが、「私たち」であろうが、それはイエスの働きです。同じ聖霊の力です。ルカはそのことをよく知っていたはずです。
教会を通してなされる聖霊によるイエスの働きは、そのいのちの流れを受け継いで、今日に至るまで脈々と続いているのです。
ですから、私たちが今再び、この「使徒の働き」を学ぶとき、「本来クリスチャンはこのようにあるべき」「このようであるはず」という外側からかせをはめるような読み方をするのではなく、同じいのちが私たちのうちにあるという事実を感じることができるように願うべきです。そしてそのことに驚き、大いに喜ぶことです。そして、私たちさえそのいのちに完全に委ねるなら、主は「今この終わりのときにしようとしておられることをされるのだ」と信じることです。私たちは主から離れて何ごともなすことは出来ません。ですから、主がしてくださることを、ただみことばの約束に期待してとどまるのです。
その点では、当時の弟子たちも私たちと全く同じです。ルカは、「イエスさまは、40日にもわたって繰り返し弟子達の前に現われ、ご自分が間違いなくよみがえって生きておられる証拠を示された」と書いています。(使徒1:3)つまり、「使徒の働き」はすべて、イエスさまの復活が前提になっています。復活が単なる希望を正当化するための教えにすぎないのなら、この後の記録はないはずなのです。復活の事実を確認できなければ、弟子たちのレベルで確信できなければ、ローマ帝国を相手にした福音伝道などできるはずがなかったのです。組織もなく、力もなく、学問もない、ないないづくしの集団です。使徒たちはそれこそ、「イエスの使徒である」という以外何にもない人たちでした。その使徒という資格さえも、世間的には全く通用しない、ユダヤ教ナザレ派とでも呼ばれていた小数の異端者の集まりです。ユダヤ人に対しても異邦人に対しても何の権威もありませんでした。そういう状況だったということをよく知っておくべきです。
イエスさまの命令は、「エルサレムに留まって約束を待て」ということでした。その内容は、聖霊が臨まれると、力を受けるということ、そして、証人になるということです。逆に言えば、聖霊が臨まれない限り、私たちは証人ではないということです。(使徒1:7~8)
さて、「証人」ということについて考えてみたいのですが、復活の場面でも、昇天の場面でも、主の側ではちゃんと御使いをふたり用意されています。御使いひとりでは能力不足ということではありません。「全てのことは、ふたりの証人によって確認されなければならない」からです。(ルカ24:2)(使徒1:10)証人となるということは、それほど大事なことなのです。間違いのない事実としてきちんと確認された事柄が、こうして伝えられてきたわけです。(マタイ26:60~61)(ヘブル10:28)
クリスチャンは復活の証人でなければなりません。証とよく言いますが、私たちがちょっとラッキーだったことを神さまに関連づけて語ることを証だと思ってはいけません。証とは、キリストが復活したという証なのです。
なぜ多くの教会にいのちがないのでしょうか。それは、そもそもそこに、イエスの復活に対する本当の信仰が欠落しているのです。ですから、そのような信仰の中では、どうあがいたところで、文化や道徳のお話にしかなりません。
聖霊ということばやそれに伴う現象を強調したところで、それはキリストの復活とはかけ離れた超常現象に領域にはまってしまいます。
さて、ペテロはイエスさまを裏切って自殺したユダに代わって、12人目の弟子を決めることを提案しています。このくだりを読むと、自分はもっと派手にイエスさまを裏切っておきながら、そのことは棚に上げてよく言うよと思うような激しい口調でユダを非難しています。このことを見て感じるのは、ペテロの明確な生まれ変わりです。ペテロはもう裏切った過去をひきずってはいません。この後もペテロは初代教会のリーダー的存在として活躍しますが、決して罪滅ぼしの為に頑張っているのではないということがわかります。ペテロは旧約聖書の約束にこだわり、みことばの具体的な根拠を元に論を展開していきます。「イエスの復活の証人」としての教会の基礎を築く十二弟子となる資格について、ペテロはこう言っています。それは、「ヨハネのバプテスマから、昇天までの間に、いつも行動をともにしていた人」です。もちろん、ルカもパウロもそれには当たりません。それほどこの使徒職のつとめと地位は特別なものでした。これは当たり前の条件のように思いますが、この世的には当たり前ではありません。この世が何事かを始めようと組織するときは、当然その中核をしめるのは、頭のいい、能力の高い人たちです。ペテロやヤコブは田舎の漁師なのです。生活の知恵はあっても、エリート達と論争できるような学問はありません。当時の指導者たちがどのように使徒を評価したかは、これまたルカが正確に記録しています。
「彼ら(ユダヤの指導者たち)はペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスさまとともにいたのだ、ということがわかって来た」(使徒4:13)と書いてあるとおり、使徒たちが無学であったことが、いっそう証としては効果的に働いているのがわかります。実はこのことが重要なのです。
安倍内閣は教育現場にも市場原理を持ち込んで、早くから競争させ、子どもたちをふるいにかけようとしています。考えてみてください。支配者層にしてもれば、国民の大半は使い捨ての労働力にすぎません。政府は学校に何を期待するでしょう。政府を転覆させるような反対勢力になりうる批判力や行動力を持った人材ではなく、従順な労働者になってくれれば事足りるわけです。百マス計算などが早く正確に出来ればそれでいいわけです。ほとんどの大学がレジャーランドであっても、一部の大学で官僚になる人たちを養えれば後はどうでもよいのです。
神さまはそうではありません。神の国の力は、幼子たちの賛美によってもたらされるのです。私は単純な理由で教団教派を批判するのではありません。自民党内の派閥争いのような発想で私の発言を評価する人は、そもそも何一つわかっていないことを明らかにしています。私が問題にしているのは、みことばに根拠がないところに、この世的な価値観で力を担保し、資格を保障することが間違いだという点です。これらの人間的なやりくりは、証の力を決定的に弱めるのです。その発想は、安倍内閣に代表されるエリート主義と同じです。
聖霊がくだることによって、「キリストがよみがえったのを見た」から、その証は「キリストが私の内側によみがえった」となります。この違いは明白です。このことを具体的に経験していない人は証などしようがないのです。
パウロは「私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリストを宣べ伝えるのだ」と言っています。(Ⅱコリント4:5)さらに、パウロは続けます。「私たちは、この宝を土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。」(Ⅱコリント4:7)これが本来の証の目的であり動機であるべきです。まさにルカが書き送ったように、「聖霊によって力を受ける」のです。決して私たちが力をつけるのではないのです。
器である私たちは、所詮「土」なのです。私たちは、その中にあえて住んでくださる方の偉大さとその祝福を告げ知らせるのです。私たちが証に対して臆病になったり弱気になったりするときは、何か別の資格によって、違った何かを伝えようとしているのです。本当に信じているのなら、同じ主が住んでいるのです。外側の土の器が、丼だろうが、湯飲みだろうが、おちょこだろうが関係ありません。かけた茶碗だっていいのです。
このように見てくると、「器」を強調することがいかに間違っているかおわかりだと思います。「無学な普通の人」こそ、力強い復活の証人となるべきです。
「使徒の働き」は、ルカの福音書の続編として、異邦人の医者ルカによって書かれたものです。イエスさまの死後ちょうど30年ぐらい経った頃のことです。イエスさまの死によって全てが終わってしまったかのように見えたのですが、福音はわずかな時間で当時のローマ帝国を揺るがすほど、大きな力をもって広がってゆきます。その結果、クリスチャン達は皇帝ネロによる激しい迫害にあうのですが、ルカはそのことにはいっさい触れていません。このことから、使徒の働きのおおよその執筆年代を割り出すことができるわけです。
ルカはテオピロというローマ人に正しい情報を伝達するために、「ルカの福音書」と「使徒の働き」というふたつの書物を書きました。それぞれの冒頭の部分を見れば、ルカの執筆動機がはっきりと書かれています。(ルカ1:1~4,使徒1:1~2)福音書の続編でもある「使徒の働き:は、教会の誕生から始まり、初代教会の様子が生き生きと描かれています。前半はペテロ、後半はパウロの記事が多くを占めますが、それらはすべて聖霊の働きであり、地上でからだを失ったイエスが、「からだである教会」をコントロールして自由に働かれた記録です。福音書にはイエスさまがいますが、使徒の働きにはイエスさまは出てきません。しかしそれらは、かたちは違っても「イエスさまの記録」です。これは非常に重要な認識です。
ルカはそのことを印象づけるために、「使徒の働き」の冒頭できちんと断っています。「前の書」すなわち「ルカの福音書の記事」は、「イエスが行い始め、教え始められたこと」(使徒1:1)だと言っています。つまり、イエスの活動も教えも十字架と復活で終わったのではなく、継続しているのだと言っているのです。ルカの表現を素直に受け止めれば、「まだ続きがある」というより、「これからが本当の始まりなのだ」と言わんばかりの書き出しになっているのが確認できます。「使徒の働き」の一番終わりの部分を見ても、まるで終わったという印象を受けません。(使徒28:25~30)
この箇所を見れば、異邦人の医者であるルカが自分の使命をどのように考えていたかわかります。福音がユダヤ人だけでなく、異邦人へ、全世界へと広がってゆく過渡期に、律法の知識や唯一の造物主に対する知識が乏しい人たちに、客観的に読んで検証するに足る資料を提供する必要があるとルカは考えていたのです。福音書と使徒の働きの前半は綿密な取材をもとに、「使徒の働き」の後半は自らがパウロに同行して実際に見聞した内容をまとめたのです。繰り返しますが、ルカは医者です。人が死んだら生き返らないことは、誰よりもよく知っています。ルカは常識ではあり得ないことが起こったので、さまざまな噂や教えで混乱する中で、正確な情報を集めたのです。ルカがパウロの伝道旅行に同行したことがどうしてわかるかというと、パウロの書いた手紙のあいさつの中に何度かルカの名前が出てくるのです。パウロは愛する医者としてルカを紹介しています。さらに、「使徒の働き」では、前半は弟子たちのことを「彼ら」と表記していますが、途中から「私たち」に変化します。
具体的に働いたのが「彼ら」であろうが、「私たち」であろうが、それはイエスの働きです。同じ聖霊の力です。ルカはそのことをよく知っていたはずです。
教会を通してなされる聖霊によるイエスの働きは、そのいのちの流れを受け継いで、今日に至るまで脈々と続いているのです。
ですから、私たちが今再び、この「使徒の働き」を学ぶとき、「本来クリスチャンはこのようにあるべき」「このようであるはず」という外側からかせをはめるような読み方をするのではなく、同じいのちが私たちのうちにあるという事実を感じることができるように願うべきです。そしてそのことに驚き、大いに喜ぶことです。そして、私たちさえそのいのちに完全に委ねるなら、主は「今この終わりのときにしようとしておられることをされるのだ」と信じることです。私たちは主から離れて何ごともなすことは出来ません。ですから、主がしてくださることを、ただみことばの約束に期待してとどまるのです。
その点では、当時の弟子たちも私たちと全く同じです。ルカは、「イエスさまは、40日にもわたって繰り返し弟子達の前に現われ、ご自分が間違いなくよみがえって生きておられる証拠を示された」と書いています。(使徒1:3)つまり、「使徒の働き」はすべて、イエスさまの復活が前提になっています。復活が単なる希望を正当化するための教えにすぎないのなら、この後の記録はないはずなのです。復活の事実を確認できなければ、弟子たちのレベルで確信できなければ、ローマ帝国を相手にした福音伝道などできるはずがなかったのです。組織もなく、力もなく、学問もない、ないないづくしの集団です。使徒たちはそれこそ、「イエスの使徒である」という以外何にもない人たちでした。その使徒という資格さえも、世間的には全く通用しない、ユダヤ教ナザレ派とでも呼ばれていた小数の異端者の集まりです。ユダヤ人に対しても異邦人に対しても何の権威もありませんでした。そういう状況だったということをよく知っておくべきです。
イエスさまの命令は、「エルサレムに留まって約束を待て」ということでした。その内容は、聖霊が臨まれると、力を受けるということ、そして、証人になるということです。逆に言えば、聖霊が臨まれない限り、私たちは証人ではないということです。(使徒1:7~8)
さて、「証人」ということについて考えてみたいのですが、復活の場面でも、昇天の場面でも、主の側ではちゃんと御使いをふたり用意されています。御使いひとりでは能力不足ということではありません。「全てのことは、ふたりの証人によって確認されなければならない」からです。(ルカ24:2)(使徒1:10)証人となるということは、それほど大事なことなのです。間違いのない事実としてきちんと確認された事柄が、こうして伝えられてきたわけです。(マタイ26:60~61)(ヘブル10:28)
クリスチャンは復活の証人でなければなりません。証とよく言いますが、私たちがちょっとラッキーだったことを神さまに関連づけて語ることを証だと思ってはいけません。証とは、キリストが復活したという証なのです。
なぜ多くの教会にいのちがないのでしょうか。それは、そもそもそこに、イエスの復活に対する本当の信仰が欠落しているのです。ですから、そのような信仰の中では、どうあがいたところで、文化や道徳のお話にしかなりません。
聖霊ということばやそれに伴う現象を強調したところで、それはキリストの復活とはかけ離れた超常現象に領域にはまってしまいます。
さて、ペテロはイエスさまを裏切って自殺したユダに代わって、12人目の弟子を決めることを提案しています。このくだりを読むと、自分はもっと派手にイエスさまを裏切っておきながら、そのことは棚に上げてよく言うよと思うような激しい口調でユダを非難しています。このことを見て感じるのは、ペテロの明確な生まれ変わりです。ペテロはもう裏切った過去をひきずってはいません。この後もペテロは初代教会のリーダー的存在として活躍しますが、決して罪滅ぼしの為に頑張っているのではないということがわかります。ペテロは旧約聖書の約束にこだわり、みことばの具体的な根拠を元に論を展開していきます。「イエスの復活の証人」としての教会の基礎を築く十二弟子となる資格について、ペテロはこう言っています。それは、「ヨハネのバプテスマから、昇天までの間に、いつも行動をともにしていた人」です。もちろん、ルカもパウロもそれには当たりません。それほどこの使徒職のつとめと地位は特別なものでした。これは当たり前の条件のように思いますが、この世的には当たり前ではありません。この世が何事かを始めようと組織するときは、当然その中核をしめるのは、頭のいい、能力の高い人たちです。ペテロやヤコブは田舎の漁師なのです。生活の知恵はあっても、エリート達と論争できるような学問はありません。当時の指導者たちがどのように使徒を評価したかは、これまたルカが正確に記録しています。
「彼ら(ユダヤの指導者たち)はペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスさまとともにいたのだ、ということがわかって来た」(使徒4:13)と書いてあるとおり、使徒たちが無学であったことが、いっそう証としては効果的に働いているのがわかります。実はこのことが重要なのです。
安倍内閣は教育現場にも市場原理を持ち込んで、早くから競争させ、子どもたちをふるいにかけようとしています。考えてみてください。支配者層にしてもれば、国民の大半は使い捨ての労働力にすぎません。政府は学校に何を期待するでしょう。政府を転覆させるような反対勢力になりうる批判力や行動力を持った人材ではなく、従順な労働者になってくれれば事足りるわけです。百マス計算などが早く正確に出来ればそれでいいわけです。ほとんどの大学がレジャーランドであっても、一部の大学で官僚になる人たちを養えれば後はどうでもよいのです。
神さまはそうではありません。神の国の力は、幼子たちの賛美によってもたらされるのです。私は単純な理由で教団教派を批判するのではありません。自民党内の派閥争いのような発想で私の発言を評価する人は、そもそも何一つわかっていないことを明らかにしています。私が問題にしているのは、みことばに根拠がないところに、この世的な価値観で力を担保し、資格を保障することが間違いだという点です。これらの人間的なやりくりは、証の力を決定的に弱めるのです。その発想は、安倍内閣に代表されるエリート主義と同じです。
聖霊がくだることによって、「キリストがよみがえったのを見た」から、その証は「キリストが私の内側によみがえった」となります。この違いは明白です。このことを具体的に経験していない人は証などしようがないのです。
パウロは「私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリストを宣べ伝えるのだ」と言っています。(Ⅱコリント4:5)さらに、パウロは続けます。「私たちは、この宝を土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。」(Ⅱコリント4:7)これが本来の証の目的であり動機であるべきです。まさにルカが書き送ったように、「聖霊によって力を受ける」のです。決して私たちが力をつけるのではないのです。
器である私たちは、所詮「土」なのです。私たちは、その中にあえて住んでくださる方の偉大さとその祝福を告げ知らせるのです。私たちが証に対して臆病になったり弱気になったりするときは、何か別の資格によって、違った何かを伝えようとしているのです。本当に信じているのなら、同じ主が住んでいるのです。外側の土の器が、丼だろうが、湯飲みだろうが、おちょこだろうが関係ありません。かけた茶碗だっていいのです。
このように見てくると、「器」を強調することがいかに間違っているかおわかりだと思います。「無学な普通の人」こそ、力強い復活の証人となるべきです。
2007年3月22日木曜日
3月11日 まさしくわたしです
(ルカ24:36~53)
クレオパたちが再びエルサレムに戻って、弟子たちに話をしていたところ、イエスさまご自身が現われたのです。イエスさまは弟子たちの「真ん中」に立たれました。「真ん中」はイエスさまに最もふさわしい場所です。私たちの交わりの真ん中には誰がおられますか。あなたの家庭の真ん中には誰がおられますか。あなたの心の真ん中には誰がおられますか。クリスチャンの集まり、クリスチャンの家庭、クリスチャンの心の真ん中におられるのは、イエスさまでなければなりません。黙示録の天の描写においても、教会を表す燭台の中央には、キリストが描かれています。(黙示録1:12)
私たちの交わりは、私たち同士の交わりではありません。御父および御子イエス・キリストとの交わりです。(Ⅰヨハネ1:1~4)
ヨハネは、福音書の冒頭で紹介した永遠のロゴスであり、いのちのことばである方を、手紙の中では、「聞いて、見て、手でさわった」と証言しました。この表現の中には、生前のイエスさまとの交わり、つまり十字架にかかられる前に行動をともにしてきたさまざまな場面での出来事も当然含まれていますが、それ以上に、復活されたイエスさまについて、「聞いて、見て、手でさわった」と言っているのです。だから、手紙の中でさらに続けて「交わりの本質」について語り、喜びについて語っているのです。十字架で終わってしまうなら、それは悲しみです。しかし、復活の事実が信じる者に大きな喜びをもたらします。(ルカ24:42,52)交わりの喜びは、イエスさまが救いを完了され、よみがえってくださったことにあります。
復活は事実であり、弟子たちが捏造した神話ではありません。彼ら自身もイエスがよみがえったのだとは信じなられないで、「霊を見ているのだ」と思ったのです。「復活」に対する反応は、古今東西を問わず共通のものだと言えます。人はみな復活に関しては、似たような態度をとります。「イエスは立派な御方だ」「イエスの教えはすばらしい」「イエスの生き方や言葉に学ぼう」というのは、ある意味で簡単です。そして、それは宗教であり、復活の事実からの逃避です。「死んだ人がよみがえった」というのは、全く違う次元の話です。「私もキリストとともに死んでよみがえる」となると、さらに違う次元の話です。死後にはこういう世界があるかもしれないという単なる想像や希望ではないのです。
パウロは復活について述べた箇所で、「私たちは、この世にあってキリストに単なる希望をおいているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。」(Ⅰコリント15:19)と語っています。
逆に言えば、単なる希望レベルの信仰しか持っていないといたら、それは、聖書が語る信仰ではありません。そしてそういう状態に留まっているとしたら、クリスチャンは、この世の人よりも哀れな状態であるとも言っているのです。一般に教会に不人気の原因は、勿論この世の無関心や不敬虔もありますが、この実質の欠落した教会の無力にあるのです。教会の喜びの源は、立派な行いでも、わかりやすいメッセージでもありません。それらも当然結果の現われとして重要なものですが、それ自体を追い求めるべきものではありません。イエスさまが真ん中に立たれ、そのよみがえった御方を中心にした兄弟姉妹の交わりがベースなのです。立派な行いや、わかりやすいメッセージは、そういう交わりに支えられ、イエスさまのよみがえりの力によって導かれるのです。イエスという死からよみがえった御方が重要なのです。
当時の先進的都市国家であるアテネの住民は、パウロの言うことにも熱心に耳を傾けましたが、話が復活のことに及ぶと、突然興味を失いました。それは、彼らの経験や感覚の中では、非現実的、不合理な話だからです。
また、復活のあるなしは、ユダヤ教徒であるサドカイ派とパリサイ派をふたつに分けました。「復活はない」と主張するサドカイ派は、あり得ない結婚の例を出して、イエスさまに論争をいどんだこともありました。そして、パウロも全議会の前で大祭司に質問をされたとき、そのことを意図的に利用して、内輪もめを起こさせています。それぐらい復活の問題は重要な分水嶺なのです。しかし、表面的には、所詮神学論争のネタとして取り扱われているにすぎません。
パウロはよみがえった御方と実際に会い、語りかけを受けています。この違いは何と大きいことでしょう。(使徒23:6,11)
また、アグリッパとフェストの前でもパウロは誤解を恐れず、大胆に復活を語りました。(使徒26:23)このときのフェストのパウロのやりとりは実に面白いものです。
「気が狂っているぞ。パウロ。博学があなたの気を狂わせている。」「フェスト閣下。気は狂っておりません。私は、まじめな真理のことばを話しています。」
(使徒26:34~35)復活の話など、無知蒙昧な庶民が信じているのならまだしも、地位も学問もあるパウロのような人物が語るにはふさわしくないとフェストは考えたわけです。勿論、パウロはそういうフェスとの反応は予想できたはずですが、私たちは聞き手に媚びて、受け入れやすいような話をするために証を立てるのではありません。パウロの証言はほれぼれするほど明快です。しかし、実際よみがえりの事実を知らなければ、フェストのように考えることのほうがむしろ普通なのです。
弟子たちでさえ、「墓が空になっていた」という女たちの報告を受けても、それをたわごとと聞き流し、なかなかイエスさまの復活の事実を受け止められませんでした。弟子たちは、イエスさまの生前にも、イエスさま御本人を幽霊だと言って、おびえて叫び声をあげています。彼らは暴風の中、湖の上を歩くイエスさまを見たからです。(マルコ6:45~52)
幽霊というのは、つかみどころのない存在です。それは、実体をともなわない一時的な現象のようでさえあります。よく言われるのは、自分の不安や恐怖を投影した幻や目の錯覚だということです。
そんな人間の考えることや、この世の常識を知っておられますから、イエスさまは、あえてこんなことをおっしゃっています。「わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています。」(ルカ24:39)
墓は空になりました。体が残って霊だけが現れたのではなく、その墓に葬られた体が今目の前に来られているのです。「彼はハデスに捨て置かれず、その肉体は朽ち果てない」(使徒2:31)と語られているとおり、体が極めて重要な意味を持っています。具体的に手や足を示されたのは、そこに十字架のしるし、釘の跡を見せるためです。イエスさまは、「まさしくわたしです」とおっしゃっています。極めつけに、体の証拠として、焼き魚まで召し上がっています。このように、イエスさまのよみがえりを複数の弟子たちが具体的な事実をもってはっきり確認したのです。
このことから言えることは、「生前の姿かたちの同一性を一定以上保持している」ということと、「地上での主とともに歩んできた記憶が保存される」ということです。この「まさしくわたしです」というイエスさまおことばの中に私は少なくとも、そんな主の語りかけを感じます。
イエスさまはよみがえられる前から、信仰によって、「死は一時的な眠りである」と証言されています。(ルカ8:52,ヨハネ11:11)ヤイロの娘とラザロについて語られたことばです。イエスさまは、ただ死者をよみがえらせて、ご自分の力を誇示されたのではありません。それは、ご自身の十字架と復活の予告であり、確証でもありました。イエスさまは、「肉体が滅んでも霊は不滅だ」ということばで、気休めを与えられたのではありませんでした。本当に死者をよみがえらせてくださったのです。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)これは、ものすごいことばです。ここに私たちは、十字架に架かられる前に、すでにご自身を「よみがえり」として紹介されたイエスさまの信仰を見なければなりません。
最後に「主は予定を変更される」ということ、「主が心を開いてくださる」ということ、このふたつの点について触れておきましょう。
ガリラヤ湖の上を歩いておられるイエスさまの目的は、向こう岸のベツサイダに行くことでした。水上歩行は、証拠のための奇跡というよりは、舟代わりの交通手段だったと言えます。ですから、イエスさまは弟子たちのそばを通り過ぎるだけのおつもりだった(マルコ6:48)と書いてあります。それなのに、弟子たちの様子を見て、予定を変更して彼らの舟に乗り込んでおられます。
クレオパたちの家で交わりを持たれたのも、彼らがそれを強く望んだからです。イエスさまはまだ先へ行きそうなご様子だったのです。(ルカ24:28)もともとエレサレムへ戻るつもりだったのか、クレオパたちを追いかけて、さらに予定を変更されたのでしょうか。それはわかりません。
主のみこころ、主のみことばは、100パーセントの確率で確実に成就します。しかし、そこには人間の自由意思が大きく反映されます。主がなさることは、私たちが心から願うこと、望むことと、深く関連しているのです。主は愛と憐れみにあふれた御方です。ですから、私たちが恐れや不安にさいなまれながらも、少なくとも、イエスという御方を信頼し、この方に希望を託すとき、いつでも、必ず答えをくださる。折りにかなった助けをくださるのです。
もうひとつのおもしろいのは、イエスさまのよみがえり前の記事では、「弟子たちの心は閉じていた」と書いてあることです。ところが、よみがえられたイエスさまは、「聖書を悟らせるため」に、弟子たちの「心を開いてくださった」と書いてあります。人の願うこと、望むことが大切だと申しましたが、いのちは肉の欲求や人の意欲とは関係がありません。この方を受け入れることにかかっているのです。よみがえりのいのちの経験と交わりは、この御方を受け入れた結果与えられる特権です。これが聖書の言うところの「悟り」です。
深い思索や、純粋な心や、豊かな感受性の結果、信仰に至るのではありません。私たちの悟りは、主が私たちの心開いてくださった結果なのです。献身して神学校や聖書学校に行って、原語や神学を学んだところで、悟りは得られません。このバランスが極めて重要です。人の願いや努力で、救いに値する者であろうとがんばる人がします。逆に、救いは人の願いや努力ではないという頭の理解によって、無気力かつ他人まかせになって、単なる希望を告白するだけで、よみがえりのいのちを経験しない人がいます。
大切なことは、イエスさまの復活の証人として、約束のみことばに留まり続けることです。そうすれば大きな喜びが、私たちを包みます。私たちは何かにかき立てられずとも、いつもこの方をほめたたえずにはいられなくなります。
(ルカ24:50~53)
クレオパたちが再びエルサレムに戻って、弟子たちに話をしていたところ、イエスさまご自身が現われたのです。イエスさまは弟子たちの「真ん中」に立たれました。「真ん中」はイエスさまに最もふさわしい場所です。私たちの交わりの真ん中には誰がおられますか。あなたの家庭の真ん中には誰がおられますか。あなたの心の真ん中には誰がおられますか。クリスチャンの集まり、クリスチャンの家庭、クリスチャンの心の真ん中におられるのは、イエスさまでなければなりません。黙示録の天の描写においても、教会を表す燭台の中央には、キリストが描かれています。(黙示録1:12)
私たちの交わりは、私たち同士の交わりではありません。御父および御子イエス・キリストとの交わりです。(Ⅰヨハネ1:1~4)
ヨハネは、福音書の冒頭で紹介した永遠のロゴスであり、いのちのことばである方を、手紙の中では、「聞いて、見て、手でさわった」と証言しました。この表現の中には、生前のイエスさまとの交わり、つまり十字架にかかられる前に行動をともにしてきたさまざまな場面での出来事も当然含まれていますが、それ以上に、復活されたイエスさまについて、「聞いて、見て、手でさわった」と言っているのです。だから、手紙の中でさらに続けて「交わりの本質」について語り、喜びについて語っているのです。十字架で終わってしまうなら、それは悲しみです。しかし、復活の事実が信じる者に大きな喜びをもたらします。(ルカ24:42,52)交わりの喜びは、イエスさまが救いを完了され、よみがえってくださったことにあります。
復活は事実であり、弟子たちが捏造した神話ではありません。彼ら自身もイエスがよみがえったのだとは信じなられないで、「霊を見ているのだ」と思ったのです。「復活」に対する反応は、古今東西を問わず共通のものだと言えます。人はみな復活に関しては、似たような態度をとります。「イエスは立派な御方だ」「イエスの教えはすばらしい」「イエスの生き方や言葉に学ぼう」というのは、ある意味で簡単です。そして、それは宗教であり、復活の事実からの逃避です。「死んだ人がよみがえった」というのは、全く違う次元の話です。「私もキリストとともに死んでよみがえる」となると、さらに違う次元の話です。死後にはこういう世界があるかもしれないという単なる想像や希望ではないのです。
パウロは復活について述べた箇所で、「私たちは、この世にあってキリストに単なる希望をおいているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。」(Ⅰコリント15:19)と語っています。
逆に言えば、単なる希望レベルの信仰しか持っていないといたら、それは、聖書が語る信仰ではありません。そしてそういう状態に留まっているとしたら、クリスチャンは、この世の人よりも哀れな状態であるとも言っているのです。一般に教会に不人気の原因は、勿論この世の無関心や不敬虔もありますが、この実質の欠落した教会の無力にあるのです。教会の喜びの源は、立派な行いでも、わかりやすいメッセージでもありません。それらも当然結果の現われとして重要なものですが、それ自体を追い求めるべきものではありません。イエスさまが真ん中に立たれ、そのよみがえった御方を中心にした兄弟姉妹の交わりがベースなのです。立派な行いや、わかりやすいメッセージは、そういう交わりに支えられ、イエスさまのよみがえりの力によって導かれるのです。イエスという死からよみがえった御方が重要なのです。
当時の先進的都市国家であるアテネの住民は、パウロの言うことにも熱心に耳を傾けましたが、話が復活のことに及ぶと、突然興味を失いました。それは、彼らの経験や感覚の中では、非現実的、不合理な話だからです。
また、復活のあるなしは、ユダヤ教徒であるサドカイ派とパリサイ派をふたつに分けました。「復活はない」と主張するサドカイ派は、あり得ない結婚の例を出して、イエスさまに論争をいどんだこともありました。そして、パウロも全議会の前で大祭司に質問をされたとき、そのことを意図的に利用して、内輪もめを起こさせています。それぐらい復活の問題は重要な分水嶺なのです。しかし、表面的には、所詮神学論争のネタとして取り扱われているにすぎません。
パウロはよみがえった御方と実際に会い、語りかけを受けています。この違いは何と大きいことでしょう。(使徒23:6,11)
また、アグリッパとフェストの前でもパウロは誤解を恐れず、大胆に復活を語りました。(使徒26:23)このときのフェストのパウロのやりとりは実に面白いものです。
「気が狂っているぞ。パウロ。博学があなたの気を狂わせている。」「フェスト閣下。気は狂っておりません。私は、まじめな真理のことばを話しています。」
(使徒26:34~35)復活の話など、無知蒙昧な庶民が信じているのならまだしも、地位も学問もあるパウロのような人物が語るにはふさわしくないとフェストは考えたわけです。勿論、パウロはそういうフェスとの反応は予想できたはずですが、私たちは聞き手に媚びて、受け入れやすいような話をするために証を立てるのではありません。パウロの証言はほれぼれするほど明快です。しかし、実際よみがえりの事実を知らなければ、フェストのように考えることのほうがむしろ普通なのです。
弟子たちでさえ、「墓が空になっていた」という女たちの報告を受けても、それをたわごとと聞き流し、なかなかイエスさまの復活の事実を受け止められませんでした。弟子たちは、イエスさまの生前にも、イエスさま御本人を幽霊だと言って、おびえて叫び声をあげています。彼らは暴風の中、湖の上を歩くイエスさまを見たからです。(マルコ6:45~52)
幽霊というのは、つかみどころのない存在です。それは、実体をともなわない一時的な現象のようでさえあります。よく言われるのは、自分の不安や恐怖を投影した幻や目の錯覚だということです。
そんな人間の考えることや、この世の常識を知っておられますから、イエスさまは、あえてこんなことをおっしゃっています。「わたしの手やわたしの足を見なさい。まさしくわたしです。わたしにさわって、よく見なさい。霊ならこんな肉や骨はありません。わたしは持っています。」(ルカ24:39)
墓は空になりました。体が残って霊だけが現れたのではなく、その墓に葬られた体が今目の前に来られているのです。「彼はハデスに捨て置かれず、その肉体は朽ち果てない」(使徒2:31)と語られているとおり、体が極めて重要な意味を持っています。具体的に手や足を示されたのは、そこに十字架のしるし、釘の跡を見せるためです。イエスさまは、「まさしくわたしです」とおっしゃっています。極めつけに、体の証拠として、焼き魚まで召し上がっています。このように、イエスさまのよみがえりを複数の弟子たちが具体的な事実をもってはっきり確認したのです。
このことから言えることは、「生前の姿かたちの同一性を一定以上保持している」ということと、「地上での主とともに歩んできた記憶が保存される」ということです。この「まさしくわたしです」というイエスさまおことばの中に私は少なくとも、そんな主の語りかけを感じます。
イエスさまはよみがえられる前から、信仰によって、「死は一時的な眠りである」と証言されています。(ルカ8:52,ヨハネ11:11)ヤイロの娘とラザロについて語られたことばです。イエスさまは、ただ死者をよみがえらせて、ご自分の力を誇示されたのではありません。それは、ご自身の十字架と復活の予告であり、確証でもありました。イエスさまは、「肉体が滅んでも霊は不滅だ」ということばで、気休めを与えられたのではありませんでした。本当に死者をよみがえらせてくださったのです。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)これは、ものすごいことばです。ここに私たちは、十字架に架かられる前に、すでにご自身を「よみがえり」として紹介されたイエスさまの信仰を見なければなりません。
最後に「主は予定を変更される」ということ、「主が心を開いてくださる」ということ、このふたつの点について触れておきましょう。
ガリラヤ湖の上を歩いておられるイエスさまの目的は、向こう岸のベツサイダに行くことでした。水上歩行は、証拠のための奇跡というよりは、舟代わりの交通手段だったと言えます。ですから、イエスさまは弟子たちのそばを通り過ぎるだけのおつもりだった(マルコ6:48)と書いてあります。それなのに、弟子たちの様子を見て、予定を変更して彼らの舟に乗り込んでおられます。
クレオパたちの家で交わりを持たれたのも、彼らがそれを強く望んだからです。イエスさまはまだ先へ行きそうなご様子だったのです。(ルカ24:28)もともとエレサレムへ戻るつもりだったのか、クレオパたちを追いかけて、さらに予定を変更されたのでしょうか。それはわかりません。
主のみこころ、主のみことばは、100パーセントの確率で確実に成就します。しかし、そこには人間の自由意思が大きく反映されます。主がなさることは、私たちが心から願うこと、望むことと、深く関連しているのです。主は愛と憐れみにあふれた御方です。ですから、私たちが恐れや不安にさいなまれながらも、少なくとも、イエスという御方を信頼し、この方に希望を託すとき、いつでも、必ず答えをくださる。折りにかなった助けをくださるのです。
もうひとつのおもしろいのは、イエスさまのよみがえり前の記事では、「弟子たちの心は閉じていた」と書いてあることです。ところが、よみがえられたイエスさまは、「聖書を悟らせるため」に、弟子たちの「心を開いてくださった」と書いてあります。人の願うこと、望むことが大切だと申しましたが、いのちは肉の欲求や人の意欲とは関係がありません。この方を受け入れることにかかっているのです。よみがえりのいのちの経験と交わりは、この御方を受け入れた結果与えられる特権です。これが聖書の言うところの「悟り」です。
深い思索や、純粋な心や、豊かな感受性の結果、信仰に至るのではありません。私たちの悟りは、主が私たちの心開いてくださった結果なのです。献身して神学校や聖書学校に行って、原語や神学を学んだところで、悟りは得られません。このバランスが極めて重要です。人の願いや努力で、救いに値する者であろうとがんばる人がします。逆に、救いは人の願いや努力ではないという頭の理解によって、無気力かつ他人まかせになって、単なる希望を告白するだけで、よみがえりのいのちを経験しない人がいます。
大切なことは、イエスさまの復活の証人として、約束のみことばに留まり続けることです。そうすれば大きな喜びが、私たちを包みます。私たちは何かにかき立てられずとも、いつもこの方をほめたたえずにはいられなくなります。
(ルカ24:50~53)
3月4日 エマオ途上にて
ルカ24:13~35
「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られたこと、また聖書に従って三日目によみがえらえたこと、またケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。」(Ⅰコリント15:2~5)
パウロは、十字架の死と三日目のよみがえりの事実こそが福音の中心であり、それらは、すべて「聖書の記述通りである」ということが大事なのだと強調しています。
イエスさまのよみがえりは、週のはじめの日のことでした。
その日の夕方、ふたりの弟子がエルサレムからエマオへ向かっていました。クレオパという弟子ともうひとりの人です。このクレオパという人物に関してですが、イエスさまの十字架の傍らにいた女たちの中にクロパの妻でマリヤという人がいた(ヨハネ19:25)とヨハネは記しています。このクロパがクレオパと同一人物だとすると、もうひとりは妻のマリヤだというこうことになり、いろんな点で辻褄はあってきます。いずれにしても、この記事は偉大な復活を遂げられたイエスさまが、エルサレムからの帰路に着くたったふたりの人のために現れてくださったことをルカが書き留めたものです。
彼らはふたりともイエスさまの弟子で、その道すがら十字架とよみがえりについて語り合っていたのです。ふたりは、「何の話をしているのか」というイエスさまの質問に対して暗い顔つきになっています。また、その後の受け答えを見ても、イエスさまの死を深く悲しんでいたことがわかります。
彼らは、「イエスは行いにもことばにも力のある預言者だと信じていたこと」そして、「イスラエルの解放者として望みをかけていた」ということ告白しています。しかしそれはもう過ぎ去ったことであり、むなしい期待であり、かなわぬ望みであったと報告しています。よみがえりのうわさについても、「・・・と言うのです。」(ルカ24:23,24)というように、どちらかと言えば、事実ではない誤った情報として聞き流している印象を受けます。ここでクレオパたちが語っている内容は、十字架と復活に関する一般的な理解です。復活という事実ではなく、「そういうふうに言われている」という事実です。
この世は福音を聞き流しています。復活などあり得ないと思っているからです。復活を信じている人たちがいることを了解はしていますが、自らそれを信じようとはしないのです。正しい人が十字架に架けられて殺されることは、ほとんどありませんがおこりうることです。しかし、完全に死んだ人が、葬られてから三日目によみがえるなどということは、絶対にあり得ないことです。だから、多くの人々は福音を聞き流すのであり、信仰を自称する人たちも、先に語った大事なことがすっぽり抜け落ちた道徳や文化として伝承してきたのです。
しかし、誰が信じようが信じまいが、復活は事実です。多くの人が信じたから嘘が本当になるわけでもないし、多くの人が信じなかったから本当が嘘になるわけでもありません。
イエスさまは復活され、信じる者も復活するのです。
半信半疑の弟子たちの前に、突如よみがえられた姿で現れることは、問答無用で圧倒的な力業です。しかし、イエスさまはそういう押しつけはされません。
まず、空の墓をお見せになり、御使いたちにメッセージを与えました。嘆き悲しむ女たちの前に静かに現われ、やさしくその名を呼ばれました。
今回も主は、前からお越しになるのでも、上からお越しになるのでもなく、ふたりの進むのと同じ向きに同じスピードで同じ歩幅で歩まれました。彼らが暗い顔つきになって立ち止まったとき、イエスさまもまた同じように立ち止まられたのです。そして、「歩きながら、ふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」(ルカ24:17)と控えめに質問されました。
主は、私たちにおたずねになります。もちろんイエスさまは、ふたりがご自分のことについて話し合っているのを知っておられました。知っていて、お尋ねになります。「何を見ているのか。」「何を話しているのか。」と。主は私たちの心の中にあるものを出させます。そして、私たちの信仰を問われます。私たちは何を信じ、何を疑っているのでしょう。
イエスさまは言われました。
「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光に入るはずではなかったのですか。」(ルカ24:25~26)
そこで、みことばです。みことばの預言、そしてその成就は、よみがえらえたイエスさまとお会いしたこと以上に重要なのです。イエスさまは、「ほら、私はよみがえってこうしてここにいるではありませんか」とは言われなかったのです。ご自身を示さず、聖書に注目させました。聖書はイエスさまについて書かれています。(ヨハネ5:39~40)
よみがえったイエスさまが、ご自身のよみがえりの事実以上にみことばの権威を重んじられたことは、どれほど強調しても足りないぐらいです。ここに書かれている聖書とは旧約聖書のことです。そして、その範囲はモーセの五書を含む、あらゆる預言者の書です。聖書の一部ではなく、聖書全体から解き明かされたのです。キーワードはイエスさまです。ご自分についてかいてある事柄を解き明かされたのです。旧約聖書からイエスを見つけ出すこと、これが正しい読み方、味わい方です。イエスさまを見出すことがいのちを見出すことなのです。
さらに、クレオパたちがよみがえったイエスさまを見ているときには、それがイエスさまだとわからず、それがイエスさまだとわかったときには、イエスさまのお姿は見えなくなったというのも、象徴的です。
これらのことを考えるとき、多くの人たちが語るふしぎな体験や幻は、その信憑性が怪しくなってきます。私は大まかに言って、その半分は本人の思いこみであり、もう半分は本当に見聞きしたのだと思います。しかし、本当に見聞きしたものの、その出所は怪しいと考えています。サタンも光の御使いを装うと書かれています。
そういう特別な経験をした人たちは、イエスさまが夢枕に現れて何やらを指示したとか、自分の行く道に黄金の十字架が見えて、人生の選択がわかったとか言います。こういうことを主張する人たちは、「みことばを見る限り、そういう導きはありそうもないですよ」と、誰かから正しい忠告を受けたとしても、まず、聞く耳を持ちません。
あるいは、聖書全体のバランスや調和を無視して、みことばが与えられたと強調します。こうなるとどうしようもないです。
ペテロはキリストの威光の目撃者であり、天からの声も直接聞いています。しかし、そのような体験にもましてみことばが大切だと言っています。みことばを重んじるに当たっては、私的解釈や曲解は禁物だと言っています。(Ⅱペテロ1:16~21)
このとき、イエスさまがクレオパたちにときあかされたメッセージが、ペテロ(使徒2:22~36)やピリポ(使徒8:26~35)メッセージの原型になっているはずです。いずれもメッセージのポイントはイエスさまです。
はじめ、ふたりの目はさえぎられていました。(ルカ24:16)後に、彼らの目は開かれました。(ルカ24:31)
彼らの目を開いたのは主です。そして、人は目が開かれなければ、主を見ることはありません。目を開かせた鍵は、みことばです。いのちのことばの中に人となられたイエスさまを発見したときに、目が開かれるのです。目が開かれたのは、イエスさまがパンを取って祝福し、裂いて彼らにわたした瞬間でした。イエスさまは私たちの外側には、もう見えません。よみがえらえた主は、私たちの内なる方として、私たち自身のただ中におられ、私たちを内側から満たしてくださるのです。
十字架に架かられたのは、パンが裂かれるためです。パンは裂かれることにより私たちの口に入る大きさになりました。それが、私たちの手に渡り、私たちはそれをいただくとき、私たちは生きるのです。パンはイエスさまの御体であり、みことばの中にあるイエスさまです。
イエスさまが見えなくなって後、ふたりはまた話し合います。
「道々お話になっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちは心のうちに燃えていたではないか。」(ルカ24:32)
これこそ、最も顕著な聖霊の働きであり、神の臨在の証です。私たちは主の臨在の証をどこに求めるでしょうか。それは、私たちの心のうちの静かな喜びであるべきです。意思よりも感情よりも深いところにある、霊の安息です。状況の変化や、思い通りの結果を求めるとき、私たちは安息を見失います。
しかし、イエスご自身を求めるなら、イエスご自身がともにいて、私たちを内側から満たしてくださるのです。人間は肉にまかせれば、外側を快適にしようと働きかけることにあくせくするものです。しかし、私たちを取り巻く状況とは無関係に、主は常に私たちを内側から満たしてくださる方なのです。
クリスチャンが自分の外側に祝福のしるしや主ご自身以外の何かを求めるとき、それはその人だけの特別な誇りや奢りになる可能性があります。しかし、私のうちにおられ、私を満たす御方が兄弟姉妹ひとりひとりを満たすのです。真理はすぐれた兄弟の導きや預言の中にあるのではなく、誰もが手にすることができる聖書の中にのみあるのです。
「あなたがたはイエス・キリストを見てはいないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びに踊っています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」(Ⅰペテロ1:8~9)
パウロは次のように記しています。「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。私たちはみな顔のおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによります。」(Ⅱコリント3:16~18)
なぜ、私たちはみことばによって励まされ、慰めなれるのでしょうか。私たちが信仰をもってみことばを開くとき、このように主の御霊が語る者、聞く者に働きかけるからです。私たちのおおいを取り除いてくださるのです。
クレオパたちは、エルサレムへまた戻ってこの喜びを弟子達に伝えています。
「すぐさま立って」(ルカ24:33)と書いてありますが、エルサレムからついさっき帰ってきたばかりで、日はもう傾いており、その距離は11キロもあります。それなのに、彼らはじっとしていられずにエリサレムに戻ったのです。なぜでしょう。心のうちが燃えていたからです。心が燃えていないのに、無理をするとすり切れてしまいます。しかし、御霊が燃えていたなら、私たちの新しいいのちは同じところに留まることができないのです。
「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られたこと、また聖書に従って三日目によみがえらえたこと、またケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。」(Ⅰコリント15:2~5)
パウロは、十字架の死と三日目のよみがえりの事実こそが福音の中心であり、それらは、すべて「聖書の記述通りである」ということが大事なのだと強調しています。
イエスさまのよみがえりは、週のはじめの日のことでした。
その日の夕方、ふたりの弟子がエルサレムからエマオへ向かっていました。クレオパという弟子ともうひとりの人です。このクレオパという人物に関してですが、イエスさまの十字架の傍らにいた女たちの中にクロパの妻でマリヤという人がいた(ヨハネ19:25)とヨハネは記しています。このクロパがクレオパと同一人物だとすると、もうひとりは妻のマリヤだというこうことになり、いろんな点で辻褄はあってきます。いずれにしても、この記事は偉大な復活を遂げられたイエスさまが、エルサレムからの帰路に着くたったふたりの人のために現れてくださったことをルカが書き留めたものです。
彼らはふたりともイエスさまの弟子で、その道すがら十字架とよみがえりについて語り合っていたのです。ふたりは、「何の話をしているのか」というイエスさまの質問に対して暗い顔つきになっています。また、その後の受け答えを見ても、イエスさまの死を深く悲しんでいたことがわかります。
彼らは、「イエスは行いにもことばにも力のある預言者だと信じていたこと」そして、「イスラエルの解放者として望みをかけていた」ということ告白しています。しかしそれはもう過ぎ去ったことであり、むなしい期待であり、かなわぬ望みであったと報告しています。よみがえりのうわさについても、「・・・と言うのです。」(ルカ24:23,24)というように、どちらかと言えば、事実ではない誤った情報として聞き流している印象を受けます。ここでクレオパたちが語っている内容は、十字架と復活に関する一般的な理解です。復活という事実ではなく、「そういうふうに言われている」という事実です。
この世は福音を聞き流しています。復活などあり得ないと思っているからです。復活を信じている人たちがいることを了解はしていますが、自らそれを信じようとはしないのです。正しい人が十字架に架けられて殺されることは、ほとんどありませんがおこりうることです。しかし、完全に死んだ人が、葬られてから三日目によみがえるなどということは、絶対にあり得ないことです。だから、多くの人々は福音を聞き流すのであり、信仰を自称する人たちも、先に語った大事なことがすっぽり抜け落ちた道徳や文化として伝承してきたのです。
しかし、誰が信じようが信じまいが、復活は事実です。多くの人が信じたから嘘が本当になるわけでもないし、多くの人が信じなかったから本当が嘘になるわけでもありません。
イエスさまは復活され、信じる者も復活するのです。
半信半疑の弟子たちの前に、突如よみがえられた姿で現れることは、問答無用で圧倒的な力業です。しかし、イエスさまはそういう押しつけはされません。
まず、空の墓をお見せになり、御使いたちにメッセージを与えました。嘆き悲しむ女たちの前に静かに現われ、やさしくその名を呼ばれました。
今回も主は、前からお越しになるのでも、上からお越しになるのでもなく、ふたりの進むのと同じ向きに同じスピードで同じ歩幅で歩まれました。彼らが暗い顔つきになって立ち止まったとき、イエスさまもまた同じように立ち止まられたのです。そして、「歩きながら、ふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」(ルカ24:17)と控えめに質問されました。
主は、私たちにおたずねになります。もちろんイエスさまは、ふたりがご自分のことについて話し合っているのを知っておられました。知っていて、お尋ねになります。「何を見ているのか。」「何を話しているのか。」と。主は私たちの心の中にあるものを出させます。そして、私たちの信仰を問われます。私たちは何を信じ、何を疑っているのでしょう。
イエスさまは言われました。
「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光に入るはずではなかったのですか。」(ルカ24:25~26)
そこで、みことばです。みことばの預言、そしてその成就は、よみがえらえたイエスさまとお会いしたこと以上に重要なのです。イエスさまは、「ほら、私はよみがえってこうしてここにいるではありませんか」とは言われなかったのです。ご自身を示さず、聖書に注目させました。聖書はイエスさまについて書かれています。(ヨハネ5:39~40)
よみがえったイエスさまが、ご自身のよみがえりの事実以上にみことばの権威を重んじられたことは、どれほど強調しても足りないぐらいです。ここに書かれている聖書とは旧約聖書のことです。そして、その範囲はモーセの五書を含む、あらゆる預言者の書です。聖書の一部ではなく、聖書全体から解き明かされたのです。キーワードはイエスさまです。ご自分についてかいてある事柄を解き明かされたのです。旧約聖書からイエスを見つけ出すこと、これが正しい読み方、味わい方です。イエスさまを見出すことがいのちを見出すことなのです。
さらに、クレオパたちがよみがえったイエスさまを見ているときには、それがイエスさまだとわからず、それがイエスさまだとわかったときには、イエスさまのお姿は見えなくなったというのも、象徴的です。
これらのことを考えるとき、多くの人たちが語るふしぎな体験や幻は、その信憑性が怪しくなってきます。私は大まかに言って、その半分は本人の思いこみであり、もう半分は本当に見聞きしたのだと思います。しかし、本当に見聞きしたものの、その出所は怪しいと考えています。サタンも光の御使いを装うと書かれています。
そういう特別な経験をした人たちは、イエスさまが夢枕に現れて何やらを指示したとか、自分の行く道に黄金の十字架が見えて、人生の選択がわかったとか言います。こういうことを主張する人たちは、「みことばを見る限り、そういう導きはありそうもないですよ」と、誰かから正しい忠告を受けたとしても、まず、聞く耳を持ちません。
あるいは、聖書全体のバランスや調和を無視して、みことばが与えられたと強調します。こうなるとどうしようもないです。
ペテロはキリストの威光の目撃者であり、天からの声も直接聞いています。しかし、そのような体験にもましてみことばが大切だと言っています。みことばを重んじるに当たっては、私的解釈や曲解は禁物だと言っています。(Ⅱペテロ1:16~21)
このとき、イエスさまがクレオパたちにときあかされたメッセージが、ペテロ(使徒2:22~36)やピリポ(使徒8:26~35)メッセージの原型になっているはずです。いずれもメッセージのポイントはイエスさまです。
はじめ、ふたりの目はさえぎられていました。(ルカ24:16)後に、彼らの目は開かれました。(ルカ24:31)
彼らの目を開いたのは主です。そして、人は目が開かれなければ、主を見ることはありません。目を開かせた鍵は、みことばです。いのちのことばの中に人となられたイエスさまを発見したときに、目が開かれるのです。目が開かれたのは、イエスさまがパンを取って祝福し、裂いて彼らにわたした瞬間でした。イエスさまは私たちの外側には、もう見えません。よみがえらえた主は、私たちの内なる方として、私たち自身のただ中におられ、私たちを内側から満たしてくださるのです。
十字架に架かられたのは、パンが裂かれるためです。パンは裂かれることにより私たちの口に入る大きさになりました。それが、私たちの手に渡り、私たちはそれをいただくとき、私たちは生きるのです。パンはイエスさまの御体であり、みことばの中にあるイエスさまです。
イエスさまが見えなくなって後、ふたりはまた話し合います。
「道々お話になっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちは心のうちに燃えていたではないか。」(ルカ24:32)
これこそ、最も顕著な聖霊の働きであり、神の臨在の証です。私たちは主の臨在の証をどこに求めるでしょうか。それは、私たちの心のうちの静かな喜びであるべきです。意思よりも感情よりも深いところにある、霊の安息です。状況の変化や、思い通りの結果を求めるとき、私たちは安息を見失います。
しかし、イエスご自身を求めるなら、イエスご自身がともにいて、私たちを内側から満たしてくださるのです。人間は肉にまかせれば、外側を快適にしようと働きかけることにあくせくするものです。しかし、私たちを取り巻く状況とは無関係に、主は常に私たちを内側から満たしてくださる方なのです。
クリスチャンが自分の外側に祝福のしるしや主ご自身以外の何かを求めるとき、それはその人だけの特別な誇りや奢りになる可能性があります。しかし、私のうちにおられ、私を満たす御方が兄弟姉妹ひとりひとりを満たすのです。真理はすぐれた兄弟の導きや預言の中にあるのではなく、誰もが手にすることができる聖書の中にのみあるのです。
「あなたがたはイエス・キリストを見てはいないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びに踊っています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」(Ⅰペテロ1:8~9)
パウロは次のように記しています。「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。私たちはみな顔のおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによります。」(Ⅱコリント3:16~18)
なぜ、私たちはみことばによって励まされ、慰めなれるのでしょうか。私たちが信仰をもってみことばを開くとき、このように主の御霊が語る者、聞く者に働きかけるからです。私たちのおおいを取り除いてくださるのです。
クレオパたちは、エルサレムへまた戻ってこの喜びを弟子達に伝えています。
「すぐさま立って」(ルカ24:33)と書いてありますが、エルサレムからついさっき帰ってきたばかりで、日はもう傾いており、その距離は11キロもあります。それなのに、彼らはじっとしていられずにエリサレムに戻ったのです。なぜでしょう。心のうちが燃えていたからです。心が燃えていないのに、無理をするとすり切れてしまいます。しかし、御霊が燃えていたなら、私たちの新しいいのちは同じところに留まることができないのです。
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