2007年8月27日月曜日

サマーキャンプ 子どもたちへのメッセージ 「あなたはどこにいるのか」

「あなたはどこにいるのか」
教会の子どもたちもずいぶん成長しました。今日集まったメンバーの中には、身長も親を追い越した子もいます。そして、電車に乗っても大人料金を払わないといけない子がほとんどですね。社会的にも「大人」になりつつあるわけです。
もっと小さい頃は、男の子と女の子が一緒でも裸で走り回っていましたが、今はそういうわけにはいきません。今日はこの後、宿泊しますが、たとえみんなが「気にしないよ」と言っても、夜、男の子と女の子を同じ部屋に寝かせるわけにはいかなくなってきました。
3歳くらいの子どもでも、良いこと悪いことはだいたいわかります。でも、10歳をこえ、12歳、15歳、17歳と進むに従って、「自分の裸」が見えてきます。「裸」というのは、ただ服を脱いだ状態という意味ではありません。自分のありのままの姿や能力という意味です。そういう裸の自分が客観的に測れるようになってきます。
勿論一定の年齢に達しても、幼児的万能感の強い人や、自己中心のナルシストはいます。幼児的万能感というのは、小さい頃、まわりの大人が負けてくれているのに、「本当は自分のほうが強いんだ」と思い込んだりするような性質を色濃く残していることを言います。ナルシストというのは、自分は恥ずかしくて罪深い存在だと思うのではなく、「自分はなんてきれいで、すばらしいんだろう。」と錯覚する傾向の強い人のことを指します。たいていの人は、大人になるとそんなふうには思わず、「自分はどこか足りない、不安定で、汚れた存在であること」に気づきます。そして、これはとても大切な認識です。
「アダムとエバが善悪の知識の木の実を食べて人類に罪が入ったのだ」と本気で信じている人は、残念ながらあまり多くはありません。しかし、聖書はそう言っていますし、事実そのとおりです。創世記の3章を読みましょう。(創世記3:1~13)神様のみことばを軽んじ、契約を破ったふたりは、「善と悪」を知りました。「自分が裸であること」を知ったのです。これが、先ほどから繰り返している大人になることの最も本質的な部分です。だいたいこの地球上を見渡しても、服を着ている生き物なんて、人間以外にはいません。人間だけが万物の霊長だと言いながら、なぜか「服を着ている」のです。動物は裸ですが、「自分が裸であること」を知りません。人間は「自分が裸であること」を知っているので、「服を着ている」のです。「動物は裸だ」という言い方も、人間を中心に考えた比較から生まれて来た表現であって、動物にとっては迷惑な話です。動物から見れば、「どうしてそんな窮屈で不便なものを身にまとっているのだ」となります。
大人になると、今まで見えなかったいろんなものが少しずつ見えてみます。今までは絶対だと思っていた大人、例えば親にしても先生にしても、とんでもなく馬鹿で嫌な奴に思えたりします。自分の裸だけでなく、相手の裸も見えてきます。大人になると、誘惑も増えてきます。してはならないこと、やめておいたほうがよいことにもどんどん引っ張られていきます。神様を知らない人たちにとっては、それが「ばれるか、ばれないか。」「損か得か」ということが判断や行動の基準になるので、一緒に行動すると、ついていけない場面もたくさん出てきます。
今日、大人への入り口にさしかかっている君たちに伝えたいことは、神様の前の君たちの態度についてです。教会の子どもたちだから、悪いこと、恥ずかしいことをしちゃいけないよというような話はしません。もちろん悪いこと、恥ずかしいことはしてはいけません。でも、そう言われて正しく生きられるくらいだったら、わざわざイエスさまは十字架にかかる必要はないのです。
Ⅰサムエル2:26 3:18サムエルという預言者がいました。彼はダビデに油を注いだすばらしい預言者で、生まれたときから神さまに捧げられた子です。幼い頃から福音を聞いてきた君たちには、サムエルのように生きてもらえればと思いますが、みんなの母親は、多分サムエルの母ハンナほど、完全な子離れが出来ていません。勿論、父親にはもっと重い責任があります。親たちもさらに成長することが必要です。決して子どもたちだけに重い荷物を背負わせる気はありません。
サムエルの置かれていた状況には、君たちの現状と似ている点があります。それは、とんでもない大人の権威のもとにいたということです。サムエルが仕えていた祭司エリはろくでもない人で、その子どももめちゃくちゃでした。このエリのもとで仕えたサムエルの様子は大変参考になるので、しっかり学んでください。みんなのまわりにも信用できない大人たちがたくさんいて、みんなを嫌な気分にしたりするでしょう。でも、そんな君は誰に仕え、何を大事にして生きていますか。いつも神様の声を聞いて、恥ずかしくない選択をしていますか。サムエルは、いつも主が何を自分に語ってくださるのかを聞こうとする姿勢を持っていたということです。この姿勢を見習って欲しいのです。それは、素直に従う心から生まれます。主の呼びかけに対して、「はい、ここにおります」とすぐに返事をして近づいていく、素直さです。「あなたはどこにいるのか」というのを、今日のお話のテーマにしました。あなたはどこにいるのか。「はい、この部屋にいますよ。」という物理的なことではありません。神様の問いかけです。神様は私たちがどこに隠れようが、何を隠そうがすべてをご存じです。そのことを喜んで、「神様ありがとうございます。」「私はここにいますよ。」いつも良いお返事が出来ますかという意味です。人は罪を犯すと、「あなたはどこにいるのか。」という神様の問いかけが聞こえにくくなります。仮に聞こえても、「はい。ここにおります。」と答えられなくなっているのです。創世記3章1~13節をテキストに学んでいきます。
この機会に、この箇所からわかる罪の特徴について、整理してみます。ひとつめは「取り繕うこと、ごまかすこと」です。腰のまわりの覆いは、いちじくの葉で造ったのです。これは、神様の声を聞くより先に、目が開かれてすぐにとった行動です。つまり、「裸である」という意識は、「正しく覆われていない」ということです。
2つめは、「神様ではなく自分を見ること」です。いいですか。善悪の知識の実を食べたから、衣服をはがれたのではありませんよ。人間は造られてからずっと裸だったわけです。善悪を知り目が開かれたので、自分たちが裸であること気づいたのです。3つめは、「恐れること」です。罪が入った結果、人はいろんなものを恐れるようになりました。4つめは、「隠れること」です。罪が入った結果、きよい神様のまなざしに耐えられなくなった人間は、隠れても隠れきれないのに、とにかく、神様から逃れようとする性質を持つようになりました。5つめは、「責任転嫁」です。男は女のせいにして、女は蛇のせいにして、「ごめんなさい」とはすぐに言えなくなっています。罪の結果、多くの夫婦はバラバラになってしまいました。 創世記4章に入ると、壮絶な兄弟げんかが起こります。(創世記4:1~8節)実は、人類最初の殺人は兄弟どうしによるものでした。人類ではじめて死んだ人は、老衰でも事故でも病死でもなかったわけです。カインにはアベルを殺すつもりはなかったでしょう。そもそも人が死ぬと言うこと自体どういうことだかわからなかったのです。カインは神様へのいけにえのことで、弟が神様に受け入れられて、自分が拒まれたことに腹がたったのです。カインの間違いは、神様と自分の関係のまずさを兄弟との関係に置き換えたことです。これは罪の5つめの特徴である責任転嫁ですね。カインもアベルもアダムとエバの子どもです。自分たちの失敗と神様の贖いの方法をふたりは幼いころから聞かされていたはずです。(創世記3:21)だから、アベルは信仰によって正しい捧げものを捧げることができたのです。しかし、カインは失敗しました。ふたりが聞いていたのは、いちじくの葉ではなく、皮の衣で造られた着物の話でした。裸を覆うためには、罪のない動物の血が流されなければならないことを、ふたりは子どもたちに伝えていたのです。
人間にとって一番大事なことは、神様との縦の関係です。人との横の関係は、縦の関係がうまくいかなければうまくいかないのです。「横」という漢字を含むことばにも、「横着」「横暴」「横やり」「横流し」「横取り」など、あまり良い意味のものがありませんね。
イエスさまは言われました。「昔の人々に『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない。』と言われたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって、『能なし』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。」(マタイ5:21~22)
幸いみんなは一人っ子ではなく、兄弟姉妹がいるので、その関係の中で、「自分がいかに罪深いか」というのを毎日感じることができるはずです。いいですか。これが兄弟げんかでどちらが言い分があるかという話ではないですよ。私たちの心の中をご覧になるイエスさまがお話になったことばが基準です。
神様が問われるのは、私たちの心の思いや動機であって、「結果」ではありません。思いや動機が正しければ、結果は神様が変えることがおできになります。私たちが足りない部分も祝福して補ってくださることができます。一番大事な神様との縦の関係をしっかり保ち、その上で、横の関係についても大事にしていってください。縦の問題は簡単ですが、横の問題は複雑です。しかし、簡単な縦の問題が解決できれば、難しい横の問題は考えなくても、自然に流れていくのです。
今日は「あなたはどこにいるのか」というテーマでお話しました。毎日、神様はみんなのことを呼んでいます。子は親をさがし、親も子をさがします。そこにいてくれること、笑顔でいてくれることに安心します。たとえ笑顔でも、それが間違った行為からもたらされているなら、そんな姿を発見したときは悲しくなるでしょう。神様の問いかけを聞き取り、素直に答えられるみなさんでいてください。

8月19日 この町にはわたしの民がたくさんいるから

アテネを後にしたパウロは、いよいよコリントにやってきました。コリントという都市は、南ギリシヤの政治・経済の中心でした。ローマ帝国の行政区としては、アカヤ州の首府で、そこには、ローマから派遣された総督がいました。(使徒18:12)ユダヤ人もたくさん住んでいて、会堂管理者クリスポのように一家をあげて信じる者もいましたが、反対する者たちもいました。ルカは結構スペースを割いて、アカヤ州の地方総督であったガリオの決定について触れていますが、これは当時のクリスチャンたちにとってはかなり重要なものでした。福音に反対するユダヤ人は、ローマの権威にすがり、「ローマに認められているユダヤ教の教えとは違うから取り締まってほしい」(使徒18:13)と訴えたのですが、異邦人で信仰のないガリオにとっては、それは全く関心のないことで、「おまえたちの宗教上の問題など勝手に始末をつけろ」という意味のことを言っています。要するに、アカヤ州においては、暗に福音の伝道についても、ユダヤ教と同じレベルで、容認してしまったわけです。
コリントの町は、いろんな人種が入り混じり、貧富の差が激しく、その生活ぶりは軽薄で不道徳だったと言われています。神殿にはたくさんの売春婦がおり、性的な堕落が当たり前に受け入れられていました。こうしたモラルの低さや生活のでたらめさは、みことばの基準によってその間違いを照らし出し、御霊の導きに委ねて矯正されなければ、どうにもなりません。教会の中でもその生活の腐敗ぶりは、すさまじいものでした。この世の価値観がみことばを超えて大きな影響力を持っていました。「コリント式」や「コリント風」と言えば、不節制と性の放縦を意味したそうです。これは、今日の自由主義の先進諸国でも同じことで、みことばを大切にしない信者の暮らしぶりは、とてもクリスチャンとは思えないいい加減なものになるのです。
そんなレベルでありながら、「何が正しいのか」とか、「誰が知恵や権威があるのか」とかという最もらしいテーマでは激しく争って分裂し、それ以外の些細なことでも、兄弟どうしで訴えあっていました。性的な乱れも半端ではなく、普通に遊女と交わり、近親相姦までありました。挙げ句の果てには聖餐式で酔っぱらって大騒ぎする者も大勢したようです。クリスチャンになった人たちがそういう暮らしにどっぷりつかっているような町だったのです。そんな様子は、パウロが書いたコリント人への手紙を読めばよくわかります。(Ⅰコリント1:10,3:3,5:1,6:1,6:15、11:21)
私は、この町に出来た教会に当てられた2通のパウロの手紙は、先ほども少し触れたように、今日の自由主義の先進諸国のキリスト教会にとって、とても重要なものだと思っています。いったい教会とは何であり、その中で何を大切にするべきなのかを丁寧に読む必要があります。それは、「暮らしを清く正しく」とかいういわゆる宗教的なことではありません。神のみことば全体が言わんとするところを無視して、自分たちの組織の教理に都合の良い断片に切り刻むのではなく、この当時のコリントという町に働くサタンとそれを矯正しようとする聖霊の働き丁寧に見ていくべきでしょう。当時コリントの教会に語られたメッセージをきちんと読み取って、その上で、今日の私たちの現状に正しく当てはめる必要があります。コリント人への手紙に限ったことではありませんが、背景や文脈を無視して、耳障りの良いみことばの断片だけを切り取るのは、大きな間違いのもとです。それを相田みつをのカレンダーみたいに、ぺたぺたと教会や自宅に貼るのはどうかと思うし、一部分を教会の中の式典の次第として読むのも、逆にみことばの権威を損なう結果になっていると思います。勿論、本当に必要があって個別に与えられた約束のみことばであるなら別です。でも、すりきれそうな甘ったるいことばとして、みことばを十字架のペンダントのように扱うのは許し難いという思いが、私には常にあるのです。
話は使徒行伝に戻ります。パウロが生まれてから一度も拝んだことのないような無数の偶像に溢れた町アテネの次は、口にするに汚らわしいふしだらな町コリントです。このような町から町へと遣わされたパウロはどんな思いだったでしょうか。100人教会や1000人教会を目指すような牧師や伝道師の暑苦しい使命感に燃えていたと思いますか。
主は、そんなパウロの心を一番よく知っておられ、幻によって励まされました。「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町にはわたしの民がたくさんいるから。」(使徒18:10)パウロはこの主の励ましのことばを握りしめながら、1年半に及んでこの地に腰を据えて神のことばを教え続けたのです。その町に主の計画があり、主の用意された民がいるかどうかがパウロの関心事でした。ただ単に少しでも大きな成果をあげるために伝道旅行をしていたわけでは決してないことがわかります。目に見える現状は、私たちを恐れさせます。それは人間の弱さの常であって、パウロであっても同じです。パウロの偉大な足跡は、パウロの知恵や力がもたらしたものではありません。イエスさまがパウロとともにおられた結果です。パウロが励ましを受けたように、私たちも神様に遣わされてここにいるのなら、私たちが遣わされている町には、私たちがまだ出会っていないだけで、神の民となるべき人たちがたくさん住んでいるのです。だから、私たちは語り続けなければなりません。黙ってはいけないのです。コリントを離れたパウロたちは、続いてエペソへ向かいます。しかし、そこには長く留まらず、カイザリヤに上陸し、エルサレム、そしてアンテオケへと移動します。アンテオケにはしばらくいましたが、また出発し、ガラテヤやフルギヤを次々に巡って、弟子たちを力づけました。(使徒18:22~23)
この一連のパウロの行動は、ケンクレヤで髪をそって立てた誓願と何か関係があるのかも知れません。具体的な誓願の内容はわかりませんが、「神のみこころなら、またあなたがたのところに帰って来ます」と言うことばから察すると、これからの具体的な導きに関して、自分の願うところと神のご計画との葛藤の中で、心に整理をつけるために髪をそったのでしょう。当然、パウロの心の中心を占めていたのは、みこころは何かということです。みこころの中で自分は何をすべきなのかということです。神のみこころを実現していくのは、当然パウロひとりではありません。パウロの働きを補うかのように、パウロが去ったエペソにはアポロという有能な弟子がやって来ます。そして、そのアポロをさらに深い真理へと導くのはプリスキラとアクラという夫婦でした。アポロは雄弁で聖書に通じていた人物です。そ雄弁さも、ただ口がうまいというのではなく、深い学識に基づいたものだったようです。知識においてだけでなく、霊に燃え、イエスのことも正確に語っていました。(使徒18:24)彼が通じていた主の道とは、イザヤの預言にもあったバプテスマのヨハネのメッセージに要約されるものでした。(マタイ3:1~3)アポロのメッセージは間違ってはいませんでしたが、それは福音のほんの入り口にしか過ぎないものでした。それは、罪を悔い改めてキリストを待つという単純なものだったと思われます。
プリスキラとアクラは、そんなアポロのメッセージを吟味し、彼が聖書に通じていること、また、まっすぐにイエスさまを証していることに一定の評価をしましたが、まだ福音の本質や奥義に通じていないことを見て取って、彼を招いてさらに正確に神の道を伝えます。(使徒18:26)これは、非常に麗しい光景です。ここでは、人が人に屈したり、誰かが誰かを師として仰ぐのではなく、そこによみがえられたイエスさまがおられ、ただ偉大な神の道があり、みことばだけが権威を持っています。
いのちに甲乙はなく、兄弟姉妹に優劣はありません。プリスキラとアクラは、有能な働き人を教える勇気と力を持っていました。それは日々よみがえりの主を経験しているところからくる自然な流れでした。アポロもまたさらに正確な道について耳を傾ける謙虚さと真理に対する渇きや主への愛を持っていました。このような兄弟姉妹の交わりは、何と素晴らしいことでしょうか。このような交わりには、組織や派閥や肩書きが入り込む余地はどこにもありません。もし、プリスキラとアクラが、アポロを大センセイとして家に迎えていたら、こんな交わりはあり得なかったでしょう。アポロはさらにアカヤへ渡ろうという願いを持っていましたが、兄弟たちは紹介状を書いて送り出し、アポロはその期待に応え、ますます賜物を豊かに発揮する姿があります。(使徒18:27~28)
最後にもう少しだけ、プリスキラとアクラという夫婦について触れておきましょう。この夫婦は天幕づくりを職業としていました。はじめは同業者ということで、仕事をする都合で一緒に住んでいたようですが、やがてふたりは、パウロの信頼のおける信仰の友、また同労者となりました。パウロは、この夫婦を高く評価し、感謝のことばをのべています。(ローマ16:3~4)彼らの拠点として、家の教会がありました。(Ⅰコリント16:19)家の教会ですから、自宅を開放したのでしょう。家族を中心としたそれほど大人数の集まりではないでしょう。その小さな集まりを持ちながら、周辺の教会を励ましたり、助けたりしていたのだと思われます。
プリスキラとアクラがアポロに対して、さらに正確に説明した神の道とは何だったのでしょうか。大聖会を持ち、大リバイバルを導く秘策でしょうか。そうではないはずです。それは淡々としたいのちの歩みです。主がしてくださったことの大きさと深さを伝え、それぞれに恵みの測りにしたがって、みこころの中を歩むことに他なりません。パウロにはパウロの、アポロにはアポロの、そして、この夫婦にはこの夫婦のみちびきや働き、役割がありました。すべてがアーメンです。それがみこころなら、自由と喜びがあり、他の兄弟たちとも調和や交わりがあるはずです。まさに、プリスキラとアクラは、継承すべきクリスチャン夫婦のモデルです。もちろんかたちだけ真似したって意味がありませんが、同様の働きをするカップルが今日もたくさんあっていいのです。使徒18章以外は、プリスキラという名前が先に出てきますが、アクラが夫です。その理由はよくわかりませんが、信仰を持つ夫婦の間で妻が果たす役割の大きさというのを感じさせられます。
「アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰にはいるために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです。私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。それで、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。」(Ⅰコリント3:5~8)

7月29日 知られない神に

 「アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。」(使徒17:21) このアテネ人の暮らしぶりの描写は、簡潔にして本質をついています。これは当時のアテネのみならず、古今東西のあらゆる神無き文明の虚しい奢りを表すものだと言えるでしょう。今日の日本にもぴったり当てはまりそうです。彼らは、退屈をしのぐ刺激の強いものや流行のものを追い求めたのです。
 アテネには、人が欲するあらゆるものが溢れていました。アテネは古くから、古代世界における科学、芸術、哲学、スポーツの中心地です。オリンピック発祥の地として知られていますし、現在もギリシャの首都であり、初めてギリシャを旅して、アテネに立ち寄らない人は殆どいないでしょう。BC404年、ペロポネソス戦争でスパルタに降服し、BC86年にはローマの支配下にありましたが、それでも、アテネの住民はその高い文化を持っていました。パウロと論じたエピクロス派やストア派というグループの人々が出て来ますが、これらの著名な学派から学ぶために、ローマをはじめ周辺の町から多くの人々が集まっていたようです。ですから、外国人もただ何となくそこに住んでいるだけでなく、情報発信基地であるアテネに憧れて住んでいる人たちなのです。
人は都会を求めます。自分たちの欲望をかなえるシステムをこしらえます。言ってみれば、都市は「巨大な遊園地」です。そんな遊園地のアトラクションよろしく、飛び入りのパウロの話も聞いてやろうと、アテネの有識者たちは最初は余裕を見せたのでした。彼らがパウロの話を聞きたがった動機は、その「新しさ」「珍しさ」でした。
 アテネには、偶像があふれていました。偶像は神の属性を分解して、神以外のものに結びつけることによって誕生します。パウロは心に憤りを感じたのです。このような霊的な憤りを持つことは大事な感性だと思います。これは、聖書以外の教えやそれを奉じる人々を敵視して目くじらをたてることとは違います。イエスさまの栄光が忘れ去られ、横取りされ、踏みにじられていることに対する悲しみ、祝福と恩恵をただ取りしながら、その愛に気づくことなく、その良いことがこれからも続くように、災いを避けられるようにと、別の権威を祭り上げていることへの痛み、そして、そのシステムを利用して、利益を得ようとする人たちへの怒り、またそこにはめ込まれて疑問を感じない多くの群衆への憂い、そういう思いがこの憤りの中にはあると思います。
しかし、パウロは冷静に、アテネの人たちのプライドを傷つけずに福音を聞いてもらおうと、さらに優れた知恵でメッセージを組み立てました。まず、彼らの宗教心を褒め、話の糸口を見つけようとしています。そして彼らの拝むものの中にあった「知られない神に」と刻まれた祭壇に注意を引きつけます。アテネの人々は考え得る限りの神を作りだし、自分たちの拝みたいものを拝んでいました。しかし、自分たちが拝み忘れた神もあるいはあるかも知れないという一種の洒落のような感覚で「知られない神に」という祭壇を設けていたのでした。おそらく、それはまともな信仰の対象ではなく、誰もが顧みることのない祭壇だったでしょう。そういうものがあることを知らない人、忘れている人もいたと思われます。しかし、パウロはアテネに評価できるものがあるとしたら、この祭壇しかないと見たのです。「あなたがたが生み出した神以外のまだ知らぬ神こそが真の神であり、唯一の神である」とパウロは、逆手にとって論じるのです。パウロはギリシャで尊敬されている詩人のことばも引用しつつ、語るべきことを語り終えます。語るべきこととは、「お立てになったひとりの人イエス」のことであり、「死者のよみがえり」のことです。逆に言えば、これ以外のことはそれほど重要ではありません。私たちも福音を伝える際に、どうでもいいような枝葉のことを語っていることが多いことに気づかされます。パウロは、アテネの人々に媚びたのではありません。きちんと語るべきことをまっすぐに語っています。
「しかし」と言うべきか、「だから」と言うべきか、アテネの人たちは、死者の復活をあざ笑いました。(使徒17:32)この世の宗教は、いのちの福音とは全く異質なものです。多くの人が似ているところを論じたりしますが、似ているところを論じても始まらないのです。本質的な違いを語ることができなければ、よく似ているのであれば、「別にイエスさまでなくてもいいじゃないか」ということで落ち着いてしまいます。
何度も繰り返してお話していますが、宗教というのは人間の発明品です。それは、「下から上への上昇のベクトル」です。人間が神のように、よりすぐれた者になり、名をあげるための教えや救いです。ここで常に問題になるのは、善と悪の葛藤とそこから生じる努力です。「アダムとエバの食べた実とその隠蔽のためのいちじくの葉」、そして、「カインのささげもの」さらに、「バベルの塔」が、人間の宗教のモデルです。一方、福音は「天から地への下降のベクトル」です。人は神になることができないので、神が人となりました。人は自分で罪を贖えないので、神が罪を贖ってくださった。これが福音です。そこには人が準備するものは何もなく、善悪の葛藤もなく、ただ神による贖いといのちと祝福があります。「アダムとエバの腰を覆った皮の衣」「アベルのささげもの」そして、「天から地にむかってかけられたヤコブのはしご」が福音のモデルです。
アダムとエバは神の園エデンに住んでいました。彼らは善悪を知りませんでした。善悪を知らない人間が、「自分は何者であるのか」「どう生きればいいのか」そうした意味や善悪を問うことなしに生きていたのです。これは、とても不思議なことです。行為の意味を問うことのない世界、善悪の葛藤のない世界には、悩みなどないでしょう。まさにそういう世界がエデンでした。ところが、人は罪を犯し、善悪を知り、己を知ったのです。「裸であることを知った」と書かれています。善悪を知るということは、自分を客観的に見ることです。悪を知っただけでなく善も知るからです。神を知らずに己を知ることは不幸です。宗教は、こうした葛藤のひび割れから生まれてくるのです。
ですから、宗教から解放されるためには、「善悪の葛藤」から解放される必要があります。エデンにいたアダムとエバのように善悪を問うことなく、神の恩恵に浸っていることが大事なのです。しかしながら、神は贖いによって、ただ単にエデンの状態を回復しようとしておられるのではありません。十字架がエデンを回復するためだけのものなら、人間が罪を犯したことは「単なる失敗」であり、十字架は人間の失敗を帳消しにするための「本来必要ではなかった行為」言わば、「後から付け足した計画」になってしまいます。聖書を見る限り、十字架というのは、そんな安っぽい救済の手段ではありません。福音は、もっともっと壮大な計画なのです。神は世界の基の置かれる前から、つまり、エデンの園などどこにもなく、そこに、まだアダムもエバもいないときから、ご自分の助け手として、神の理解者としての存在を産み出そうとされた計画なのです。善悪を知り、己の裸の恥を思い知った上で贖われた者の喜び、神がしてくださったことの意味とその価値を知った者の喜び、感謝、礼拝は、エデンにいたときのアダムやエバとは比較にならないほど深いものです。これが福音の大きさです。
自分の悩みの解決や地上での生き甲斐に心が集中している者には、そうしたスケールでの福音は心に届かないでしょう。「このことについては、またいつか聞くことにしよう」(使徒17:32)となるでしょう。
 ギリシャ人の価値感は、現代の先進諸国の価値観へとつながっています。そこで崇められるのは、美しいもの、強いもの、能力のあるものです。それら中の特に優れたものが賞賛を受けます。知・真・善・美・そして、力といった本来神の属性であるものをバラバラにして、造られた者に貼り付ける勲章にするわけです。イエスさまは、そうした神の属性をあえて封印して、人の前に現れ、そして死なれました。すべては十字架に何を見るか。果たして、イエスはよみがえり、そのよみがえりは、あらゆる死者の復活の魁となりうるか。パウロは言いました。「なぜなら、神はお立てになったひとりの人により義を持ってこの世界をさばくため、日を決めておられるからです。そして、その方を死者の中からよみがえらせることによって、このことの確証をすべての人にお与えになったのです。」(使徒17:31)これが福音の方法であり、しかけです。それは、相対的な比較の中でいわゆる偏差値的指標として、神であることを承認される存在として来られ、みなが理性的に納得させられて、有無を言わさずこの方に服したとして何の意味があるでしょうか。福音は、世界の基が置かれる前からの永遠の計画なのです。罪を犯した人間が、傷ついた良心を癒すために発明したその場しのぎの教えと決して同列におかれるものではないのです。ですから、最も腹立たしく情けないのは、教会が宗教化することです。福音がいのちに基づいて活動するのではなく、教えになり、道徳になり、形式になることです。私たちの集まりにも、こうした危険は常に隣り合わせにあると思っています。私はみなさんの平素の暮らしぶりや心の中のことまで知りませんから、責任も持てないし、安っぽい保障もしません。宗教の出発点は何かご存じですか。先にも少し触れましたが、いちじくの葉です。その本質は、ごまかし、取り繕いです。
この世界に関するどんなに広くて深い知識を持っていようが、神がお立てになったひとりの人イエスを知らないなら、それは無知なのです。逆にこの御方を知っているなら、あらゆる知識に勝る知識、知恵にまさる知恵をもっているわけです。胸を張って証しましょう。

2007年7月28日土曜日

7月22日 獄中の賛美


パウロはテモテに割礼を施しました。私は最初にこの箇所を読んだとき、「あれ」と思いました。割礼の慣習にこだわるユダヤ人を喝破しておきながら、いとも簡単に妥協しているではないかという印象を受けたからです。しかし、この後のパウロの言動や、晩年のテモテにあてた2通の手紙を見ると、パウロにとってテモテはどれほど大事な存在であったかということがわかります。そして、パウロは、「キリストにある自由」を本当に豊かに用いた人なのだとわかります。テモテが割礼を受けているかいないかなどは、パウロにとってもテモテにとっても本当にどうでもよいことでした。「割礼を受けなくてよい」ということは、「受けない」ほうが正しいという考え方に縛られることでもなく、「どうでもいいんだから、別に受けたっていい」ということも含んでいるのだとパウロは示したのです。割礼を受けないことで、相手の弱い良心と信仰をつまずかせるより、割礼を受けて後の良い関係を作るほうがよいだろうと考えたのでしょう。ガラテヤ人への手紙では、アンテオケにおいて、割礼のことで妥協したペテロについて激しく批判したことが書いてあります。ですから、パウロがテモテに受けさせた割礼がペテロのようにユダヤ人を恐れた妥協ではないことは明らかです。パウロの思いはこのひとことに尽きるでしょう。「割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。」(ガラテヤ6:15)クリスチャンにとって大事なことは、この新しい創造の基準、すなわち、よみがえりのいのちによって歩んでいるか否かです。
「自由・自由」と口で言う人はたくさんいますが、本当に解放された自由な生き方を見せられると、けっこうとまどうものです。はっきり言って、それを見てとまどう人は本当の自由を得ていないのです。たとえば、KFCのルークさんは、自身がカリスマ化されることを嫌って、あえて「酒を飲んだ」だの、「映画を観た」だの、「プールやサウナですっきりした」だの「温泉が楽しみだ」だのと書いておられます。それは、確信犯的な自由の提言であって、「真理が人を自由にしたひとつのかたち」を示しておられるわけです。彼の日々のコメントを読んで、いろんな刺激を受け、自らを振り返る方は多いと思います。
しかし、「そういうのがお洒落なんだ」「それがホントのクリスチャンライフなんだ」と思いこんだりすると、今度はそうしたゆがんだ 基準でしかものが見えなくなり、今度は一見堅苦しく見えるけど、本当に解放されている人たちを見下したりする危険性も出てきます。 同じいのちに生きる兄弟姉妹でも、パウロのような人もいれば、バルナバのような人もいます。そして、マルコのような人もいます。さらに、テモテが割礼を受けなければ、いつまでも「彼のお父さんはギリシャ人だ」とこだわってしまうユダヤ人の兄弟だっているのです。パウロは、テモテに割礼を受けさせることで、そういうユダヤ人の信仰の弱い兄弟たちのつぶやきを消したのです。ですから、パウロがテモテに施した割礼は、人間的な妥協ではなく、与えられた自由な決定を聖霊が指示した結果だと見ます。その後の展開を見ても、「アジアでみことばを語ることを聖霊が禁じた」(使徒16:6)という表現や、「ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった」(使徒16:7)という表現から、パウロの伝道の道のりが、完全な聖霊のみちびきにのっとったものであることが伺えます。それは、その辿ったコースだけではなく、その先々でのパウロの言動もまた、聖霊とともにあったと言えるでしょう。パウロはマケドニヤ人の幻を見て、アジアからマケドニヤへと完全に方向を転じることになります。パウロは確信を持って進んで行ったと記されています。
そのような聖霊の導きの中にありながら、妨害され、鞭打たれ、投獄されます。こういう状況で、人はいったい何を考えるでしょうか。おそらく、「みこころでなかったから戒められているんだろうか」というような過ぎたことについての葛藤や、「何でこんなことになるのか」という現状に対する不満や、「これから先どうなるのだろうか」と未来への不安などが、心に渦巻くことでしょう。しかし、パウロとシラスの心に沸き上がってきたのは賛美でした。彼らのまなざしは囚われた自分自身にではなく、神さまに向けられていました。ただの賛美ではありません。この賛美はただのゴスペルミュージックでも、礼拝の式次第の中の賛美ではありません。彼らは「祈りつつ」賛美を歌っていたのです。(使徒16:25)
賛美と地震の因果関係はわかりません。ある人々は、パウロとシラスの賛美と祈りの力が地を揺り動かしたのだと言うでしょう。でも私は、パウロとシラスが解放を求めて祈ったり賛美を歌ったりしていたのだとは思えません。むしろ、最善以下のことは決してなさらないはずの神が、みこころに従っている自分たちをあえて鞭打たせ、あえて獄につないだからには、何かがそこであるはずだと信じていたと思うのです。その証拠に、大地震がおこっても、とびらが開いて鎖がほどけても、驚きもせず、「今こそチャンスだ」とばかりに牢から逃げたりもしません。神のみこころの中にいる人たちは、どのような状況であろうと、神が神であるというただそれだけの理由で賛美できるのです。これは単なる私の偏見にすぎませんが、パウロとシラスの賛美が音楽的にとびきり素晴らしいものだったとは思えません。しかし、ほかの囚人たちが聞き入るような崇高な何かが感じられたのです。なぜ、そう考えるかというと、ただ音楽的に優れていただけなら、真夜中に歌われると、「やかましい」と感じるのが普通だからです。真夜中に聞かされてもやかましいと感じさせない何かがあったと考えるのが自然です。
さて、そこに突然の地震です。このような状況になれば、囚人は看守の目を盗んで逃げ出すものと決まっています。牢のあいたとびらを発見するや、看守は自害しようとしていました。パウロは大声で叫んでそれを止めます。この看守の自殺を免れただけではありません。パウロの語る福音を信じたことによって、彼と彼の家族全員が救われたのです。すばらしい証です。もし、彼が自害していたら、残された家族は何とみじめだったことでしょう。殉職と言うにはあまりにも馬鹿馬鹿しい死に方です。囚人が逃げてもいないのに、逃げたと思い込んで自らいのちを絶つのです。そんな間抜けな主人を失った妻子は、憐れとしか言いようがありません。しかし、彼は信じました。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16:31)家族全員の永遠の運命を変えたみことばです。
この素晴らしい出来事は、「獄中」でおこりました。これらの証のために、パウロとシラスは鞭打たれ獄につながれる必要があったのです。この獄中ということで、もう少し考えてみます。
新約聖書は、わたしたちのからだを「聖霊の宮」「神殿」また「幕屋」であるという表現を繰り返し使っています。それは、「私たちの存在の本質はからだではない」という意味と、「その本質を宿すからだも大切なものである」という二重の意味があります。からだがそれ自体汚れているとか、いないとかとは、全く別の次元の問題として取り上げています。  反面、旧約聖書の中には、「人間はただ生きているだけでその存在自体が汚れている」ということを意識させるような律法が細かくあります。それは、その人物がどういう人物で何をしたとか、しなかったとかいうこととは関係なく、「生まれながらの人間はそのままでは神に近づけない」ということを教えるためのルールでした。アダムの契約違反によって、人は善悪を知り、己の裸を知り、いのちへの道を閉ざされたのです。このように見てくると、ユダヤ人たちがきよめの儀式にことさらにこだわったのも、それなりの理由があったということがおわかりいただけるでしょう。この新旧の聖書の基準には何の矛盾もありません。当然ながら、神は全く同じ、変わらないきよさを保っておられます。神は、旧約では動物の血を、新約ではキリストの血を見ておられるのです。神は人間の心の動機や暮らしの隅々を、深い関心を持って見つめておられますが、きよさという点で人を評価されることはありません。人は生まれながらにきよくないのです。きよくないから、何の関係もない動物の血が必要なのです。人間が汚れを取り除くためには、無数の動物の血を必要としました。しかし、その動物の血が象徴していた神の子羊イエスの血が流されたことによって、生けにえは必要がなくなったのです。イエスさまは、世の罪を取り除く神の子羊ですから、イエスさまの血潮によって、もう罪は除かれているのです。ですから、罪や汚れという問題の葛藤へと陥るのは、十字架の意味が何もわかっていないのだと言えます。
さて、ただ一度の贖いのために、父なる神は「なだめの供え物として」の御子を世にお与えになりました。父は御子を十字架に架け、苦しみを与えるために肉体を与えたのです。永遠の神のロゴスなる御方が、人となって、肉体を持たれたとも言えます。「ことばは人(肉)となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ1:14)これは、幕屋を張られたという原語なのだと何度か申し上げているとおりです。神が肉体という牢獄につながれてくださったのです。それが人の子イエスの姿です。無限の御方が、人として時間や空間的制限を受け、みことばに服し、聖霊に導かれ、みこころの中を歩むがゆえに、人から侮られ、妨害され、そして鞭打たれ、それでもあえて肉にとどまってくださったのです。しかし、イエスさまは鎖につながれてはいませんでした。その門はいつも開かれていました。この御方は肉体の中にありながら、完全に自由でした。もうすでにおわかりのように、獄中のパウロたちの姿は、肉体を持たれたイエスさまの姿と重なって見えます。そして、自害をとめられた看守は私たちの姿です。私たちの家族も救われなければなりません。そのために、「救われるために主イエスを信じる」という意味をしっかりとらえる必要があります。
「こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのために、この新しい生ける道を設けてくださったのです。」(ヘブル10:19~20)この道を通ってまことの聖所へはいることが、まことの救いです。
パウロは、肉体という幕屋にいるときの「うめき」や「重荷」について語り、さらに、「肉体にあってした行為応じて報いを受けること」を語っています。(Ⅱコリント4:16~5:10)また、「私たちが肉体にいる間は、主から離れている」(Ⅱコリント5:6)と言っています。 肉体にある状況は、決して喜ばしいものではなく、それは肉の目には「神殿」ではなく、「牢獄」です。だからこそ、私たちは見えるところによってではなく、信仰によって歩むのです。それこそが、牢獄の中の本当の賛美です。

7月15日 聖霊と私たち

使徒15章は、一般に「エルサレム会議」と言われている内容がその中心を占めています。ペンテコステから約20年、そして、異邦人が教会に受け入れられてから10年目くらいのことだと考えられています。ペテロが見た幻の中で示されたことは、異邦人を割礼なしで受け入れるということでした。ペテロから直接証を聞いたリーダーたちは、その事実を受け入れ神をほめたたえたことが記録されています。(使徒11:18)しかしながら、ユダヤ人のあるグループの者たちは、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない。」と教えていました。(使徒15:1)これは、この時代のこの問題に限ったことではありません。ここには、ふたつの大きな問題を孕んでいます。そのひとつは、「偏った教条・教理への頑なな固執」です。もうひとつは、「救いに関して十字架以外の何かの条件を付加する」ということです。この種のとんでもない間違いを、教会はその約2000年にわたる歴史の中で、延々繰り返し続けているのです。このときのポイントは、「モーセの慣習に従う」ということでした。そして、それを言い出すのはユダヤ人です。「律法の精神を守る」のではなく、「モーセの慣習に従う」という表現になっていることにも注目です。三島由紀夫は、「習慣は精神を凌駕する」と言っていますが、それは信仰にも当てはまります。人は容易に教条に支配され、形式にはめ込まれる弱さを持っています。そして、それは宗教的習慣となって、批判力や思考力を麻痺させるのです。こういう群衆の弱さを政治家や為政者たちは利用するわけです。コミュニストたちがよく言う「宗教はアヘンである」というのはまさにその通りなのです。
そして、サタンは、自分たちの救われる前の何かや、少しでも他の者よりも優位に立てる何かを盛り込ませようと、人の自尊心を刺激します。ユダヤ人にしてみれば、自分たちが軽蔑していた異邦人が、自分たちと同列に置かれることが喜びというよりは不快なのです。しかし、「それは喜ぶべきことである」という建前があるので、異邦人との差別化を図るために、救われる前に、まずユダヤ人並になるべきだと要求するのです。 これは非常に大きな問題です。十字架はすべてのものをひとつにするのです。ユダヤ人と異邦人の間の隔ての壁をぶちこわすのが十字架です。福音は、知識のある人にとってもない人にとってもローマ人にも未開人にも有効です。 ですから、信じる前の状態を強調して、キャンペーンを行ったり、グループを形成するのは、聖霊が導かれることではないというのが、私の強い意見です。ミッション・○○など、元○○だったことを「売り文句」に使ったり、過去の何事かを人間的な結束のよりどころにしようとするのは大間違いだと思っています。もちろん同じつらさを体験した人たちが、その痛みを分かち合うのはすばらしいことだし、そんなつながりの中で人が救われる可能性は高いでしょう。そういうことを否定しているのではありません。福音書を書いたマタイが救われたとき、彼は大きな宴を開きました。彼の主催だからこそ、多くの取税人が集まったでしょう。しかし、彼は取税人なかまのためにそのパーティ―を開いたわけではありません。「イエスのための大ぶるまいをした」(ルカ5:29)のです。最初の弟子たちの仲にガリラヤ漁師組合とか、売春婦同盟とか、そういうのはありませんでした。私たちの集まりだけが唯一正統などという主張もあやしいものです。コリントの手紙には、「私はパウロにつく」「私はケパにつく」というグループだけでなく、「私はキリストにつく」という人々も分派と見なされています。私たちカナン教会のスタイルは、イエスさまを心から信じて、十字架を受け入れ、あたらしいよみがえりを経験している人は、どこの人であれ兄弟姉妹であり、神の家族として受け入れるというものです。逆に、十字架以外の要素を持ち込み、「霊とまことの礼拝」を乱そうとする人は、どんな肩書きをもった方であろうと、ご遠慮願います。
また、世襲牧師が、他人の献金に支えられる生活をしながら、「自分は立派な献身者で、自分の生活を支えてくれている兄弟姉妹は世俗の手垢にまみれている。自分が相談にのったり、お世話をしたりして、面倒を見てあげるのだ」と、主にあって家族とされた兄弟姉妹を一段下に見て関係性を構築する様子は、あるべき教会の姿とは全くかけ離れています。そして、こういう職業的世襲牧師の発想の根源は、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない。」(使徒15:1)というのと全く根は同じです。「神学校に行かなければ牧師になれない」「仕事をやめなければ献身できない」と主張している人が、聖会などで「献身」を呼びかけることがありますが、私はいつも、全員が手を挙げたら、一体誰がこいつの生活を保障するのだろうと心配になります。こういう心配のために、教団組織から給料を出すようになるわけです。リーダーたちは、主に信頼するのではなく、そのシステムに信頼するようになります。そして、主に献身するのではなく、教団に就職する人たちが出てくるわけです。
こういう愚かな主張をする人たちと、パウロやバルナバとの間に激しい対立と論争が生じるのは当然のことです。パウロとバルナバは自分たちの考えではなく、主がしてくださったことを証します。ところが、パリサイ派で信者になった人々が立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、また律法を守ることを命じるべきである」と言いました。
このさらなるパリサイ派の反発がきっかけになり、使徒たちと長老たちは、おおまかな信仰のアウトラインを出すことになりました。ここで、決められた項目もさることながら、このとき、ペテロが語ったことばは非常に重要です。このペテロの発言の前にも激しい論争があったのだとルカは書いています。(使徒15:7)しかし、ペテロのメッセージで全会衆は沈黙してしまいました。(使徒15:12)ルカは激しく交わされた論争のすべてを割愛し、ペテロのことばだけを記録しました。ペテロは、非常に平易なことばで、本質を語っています。「兄弟たち。ご存じのとおり、神ははじめのころ、あなたがたの間で事をお決めになり、異邦人が私の口から福音のことばを聞いて信じるようにされたのです。そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたのと同じように異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、あの人たちもそうなのです。」(使徒15:7~11)大事なことが3つあります。1つ目は、すべての兄弟姉妹は同じように聖霊を与えられており、そこには何の差別もないということです。もちろん、この世における社会的地位や能力や財産などには、驚くほどの差があり、教会の中での役割にも違いはありますが、すべての兄弟姉妹に同じ聖霊が差別なく与えられているということです。2つ目は、すべての兄弟姉妹の心は、神の御目がご覧になったとき、完全にきよめられているということです。「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない」(使徒10:15)のです。その事実から離れると、人は「邪悪な良心」と呼ばれるものに蝕まれます。そして、かつてペテロも口にしたことば、「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。」(ルカ5:8)というような身勝手な謙遜に陥るのです。そういう自己の内面を見つめる戦いからは解放されるできなのです。3つ目は、すべての兄弟姉妹は、例外なく100パーセント恵みによって救われたのです。恵みが15パーセントの人も、85パーセントの人もありません。サタンは、「十字架も有効だが、あなたの何かも必要だ」と必ず言うのです。しかし、それは間違いです。十字架のみわざにあなたのわずかな何かをつけたそうと考えることは、何も信じていないのと同じくらい間違っているのです。例えば、一流の料理人が最高の料理をふるまってくれたとしましょう。あなたは、さらにそれに何かを加えて味付けしたいと思いますか。バッグの中から塩こしょうや味の素を出して、料理にふりかけ始めたら、これは料理人にとっては、耐え難いほどの侮辱ではないでしょうか。そして、ユダヤ人の提案は、「自分たちが負いきれなかったくびきを、他人の首に掛けるようなもので、それは神を試みることになる」とペテロは言っています。人は、自分の負っているものを他人にも負わせようとする傾向があります。自分が何かを我慢している人は、また、ずっと我慢してきた人は、他人にもそれを強要しようとするし、自分が耐えてきた分をプラスに評価しようとするものさしを手放そうとしないものです。それは、放蕩息子のお兄さんの弟に向けられた冷たいまなざしの中に表現されています。解放されていない牧師の病気に巻き込まれると、教会中がそのくびきを負わされることになるのです。私たちはひとりひとりがキリストのもとに行き、自分の荷をおろすべきです。そして、キリストのくびきを負うのです。
この会議で決められたことは、聖霊の導きと承認によることがはっきり書かれています。その決定責任の主体は「聖霊と私たち」(使徒15:28)です。その内容は、旧約聖書の律法の細かい規定とはかけ離れた、とても大まかで寛容なものでした。異邦人には割礼は不必要であるということ。そして、異邦人世界では普通に行われていた偶像礼拝と不道徳を避けることです。(使徒15:29)この決議内容のポイントは、「これを守れ」ということではなく、「どんな重荷も負わせない」ということです。(使徒15:28) 真理は常に信じる者を解放し、本当の自由へと導きます。聖霊の働かれるところには、自由があるのです。  その自由は、時としてすばらしい信仰をもった有能なリーダーが反目するというかたちうで現れたりもします。(使徒15:36~41)パウロとバルナバがヨハネに対する評価でもめたことを、ルカはわざわざ記しています。そのことで、エルサレム会議での衆議一決がシャンシャンと決められたのではなく、本当に高い次元の「聖霊」の一致によったものであることを現し、同時に、パウロとバルナバの選択がいずれも、明らかに間違いとは言えない「私たち」の側の選択の幅であることを伝えてくれているように思います。パウロとバルナバは、ともに主のみこころを選んで生きる人たちですから、いつまでも反目してはいません。後のパウロの手紙の中には、バルナバやマルコを受け入れ、主にあってともに労している姿を証することばがあります。(Ⅰコリント9:6,コロサイ4:10)
人間というのは、絶対妥協してはいけない部分ではだらしなく寛容になり、逆に赦ししあい受け入れあわならなければならないところで、対立しては、憎しみを募らせるものです。新約聖書がなかった時代に、初期の兄弟姉妹たちが、聖霊のみちびきに従った結果、今日の真理が保たれ、66巻の聖書が成立していることに驚嘆します。私たちが与えられた自由を、聖霊の働きを妨げることに用いないようにしたいものです。

2007年7月12日木曜日

7月8日 自分の足でまっすぐ立ちなさい

パウロとバルナバのふたりは、ピシデアのアンテオケを追い出され、東へ約80キロ離れたイコニオムへ移動します。ここでも、大ぜいの人たちが信仰にはいりました。しかし一方では、「信じようとしない人たち」がいました。(使徒14:1~2)13章で、「自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者と決めた」(使徒13:46)「永遠のいのちに定められていた人たちは、みな、信仰に入った」(使徒13:48)というふたつの文から、みことばが聞いた人々を二分したことを見ましたが、ここでも状況は同じでした。これらの記事を見るとき、まっすぐに語られたいのちのことばは、心地よく聞き流せるようなものでも、すべての人に歓迎されるようなものでもなく、聞く人たちを混乱させる結果を招くことがわかります。聖書の真理に対して、ある人々は激しく反発し、攻撃するようになるのです。
そのことを検証するため、ヨハネの福音書からいくつかの具体的な場面を四箇所見てみます。人々は、イエスさまが奇跡を行っているときは、人々は次の奇跡を待ち望みました。また、道徳について語られると「それはよい話だ」と耳を傾けました。しかし、悔い改めやいのちに関する本質的なことについて話が及ぶと、今まで喜んで聞いていた人たちが、見事なほどに混乱する様子が描かれています。イエスさまがメッセージの核心に迫られると、直ちに、議論が巻き起こり、激しい対立が始まるのです。
例えば、イエスさまがパンの奇跡をなさって、その意味について解き明かされた場面ではどうでしょうか。「パンの奇跡は、ただ飢えた者の腹を満たすことが目的ではなく、まことの食べ物はイエスご自身の肉であり、まことの飲み物はその血であるということを教えるためなのだ」という趣旨の解説をされました。聞いていた人たちの反応は次のとおりです。「すると、ユダヤ人たちは、『この人はどのようにしてその肉を私たちに与えて食べさせることが出来るのか。』と言って互いに議論した」(ヨハネ6:52)さらに、「そこで、弟子たちのうちの多くの者が、これを聞いて言った。『これはひどいことばだ。そんなことをだれが聞いておれようか。』」(6:60)と反発します。そして、「こういうわけで弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった」(6:66)と書かれています。
また、イエスさまが後に注がれる御霊について証されると、ここでも分裂が起こりました。「このことばを聞いて、群衆のうちのある者は、『あの方は、確かにあの預言者なのだ。』と言い、またある者は、『この方はキリストだ。』と言った。また、ある者は言った。『まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る。と聖書が言っているではないか。』そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。」(7:40~43) 
生まれつきの盲人が癒された場面でも、盲人が見えるようになったことを喜ぶのではなく、そのことが安息日であったかどうかにこだわって分裂が起こります。「すると、パリサイ人の中のある人々が、『その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ』と言った。しかし、他の者は言った。『罪人である者にどうしてこのようなしるしを行うことができよう』そして、彼らの間に分裂が起こった」(9:16 )
そして、イエスさまが自分からいのちを捨てるのだと語られたときにも、当然分裂が起こりました。「このみことばを聞いて、ユダヤ人の間にまた分裂が起こった」(10:19)
これらのイエスさまを取り巻く人々の反応を見ても、パウロとバルナバの伝道の結果を見ても、いずれの場合も、真理が語られることによって、それを聞いた人たちが見事に二分されているとがわかります。真理に従う人たちには自由が保障され一致が生まれますが、その裏側では、真理に従う人たちに敵対することによって偽りの一致が生まれる構図があることがわかります。(使徒14:4)
おそらく、ルカは福音書に記したこのイエスさまのことばを思い返したはずです。「わたしが来たのは、地に火を投げ込むためです。だから、その火が燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう。しかし、わたしには受けるバプテスマがあります。それが成し遂げられるまでは、どんなに苦しむことでしょう。あなたがたは、地に平和を与えるために来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。父は息子に、息子は父に対抗し、母は娘に、娘は母に対抗し、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに対抗して分かれるようになります。」(ルカ12:49~53)
 イエスさまが投げ込んだ火とは何でしょうか。イエスさまは、それが燃えていることを願っておられるのです。ルカの福音書の文脈から見れば、それは、「目を覚ましていること」(ルカ12:37)「主人の心を知り備えをしていること」(ルカ12:47)とつまがります。つまり、そこに聖霊の支配があり、具体的に信仰を働かせているということです。そして、そこに分裂がおこるのは、生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れる事が出来ないからです。(Ⅰコリント2:14) 私たちがこの世の知恵ではなく、御霊のことばを語るなら、生まれながらの人間は、これに強く反発します。逆に言えば、生まれながらの人間が葛藤もなく、反発もせず、心地よく聞けたり、聞き流したりできるとしたら、それは、御霊のことばではなく、この世の知恵なのです。パウロとバルナバは、御霊のことばを語っていたので、信じる人たちも獲得しましたが、同時に彼らをはずかしめ、殺そうとする人たちも現れます。(使徒14:5)  ルステラで生まれながらに足のきかない人がいました。この人はパウロの話に耳を傾けていました。そして彼に「いやされる信仰があるのを見た」のです。 パウロは、大声で言いました。「自分の足で、まっすぐに立ちなさい。」(使徒14:10)生まれながらに自分の体重を支えたことなどない足です。きっと筋肉もなく、細くて短くて弱々しい足です。誰の目にも、とうてい使い物にならないと見えたに違いありません。信仰ということを無視すれば、自分の力で一歩も歩んだことのない人に対して、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」ということばはあまりにも思いやりを欠いた残酷なものです。ところが、「彼は飛び上がって歩き出した」(使徒14:10)と書いてあります。ゆっくりよろめきながら、歯を食いしばって立ち上がったのではなく、飛び上がって歩き出したのです。この後、群衆はパウロとバルナバを祭り上げる大騒ぎをしますが、そんな気持ちになるほどの奇跡でした。
「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」ということばは、もちろん、このとき、この男に対して、個人的に語られたことばです。しかし、私は主がすべての信じる人たちに語っておられるように思えるのです。イエスさまは、38年間病気だった男には、「よくなりたいか」とおたずねになり、「起きて、床を取り上げて歩きなさい」と言われました。また、生まれつきの盲目の人には、その目に泥を塗り、「行って、シロアムの池で洗いなさい」と命じられました。これらの例には共通点があります。すべてのことは、主がしてくださいます。いっさいが恵みです。しかし、信仰はただ受け身ではないのです。信じた者は、自分が信じたことを表現する必要があります。神は私たちをずっと受け身でいさせるようなことはありません。信仰は「たなからぼた餅」のような祝福を受けることではありません。よみがえりのいのちによって立ち上がり、イエスさまとともに歩むことです。
いつまでも、自分の足で立とうとしない人がいます。その人は、自分の足がいかに不自由かを詳しく語ります。今まで自分は一度も自分の足で立ったことがないし、まっすぐになど立てるわけがないと考えています。そして、「誰かが自分を支えて立たしてくれたらいいのに」「誰かが手を引いてくれるべきだ」と思います。そして挙げ句の果てに、「神さまは自分をこんな足にして、その上、立たせてもくれない」と言うのです。これでは、全く状況は変わりません。自分の現状から出発して考えていたのでは、足なえはいつまでも歩けず、依然として病気は治らず、死ぬまで目は見えないままです。すべてはみことばから出発し、みことばの約束を握って一歩踏み出すことです。私たちは萎えた足で立ち上がることができます。一歩も歩いたことのない足で、飛び上がり走り回ることができるのです。自分の中の可能性はゼロです。ただ、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」という命令に力があるのです。それが主によって出来ると信じれば出来るのです。信仰というのはそういうことです。丈夫な足で飛び上がってもそれは、丈夫な足の力です。一歩の歩いたことのない萎えた足で飛び上がり、歩き出すから、それは主の力なのです。
その奇跡を見た群衆は、パウロとバルナバにいけにえを捧げようとしました。それは、間違っていました。癒された本人には信仰がありましたが、それを見ていた群衆には信仰がありませんでした。確かな主のわざを見ても、それが正しく理解され、評価されるわけではありません。生まれつきの人間は、現象を賛美し、人間を崇拝します。目に見えるものにしか反応できないのです。
イコニオムでは石打を逃れたパウロとバルナバでしたが、ルステラでは、そういうわけにはいきませんでした。神様扱いされて、的はずれな賞賛を受けたかと思えば、群衆に囲まれ、石打にされ、死ぬほどの目にあっています。(使徒14:5~6,19)これは、とても不思議です。神様はいつも災いから守ってくださるわけではありません。パウロは、この問題に関しては、次のように語っています。「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」(使徒14:22)私たちが聞いた福音は、家族を分裂させ、多くの苦しみを経験させるものです。本当に聖書が語っていることは、調子の良い人集めのキリスト教が言っていることと何と異なっていることでしょう。私たちが語らなければならない福音は、イエスご自身です。それは、人となられた神の御子キの人格なのです。イエスさまという御方から切り離された祝福や恵みではありません。哲学でも道徳でもありません。教えではなくいのちなのです。
アンテオケに戻ってきたパウロとバルナバから、残っていた弟子たちは、異邦人に信仰の門を開いてくださったという報告を受けました。(使徒14:27)しかし、弟子たちはその嬉しい報告とともに、石に打たれた痛々しいあざや傷跡を、ふたりの顔やからだに見たはずです。パウロは晩年に、この時期を振り返ってこう語っています。「また、アンテオケ、イコニオム、ルステラで私にふりかかった迫害や苦難にも、よくついて来てくれました。何というひどい迫害に私は耐えて来たことでしょう。しかし、主はいっさいのことから私を救い出してくださいました。確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。」(Ⅱテモテ:11~12)
ですから、時に、逆風が吹き荒れ、つらい思いをするのも当然なのです。しっかりその中で、立ち上がり、イエスさまとともに歩みましょう。信仰の力が無力に感じるときがあるからこそ、パウロは「しっかりと信仰にとどまるように」勧め、弟子たちの心を強めたのです。(使徒14:22)

7月1日 イエスの証人

 初代教会は、ステパノの殉教に続く迫害を受けて、その難を逃れるかたちで、福音をユダヤとサマリヤに伝えました。その結果、それぞれの町に信じる者たちの集まりが出来始めました。その頃、迫害者パウロは、ダマスコの途上で目からうろこの回心を果たし、一方、ペテロによるローマのは百人隊長コルネリオとの出会いで異邦人への救いの計画について目が開かれました。 イエスを信じる弟子たちの群れは、シリヤのアンテオケで、「キリスト者」と呼ばれるようになり、次第に大きな影響力を持つようになりました。そして、町ごとの集まりは、それぞれの力に応じて助け合う交わりを持ち始めました。使徒13章は、そのような背景の下、エルサレムへの救援物資を届ける任務を終えて戻って来たバルナバとパウロが、休む間もなく、さらに新しい任務に遣わされるところから始まります。(使徒12:25)それは、本人たちの意思を超えた完全な聖霊の導きでした。(使徒13:2)いよいよ第一次伝道旅行の始まりです。  これから、たくさん地名が出てきますので、頭の中におおよその地図が描けるようになっておくと、読んでいて臨場感が増すと思いますので、簡単に示しておきます。一度に全部は覚えられませんが、知らない地名が出てきたら、どのあたりかなと地図で確認してみてください。さて、シリヤ領のアンテオケが、これから伝道の拠点になっていきます。バルナバとパウロは、地中海に浮かぶバルナバの故郷キプロスに渡り、さらにパンフリヤのペルガに入り、ピシデアのアンテオケへ移動します。これらの町は現在のトルコ領です。出発したアンテオケはシリヤですから、同じ名前ですが実は別の場所です。いずれも、セレウコス・ニカトルが父親のアンティオコスの名前にちなんで建てた町です。この13章のメッセージは、ピシデアのアンテオケのユダヤ人シナゴーグで同胞のユダヤ人向けに語ったものです。パウロは2週にわたってメッセージをしますが、2週目にはほとんど町中の人が集まり、ここでみことばを拒否するユダヤ人と受け入れる異邦人とに二分され、そこに住むユダヤ人たちに見切りをつけたバルナバとパウロは、さらにイコニオムへと進みます。21世紀の日本に生きる私たちが、バルナバやパウロの華々しい活躍ぶりを見ると、彼らの信仰の素晴らしさや賜物の豊かさに圧倒されるかもしれません。しかし、私たちも彼らと同じいのちを共有し、同じ聖霊をいただいています。今日は「イエスの証人」というタイトルにしましたが、バルナバやパウロをはじめ、私たちクリスチャンがイエスの証人たり得るのは、イエスさまの約束のみことばが支えているからです。イエスさまご自身が語られた重要なみことばの約束を確認します。
「そこで、イエスは聖書を悟らせるために彼らの心を開いてこう言われた。『次のように書いてあります。キリストは苦しみを受け、3日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。あなたがたは、これらのことの証人です。さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。』」(ルカ24:45~49)「イエスは言われた。『いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお決めになっています。しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。』こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた」(使徒1:8)
私たちは「イエスの証人」です。それは、私たちの資質や努力によるのではありません。すべては神さまの召しと聖霊にかかっているのです。宣教を支えるのは、教会の組織力でもなく、ペテロの積極性でもバルナバの寛容さでもパウロの才能でもありません。大事なのは、聖霊の力です。使徒の働きに展開していることは、これらのイエスさまのみことばの成就なのです。バルナバとサウロ(パウロ)を遣われたのは、聖霊がそう言われたからです。資格試験をしたり、話し合いをしたりして決めたわけではありません。(使徒13:2,4)サラミスでエルマという魔術師を叱責したことも、人間的な対立や感情によるものではなく、聖霊による憤りからのものでした。(使徒13:9)パウロの激しいことばは、エルマという人物の本質を捕らえ喝破しています。これは、パウロの並はずれた知識や豊富な経験から得た洞察ではなく、ただ聖霊に満たしによって、エルマの霊を見抜いたのだとわかります。
エルマは、神のことばを聞きたいと願っていた地方総督セルギオ・パウロを、信仰から遠ざけようとしていたのです。(使徒13:7~8)みことばのあるところには、常にそれを聞きたいと願う人たちと、それに敵対する人たちがいます。(使徒13:42,45)人間的な性格がどうとか、好き嫌いとか、そういうものを遙かに超えた関係性が露わになります。みことばを拒む人たちは、その自らの意思決定によって、「自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者」と決めるのです。(使徒13:46)一方、信じる人たちは、自分たちが「永遠のいのちに定められていた」(使徒13:48)ことを感謝します。この救いと選びに関するふたつのみことばは同じ事実について語っています。それは難しい教理ではありません。それは、神が決めるのではなく、証人の証の上手・下手や熱心・不熱心が決めるのでもありません。みことばを聞いた当人が自分の意思で受け入れたり、拒んだりするのです。聖書の最重要事項は、イエスを信じるか信じないかという、たったそれだけの極めて簡単な意思決定によるのであり、それがすべてです。
救いにはふたつの側面があります。ひとつは、罪からの解放であり、もう一つは、この世からの解放です。聖書の中では、罪からの解放は、出エジプトで表現されており、世からの解放は、カナンの相続で表現されています。私たちは、罪の赦しを受けてもなお、自分の資質や賜物、状態にこだわっていることが多いものです。これは「世の領域」のことです。そういうところにいつまでもとどまっていてはいけないのです。私たちが依然として自分にこだわっているなら、シナイ山のまわりをいつまでもグルグル回っている荒野でいのちを落とした人たちと同じです。こういう状態にとどまる人たちを神さまは怒っておられるのです。(ヘブル3:17)ヨシュアとカレブのように、約束の地で具体的に勝利を得るためには、信仰によってそこから抜け出す必要があります。ヨシュアとカレブは、自分たちの力を過信したのでも、とびきり勇気があったのでもありません。彼らとて、みことばの約束がなければ、おじけづく要素は目の前にいっぱいあったのです。ただ、勝利を得たふたりは、そういう自分や自分のまわりのマイナス条件を全く考えなかったのです。そういう問題から解放されていたわけです。パウロは、13章に記されたユダヤ人へのメッセージの中で、先祖の歴史を振り返りながら、こう言っています。「モーセの律法によって解放されることのできなかった全ての点について、信じる者はみな、この方によって解放されるのです」(使徒13:39)本来クリスチャンは、律法に引っかかるすべての問題から解放されていなければいけないのです。「解放される」というのは、実は、「義と認められる」という意味です。これは、欄外の脚注にも書いてあります。「解放される」というのは、これから何かが起こって義と認められるのではなく、すでに義と認められていることを知り、その事実にとどまるということです。さらに進んだ状態へ変えられることではなく、完全な立場を確認することなのです。今日多くのクリスチャンは、この「解放」がきちんと確認されていないので、「証人」としての力が弱いのです。私たちとバルナバやパウロの差はここにあります。解放されていることを日々の暮らしの中で経験して、勝利を宣言することが大事です。エルマのようなでたらめや悪巧みは許さず、にらみつけ、叱責する姿勢も大切です。
神から義と認められる確信が得られない人は、絶えず人からの承認を得ようとします。自分のあり方にも常に自信が持てないでいるので、自分の心の中で互いに責め合ったり弁明し合ったりして、いつまでも前には進めないでいるのです。この「彼らの思いは互いに責め合ったり、弁明し合ったりしています」(ローマ2:15)という言いまわしは、パウロが異邦人について語っている箇所に見られる表現ですが、福音も律法にしてしまうクリスチャンは、「ああでもない」「こうでもない」といつまでも葛藤を繰り返して、いのちの道を歩めず、聖霊の力もほとんど味わうことがありません。礼拝も奉仕も、すべてが形式的、組織的になってしまうわけです。
キリスト者であるなら、私たちはイエスの証人です。証人の理想的な態度は、バプテスマのヨハネに見られます。パウロはピシデアのアンテオケでのメッセージの中で、バプテスマのヨハネについて、次のように語りました。「ヨハネは、その一生を終えようとするころ、こう言いました。『あなたがたは、私をだれと思うのですか。私はその方ではありません。ご覧なさい。その方は後からおいでになります。私はその方のくつのひもを解く値打ちもありません。』兄弟の方々、アブラハムの子孫の方々、ならびに皆さんの中で神を恐れかしこむ方々、この救いのことばは、私たちに送られているのです。」(使徒13:25~26)
 バプテスマのヨハネは聖霊に満ちた人でしたが、何の奇跡も起こしませんでした。この「一生を終えようとするころ」に語ったと言われる短いことばの中に彼の信仰がはっきりと伺えます。 バプテスマのヨハネが一生をかけてこだわったのは、ただ「その方」です。イエスをキリストとして紹介することがすべてでした。聖霊に満たされた人は、聖霊そのものを主張しません。「御霊はわたしの栄光を現わします。」(ヨハネ16:14)とイエスさまは言われました。バプテスマのヨハネは、「あなたはどなたですか」と問われ、自分は何者でもないと、不思議な返事を繰り返します。「私たちを遣わした人々に返事をしたいのですが、あなたは自分を何だと言われるのですか。」と問われ、ようやく答えたのが、「預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ』と荒野で叫んでいる者の声です。」(ヨハネ1:23)というものでした。この箇所は、イザヤ40:3のみことばです。KJVでは、『荒野で叫んでいる者』は、The voice of himです。エルサレムはherと表現されています。ヨハネは「自分は声だ」と言いました。声の主は神ご自身です。証人は「声」であるべきなのです。自分が声の主になって、主が語られてもいないことを語る人々は、イエスの証人とは言えません。
この使徒13章におけるパウロのメッセージにしても、あのステパノのメッセージにしても、まるでグーグル・アースのように、歴史全体を鳥瞰し、ものすごいスケールで、的確に語っているのに驚かされます。信仰によって神の主権と、歴史に浮かび上がるキリストの姿を見ているのです。私たちは、たぶんその最終ランナー、ゴールに近いところを走っているという自覚をもう少し持つべきでしょう。